夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(54)最終回

2005-12-02 | tale

 そんなある日(宇八の理解では11月の終わり頃だった)、甥の鳥海童が見舞いに来た。もちろん栄子の親戚には連絡していないので、なぜ甥が来たのか理解できず、妄想のようなものかなと思っていた。実は、童は行方不明になってしまった伯父を探すべく、市役所の窓口で2時間粘って、挙句の果て大声を出して役人どもを驚かし、行方を聞き出したのであった。病院に何とかたどり着いたものの病気が病気だけに看護婦が扱いかねていたところをたまたまナースステーションに立ち寄った照岡に声をかけられたのだった。主治医は面会を思い止まらせるために必要な説明をしたのだが、童はかえって会わなければならない、正確には会うことになっているという妙な確信を抱いて、部屋を訪れることになったわけだった。彼は人見知りする、臆病なたちだが、誰に似たのか時折こういう行動に出るのであった。

 伯父はもうほとんどしゃべれなくなっているので、童が専ら話をした。就職がようやく決まったこと、それが東京のとある中央官庁であること、ようやく落ち着いたので、昨日教会へ行き、栄子の霊前に百合の花束を捧げたこと等々、伯父が自由にしゃべることができればいろいろ冷やかしたり、皮肉を言ったり、哄笑したくなるような話をした。伯父の目の色はそういう表情をいきいきと伝えてきたので、童は長い間しゃべり続けた。……

 話が途切れ、あまり疲れさせてもと甥が考えた時、宇八が言葉にならないような声をかすかに上げた。ベッドに近寄り、口元に耳を寄せる。老いた病人の臭いがする。何を言っているのか、頭の中で全く繋がらない。
「え、何? ビー?……あ、ビートルズ? 何?」
 何回かもどかしい思いをして、ようやく言おうとしていることがわかった。
「I am the Walrus.」
 それだけ何とか伝えると伯父は気が済んだような目をしている。童の頭の中ではるか昔、少年の頃の記憶が蘇る。
「伯父さんらしいや」
 そうつぶやくと少し息を止める。約束を果たし、まどろみ始めているように見える伯父に向かって、「じゃあ、また」と言って、部屋を出て行く。廊下に彼の口笛が短く響いたように思えたが、それは気のせいだろう。

 さあ、我々もそろそろ羽部宇八のベッドから立ち去ろうと思う。この後、彼がどのような生を送り、死を迎えたかを無味乾燥な報告書のように伝えることはやめておこう。これまでに我々が語ってきたことで尽きていると思う。もう新しい変数は何もないのである。
 では、さようなら。風変わりな主人公よ。あなたに少しでも安息が訪れますように。




    LIBERA ME

Libera me, Domine, de morte aeterna, in die illa tremenda,
Quando coeli movendi sunt et terra:
Dum veneris judicare saeculum per ignem.
Tremens factus sum ego, et timeo, dum discussio venerit atque ventura ira.
Quando coeli movendi sunt et tera.
Dies irae, dies illa, calamitatis et miseriae, dies magna et amara valde.
Dum veneris judicare saeculum per ignem.
Requiem aeternam dona eis, Domine: et lux perpetua luceat eis.


    リベラ・メ

わたしを解き放ってください、主よ、恐ろしいあの日に永遠の死から。
その日には、天と地は震動する、
主がこの世界を炎によって裁きに来られるのだから。
わたしはいずれ来る裁きと神の怒りを思い、震えおののく。
その日には、天と地は震動する。
その日こそ怒りの日、禍の日、悩みの日、大いなる悲嘆の日。
主がこの世界を炎によって裁きに来られるのだから。
主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光により彼らを照らしてください。



    IN PARADISUM

In paradisum deducant te Angeli,
In tuo adventu suscipiant te martyres
et perducant te in civitatem sanctam Jerusalem.
Chorus Angelorum te suscipiat
et cum Lazaro quondam paupere aeternam habeas requiem.

    楽園にて

天使たちがあなたを楽園に誘い、
殉教者たちがあなたを出迎え、
聖なる都エルサレムに導きますように。
天使の合唱があなたを受け止め、
あなたが貧しかったラザロとともに、永遠の安息を得られますように。





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