曇り空から時折雨が落ちる中を馬のひずめの音と牛車の軋む音がゆっくり通り過ぎてゆく・・・3年前の「祇園祭」に続いて京都三大祭の「葵祭」に行ってきました!
「葵祭」の行列の順路は京都御所から下鴨神社、そこで社頭の儀が行われた後、上賀茂神社に向かうのですが、どこで見るかによって印象が違ってくるのでその辺が重要になってきます。ゆったり見るなら有料の観覧席ですが、今回は天候が怪しかったのと観覧席の後ろでも見ることが可能と聞いていたので観覧席はパスしました。多くのシーンを見たいなら行列を追って京都御所から下鴨神社、上賀茂神社へ流れる、あるいは下鴨神社の社頭の儀をメインに見るというのも考えられます。
一応、下鴨神社をメインに考えながら京都入りしたのですが、京都に着いたのが朝8時台で行列が下鴨神社に入るのが11時40分と間が空き過ぎている・・・御所で見ると下鴨神社にこちらが移動する頃には見物客でいっぱいになって見られないことも考えられますが、御所の中を優雅に進む行列も見たいという好奇心が勝って、あっさり予定変更して御所へ向かいました。地下鉄の丸太町駅を降りて人の流れに乗って御所へ入ると既に観覧席の後ろにも人垣ができていたので、なるべく人が少なそうな場所を選んで後ろから見ることにしました。雲は低めですが雨は上がって、ちょうどよい陽気です。
祭りの進行を解説するアナウンスが「私の前を通過するタイミングで説明を致します」と伝えています。声はスピーカーから聞こえるけど話し手がどこにいるのか見えなかったけど、アナウンスよりも数分遅れて先頭の騎馬隊がやってきました。
騎馬隊
行列は馬や役人、勅使たちが間隔を置きながら進んできました。祇園祭も静かに進行するお祭りでしたが、こちらはさらに静かでお囃子の類はなく馬の足が御所の砂利の上を歩く音だけが響いています。そんな行列を眺めていると、後ろで見ていた欧米の方が「帽子ニ付イテル葉ッパハ何デスカ?」と訊ねてきました。すると私の斜め前におられた女性が自分の帽子を取って何か付いているのではないかと確認しようとしたので、私が「違う、違う、行列の人達の帽子!」と言ったあと、「葵の葉っぱです。葵祭の葵です。」とその欧米の方に言うと、「オーッ、アレガ アオイデスカ!」と感心しながら同行の人達に英語で説明していました。
風流傘
帽子だけでなく、牛車にも傘にも葵の葉が飾られていますが、かつては参列者や沿道の民家の軒にも葵が飾られていたのだそうです。
斎王代
牛車
行列の長さは約1km、先頭から最後尾が通り過ぎるまで1時間弱かかり、最後尾まで見届けると下鴨神社に間に合わなくなるので頃合いを見て御所を後にします。御所の北側の今出川通りに出て先回りしようとしましたが、御所はやっぱり広くて行けども行けども今出川通は遠いのです。
結局、今出川通から河原町通りに出た時には行列の中盤あたりと合流し、下鴨神社に着いた時には既に神社へ入る道は人であふれていました。それでも後ろの石垣から行列を見送って、社頭の儀を見られないかと脇の入り口に回ってみましたが、既にいっぱいで入れませんでした。
出町橋を渡る行列
気を取り直して、神社の前の「亀屋粟義」に入ってみたらし団子を頂きました♪小さめの串に5つ刺さっている団子の1つだけが離れていて、それが人の体を表しているといわれているそうです。出来立ての団子は温かく小振りなだけに甘辛い蜜がよく絡んで美味しかったです。
行列が下鴨神社にとどまっているのは2時間半、その間に賀茂街道に先回りして行列を見るスポットを探します。ところが、ここで雨が降り始めました。雨脚は強くなかったのですが、待ち時間が長いので賀茂川にかかる橋の下で雨宿りしたりして待ちました。
雨宿りした橋の下にいた鴨・・・人懐っこかった。。
賀茂街道は賀茂川(下鴨神社の南で高野川と合流して鴨川になる)の右岸の土手を通る道で街中とは違った風情を醸し出しています。行列が来る時間が近づくにしたがって見物客が集まり出して歩道に沿って一列に並ぶようになってきた頃、雨脚が強くなってきました。始めは雨を受け止めていた頭上の木も耐え切れなくなって雨の滴を落とし始めました。週間予報では15日は雨の予報だったのが前日になって曇一時雨の予報になり中止を免れたのですが、豪華な衣装が濡れてしまうのが心配なほどの降り方になってしまいました。それでも、行列は遅れることなくやってきました。御所や下鴨神社の入り口と違って遮るものがない状態で見る行列は一層壮観でした。
賀茂街道にて
雨はしのげるけど・・・重そう
しかし、雨が降っているうえに肌寒くて行列の人たちは辛そうでした。足袋に草鞋の足元が濡れて童女役の子供は泣きそうになりながらも必死で歩いていました。
行列の最後を見送ると、人の流れに乗って上賀茂神社へ向かいました。神社の前は人の頭越しに牛車や傘などが見えるものの何が行われているのかわからない状態でした。どうやら馬や牛車はここまでで、人は鳥居をくぐって神社に入っている様子が窺えたので、脇から神社に入りました。このタイミングが実に幸運で、斎王代が乗った籠が通るのを見届けることができました。
行列の終わりを見届けて、神社の門前の「葵屋」さんで「やきもち」を買って締めくくりました。
「葵祭」は「祇園祭」の起源西暦869年よりも300年も前の6世紀中頃に凶作が続いたために、五穀豊穣を祈願して始められたそうです。エルニーニョ現象で不作になるともいわれている今年、あらためて五穀豊穣を祈りつつ上賀茂神社をあとにしました。
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