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エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

まだ春は見つからない

2013-02-12 | Weblog

 

ときどき陽が差すが寒い一日だった。
3時半、庭の気温はマイナス3℃、手袋なしでは手が凍える。

 

そんな中、萌ちゃんは学校から帰るとすぐに庭へ、連休中に武くんと作った「かまくら」の中に、雪のテーブルと棚を作っていた。

厳寒に聳える磐梯を撮りに庭に出ると、萌ちゃんは一人でスキーをしていた。

  

春を探すが,みな雪の中だ。

 かろうじて顔を出した山椒の枝にカマキリの卵、優に雪に埋まってしまう高さだ。

低い気温に、枝を覆った雪も解けない。

雪から頭を出したドウダンの芽、緑のまま耐えたキンモキクセイ、

かろうじて赤く見える梅のつぼみはまだまだ小さかった。

 

 

いわきでは福寿草が咲き始めたという。

この腰までの雪の下で、スイセン、雪割草、福寿草もそろそろ動き始めているのだろうか。

 

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ドラマ「白虎隊」

2013-02-10 | Weblog

 

 妻と娘は、お昼前に孫たちを連れ立ち街へ出かけた。

 お昼は一人、朝の残り物をテーブルに並べるうち、たまにはと漬け物と塩辛で、ぐい飲みで少々、冷酒を味わった。

ときどき降り続く雪の庭を眺め、夢のような風情をもらった。 

一時間半、ようやく沸いた風呂へ漬かった。温泉気分の昼の入浴だ。

しばらく伸ばした無精ひげを剃り、久しぶりの静かな至福の時が流れた。庄助さん気分だ。

 テレビドラマ「白虎隊 ~敗れざる者たち」の第3章を見た。

時代の流れに翻弄された会津の歴史、西郷頼母を中心にした会津の先人の辛い思いを視聴した。

 ドラマには泣かされた。そして、いのちとは何かを考えさせられた。涙があふれ、見えなくなった。

いのちには終わりが来る。されば、人生にいつか別れは来る。

そして、またまた日々の生き方を悔いた。日一日、一分たりとも無駄には過ごせないと。

 また、会津に生まれて良かった。残された時間を、会津で精一杯のいのちを生きたいと思った。

 久々のゆっくりした留守番となった。

 

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頼母一族の悲劇

2013-01-29 | Weblog

 
 日曜日の午後、テレビで「白虎隊 ~敗れざる者たち」を見た。

  
 その第1章「京都守護職ならぬものはならぬ!故郷に迫る激動の嵐」だ。

 来週2/3は第2章「新選組京都動乱!戊辰の戦」、2/10に第3章「鶴ケ城燃ゆ…白虎隊、妻よ、子よ永遠に」がある。

 新聞の解説には、「幕末を駆け抜けた孤高の会津藩家老・西郷頼母や、白虎隊の姿を通し、、運命に翻弄されながらも未来を信じて戦い抜いた会津の人々の姿を描く」とあった。
  「頼母(北大路欣也)は、幕末の会津で常に領民の暮らしぶりに心を寄せていた。そんな中、会津藩主・松平容保(伊藤英明)が幕府から京都守護職に任ぜられる。領民の窮状を知る頼母は、容保の元へ行き辞退するよう直言する。」と。
  ドラマの脚本はジェームス三木、「へその曲げ方 西郷頼母会津藩始末」(学研)を書いている。そのうち読んでみたい。

  『 幕末の激動に翻弄された会津藩士は何を守るために戦ったのか?18歳に満たない白虎隊隊士たちを死に追いやった戊辰戦争とは何だったのか?藩の行く末を誰よりも思い、農民にも好かれる一本気な藩家老・西郷頼母(たのも)の奮闘と新旧政府の交代劇を描く。』  (学研出版サイト)

 国家老・西郷頼母というと、いつも心に浮かぶ頼母一族の悲劇だ。頼母登城の後、屋敷に残った一族21名の悲惨な自刃だ。
 それぞれの辞世を詠みながら、いまさらながら憐れに涙が流れる。

 妻:千恵子(34歳)
   なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそきけ
 母:律子(58歳)
   秋霜飛今風冷 白雲去今月輪高(秋霜飛んで金風冷やかなり 白雲去って月輪高し)
 妹:眉寿子(みすこ)(26歳)
   死にかえり 幾度世には生るとも ますら武夫と なりなんものを 
 妹:由布子(ゆうこ)(23歳)
   武夫の 道とききしお たよりにて 思ひ立ちぬる 黄泉の旅かな
 長女:細布子(たえこ)(16歳)
   下の句~いざたどらまし 死出の山道
 二女:瀑布子(たきこ)(13歳)
   上の句~手をとりて 共に行きなば 迷はじよ
 三女:田鶴子(たづこ)(9歳)  四女:常盤子(とわこ)(4歳)
 五女:季子(すえこ)(2歳) 以上9名
    他に、小森駿馬(親類)家族5人、町田伝八(親類で軍事奉行)の一家3人,
  浅井信次郎(遠縁)の妻子2人、西郷鉄之助夫妻の21名 】

 
  今日、本棚の司馬遼太郎「王城の護衛者」を再読した。あらためて、会津の苦悩と時代の流れとを思った。

 

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大雪

2013-01-26 | Weblog

 

 お昼のニュース、若松の積雪が89cmと伝えていた。一昨日からの雪降りで,車もすっぽり埋もれた。

  昨夜はPTA役員会の娘を車で送った。その際に車の雪は落としたので、夜のうちに5,60cm降ったことになる。
  ママは午前中の勤務だったが、ジイの車も出せなかったので、徒歩通勤となった。
 
 大雪だ。妻は最近膝痛で思うように雪かきが出来ない。ひとり、黙々と裏の坂にダンプで雪を運んだ。 

 私道は雪捨て場がないので道の両脇に積み上げているが、もう限界だ。また、隣の娘の車も大変な状態。武くんも手伝ってくれた。

 すぐに息が上がってしまうので、小刻みにかたずけることにしている。

 しんしんと降る雪の中の雪かきを終えると、濡れた防寒着を風防室に吊した。 乾く間もなく、又雪かたしだ。

 夕方、大雪の中、ママと武くんとジイの3人で歩いてリオンドールまでお買い物へ出た。

 こうして、厳しい冬も過ぎてゆく。         (2013.1.26)

  ミーちゃんの車

 武くんも手伝ってくれた。

 

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速報 歳の神

2013-01-13 | Weblog

 今年も歳の神を例年のように無事終えた。
 無事というのは、町内会役員としての参加の感想だが、お正月に、町内の顔見知りと新年の挨拶を交わす大切な機会ともなる行事と思う。

 今日は3時半からの役員会、退任希望が多く、しかもなかなか役員のなり手がなく,新役員の選任は大きな問題となっている。

 300世帯を越える町内会役員のなり手がない。できれば機械的に2期4年ぐらいでは役員を替え、新しい人に町内会を運営してもらえるといいと思う。

 なかなか決まらない役員、次回の役員会までの継続審議となり歳の神の準備に移った。

 夕方6時,八幡様から御神火が到着し,巳年の年男年女により点火された歳の神が勢い良く燃えた。

 いつになく温かい夜で、出足も好調で、とても穏やかないい歳の神となった。 

 約一時間半,NHKドラマ「八重の桜」の放映時間を気にしながらも、想像以上に早く燃えつきた。

 

 雪降りでない歳の神も珍しく、写真を撮るには少し物足りなかった。

後始末を終え、役員の反省会を終えて家に戻ると、すでに「八重の桜」は終わっていた。

これからもこうした伝統的な行事は何時までも続いて欲しいと思っている。 

 

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毎日を大切に過ごしたい。

2013-01-08 | Weblog

                                   【シャコバサボテン第二陣 開く】

 もう年が明けて一週間が過ぎた。 毎日が矢の如く過ぎ去る、そんな印象だ。

孫たちは今日から3学期、元気に登校して行った。今年は短く感じた冬休み、毎日孫たちの世話で少々疲れた。

でも、二女が悠ちゃんをつれ朝7時に我が家へ、長い産休を終えて職場復帰した娘の乳飲み子の世話も大変だ。

 年末は午前中の勤務で、何とかママが帰るまで子守できた。でもきのうからは夕方5時過ぎまで、なかなか大変だ。

なりは小さいがもう一歳、知恵が付いてきた。ときどきママを探すが、お利口で過ごした。いずれ慣れるだろうがしばらく気がつかれる日が続きそうだ。

 昨日は図書館へ、武くんは三国志にはまった。横山光輝のコミック全30巻だ。

暮れにじいが借りてきた一~三巻が引き金に、今日借りた4~7巻もあっという間に読み切ってしまった。

武くんは俺より記憶力がいい、じいは難しい名前をいろいろ聞かれるがきちんと答えられない。

少しでも話が出来るように、孫が登校中に隠れて読んでいるところだ。
 

今日は少し静かに思い巡らせる時間を持てた。すると、何とつまらない時間を過ごしたかと、また悔いがもたげた。

忘れていた「今を生きる」が・・・。

大病を克服し、思った以上に長生きできそうな予感がある。でも明日のことは分からない。

萌ちゃんに、初詣に何をお祈りしたのか聞いたら、「じいちゃんとばあちゃんが長生きできますように」と。切なくなった。

長生きしなければ、毎日を大切に過ごさなければとあらためて思う。

 

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孫たちに学ぶ

2012-12-27 | Weblog

 

 積もった雪で庭に雪山を築いた。1時間たっぷりのいい運動になった。
今朝はときどき陽も差すが、気温は真冬日だ。作った庭の山から私道へ出て30メートル程の丁度良いスロープを下る。

 

 孫たちは新しいスキーを買ってもらった。未だ慣れないスキー、凍てついた雪道をすべり、戻りはスキーを履いては登ってこれない。
 繰り返し賑やかに楽しそうに滑った。しばらくは冬休み中の日課になるだろう。
 もう遙か昔、子供たちとはよくスキー場へ通った。でもそれも中学生ころまで、その後はボードがはやり、子供たちだけでよく出かけていた。
 スキーもしばらくご無沙汰だったが、今シーズンは孫たちの世話にスキー場へかり出されそうだ。

 午後は運動を兼ねての孫を連れての散歩、今日は飯盛山まで足を延ばした。

 

 

   厳島神社 洞門 さざえ堂


 道路はツルツルだが今はストパー付きで滑ることはない。夕方4時から1時間、雪道をいろいろ話ながらの散歩となった。厳島神社にお参りして戻った。高台から雪に埋もれる、町並をアカネ空が美しく染めていた。
 帰路、武琉は得意の戦国時代の歴史の話、ず~っと話をし通し、小さい孫から教えられることはたくさんあった。歴史物語もそうだが、孫たちの成長には驚かされた。語彙の豊富なこと、武将の系譜の記憶力の豊かなこと、負けそうだ、いやもうすっかり負けている。
 いつも近くで見つめている孫たちだが、それがいかに表面的であることかと思った。
 老いぼれた人生だが、孫たちから真摯に学ぶ必要がありそうだ。

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徳一菩薩シンポジューム

2012-12-23 | Weblog

 

 午後から、坂下での[徳一菩薩シンポジューム]に初めて参加した。友人の『徳一と法相唯識』の著者、白岩孝一氏から開催のチラシが送られてきて、楽しみにしていた。

 主催は『徳一菩薩に学ぶ会』、仏都会津の祖・徳一菩薩を顕彰し、地域の活性化を目指して設立された会で、今年は第4回目、坂下公民館で開催された。

 第1回が勝常寺のある湯川村、第2回が円蔵寺のある柳津町、第3回が慧日寺の坂下町で開催されてきた。

 春先、白岩氏の『徳一と法相唯識』出版祝賀会に参加して、難しい法相唯識を知った。以前から関心があった徳一、本棚にも数冊の関連の本があった。

 拙ブログ内を【徳一】で検索すると、実に23編もあった。
 徳一の建てた磐梯町の慧日寺はじめ、湯川の勝常寺、市内門田の観音、柳津の虚空蔵尊、西会津の鳥追い観音などを訪ねた折に書いたものだ。

 また、白岩氏の著作について、さらに先日は、磐梯町の募集した「慧日寺に関してのエッセイ」応募のことも書いた。

 シンポジュームの記念講演は、「徳一の道」と題した、法相宗大本山薬師寺の僧、次喜勝氏のユーモアあふれる講演で、なかなかつかめない徳一像を一層鮮明に理解することが出来た。

 


・・・《主な内容》・・・
 ①徳一の仏子道(生涯) ②徳一の修行道 ③徳一の菩薩道に分けて、残された関連文献  を下に丁寧に解説された。
 ○20歳前後で会津を目指した。194ケ寺が徳一建立・中興の伝承。
  うち、福島県139ヶ寺、茨城県44ヶ寺など。
 ○古密教では、過ちを悔いる(悔過)作法が執行された
   供養の対象 薬師如来・変化観音(十一面観音、千手観音、馬頭観音など)・虚空蔵菩薩・吉祥天などの現世利益の強い諸尊。
 ○悉皆成仏の一乗思想の最澄や、即身成仏の空海に共通する思想は、現状肯定であり、徳一の根底の考えは、現状打破の思想であること。
 ○空海の将来した密教は大日如来を主尊とするが、徳一の法相では特定の主尊を定めることはなく、そのときに応じて好みで選ぶこと。
 ○江戸時代にもずいぶん徳一が信仰されたようだ。宗派によらずそれぞれに合った形で信仰された。
 ・・・・・・・・・・ 
 その後、のシンポジュームで、ゲストパネラーの環境考古学者・保田喜憲氏は、今の大震災と原発汚染は3番目の危機、1番目は明治維新の会津。2番目は第2次世界大戦の敗戦だと言う。そしていづれもが福島が犠牲になったと。そんな今、現状を打破し新しい時代を作ろうと徳一が訴えているようだと。また、そういう時期には偉大なリーダーが現れるが、それは、東北出身の若者に違いないと。・・・・胸を打つ話だった。

 

 年末の気忙しいときを縫い参加したが、ひととき奈良、平安の古に思いを馳せることができた。

何となく生きている現実に気づき、「生きる」と言うことをあらためて考え直したい思いに駆られた。

1300年前、目の前の人々を救いたい思いで布教した徳一の心情を思った。 信仰とは何か、生きるとは何か・・・大切なことを見つけた思いがした。

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先覚顕彰展

2012-12-18 | Weblog

 日曜日、朝食を済ませ雪道を歩いて公民館へ、選挙投票を終えた。
会津若松文化センターに【会津御出身 第1回 各界先覚顕彰展】を見に行く。
10時丁度だが、すでに体育館の駐車場も満杯、不思議に思っていたら、会津シネマウィーク最終日で、ホールで10:30~「別離」が上映されると知った。納得だ。

 

  混雑をよそに、閑散としていた展示室へ入った。
【各界先覚顕彰展】  主催は会津先賢顕彰事業実行委員会、そして市教育委員会後援とあった。

展示会の題名「先覚」と、実行委員会名の「先賢」の違いはどうなのか、いろいろ話し合いがあったのだろう。
会津各地出身の、俳画家の太田素因氏、日本画家の小林五浪氏、俳人、歌人、小説家、政治家、教育者など23名の顕彰者それぞれの人生や関連資料が展示されていた。

いずれの資料も手にとって見ることができ、知らなかった各界の賢人の人生を静かに見つめた。

    俳画 太田素因氏

 また、一角にはハンサムウーマンのコーナーがあり、会津の8人の先人紹介があった。
《 中野竹子 新島八重 野口シカ 海老名りん 瓜生岩子 若松賤子 大山捨松
  板谷まる 》 ほとんどは知る人だったが、今回「板谷まる」さんをはじめて知った。
 これらの女性に共通するものか 、『ハンサムウーマンの心の法則』が9つ掲示されていた。「8人の会津女性の生き方から 今私たちは学ぶべきことがある」と。

   

 「野口しか」さん紹介コーナーに英世の「養老」の書が飾られていた。

大正4年とあるが、英世が年老いた母との再会を果たすため、15年振りに日本に帰国した年だ。おそらくその折りに沢山の書を揮毫したのだろう。

その頃ノーベル医学賞候補ともなっている。以後、彼は日本に帰国していない。

 受付で、何期か衆議院議員を務められた政治家で、有名な俳人でもある滝沢幸助氏の御著書の句集「雪雫」「夕月」「滝沢幸助集」をいただいた。
  顕彰展は第1回とあるが、今後、さらに活躍された先覚者についての紹介がされるだろう。滝沢幸助氏もそのお一人であろうと思う。
   郷土には、数知れない先人が居られるが、あらためて先覚一人ひとりの生き方を知り、教えられたいと思う。

   いつか山形県鶴岡市には郷土人物資料館を見学したが、.鶴岡ゆかりの先人を一堂に集め、その足跡を顕彰紹介していた。

  また、岩手県の盛岡先人記念館でも郷土の文化人に触れ心から感動した覚えがある。こうした施設が会津にもあって欲しいと思った。

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 会津シネマウィークなど知らなかった。 
14(金)は「夜の河」「雪 国」、15日(土)は「それいけ!アンパンマン よみがえれバナナ島」、「時をかける少女」(アニメ版)、

16(日)は「別離」「アーティスト」が上映された。もっと情報を積極的に集め、いろいろな文化行事に参加してみたい。

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飯田のハチ公

2012-12-15 | Weblog

今し方、ネットで「じっと座り飼い主待つ 犬が1週間以上、飯田」に触れた。
      http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20121212/CK2012121202000022.html

そして、続報 「飯田のハチ公、保健所が保護 案ずる電話全国から」
  http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20121215/CK2012121502000182.html

  やせ細った姿は見るに堪えない。切ない、かわいそうで涙が込み上げた。
 全国から140万を超える閲覧があったという。誰もが同じ思いだろう。
 どんな事情があったのだろうか。 一日も早い回復を願っています。


信州リンゴが届く

2012-12-10 | Weblog

    蜜がいっぱい入った、真っ赤なサンふじが届いた。妻の里、安曇野産だ

リンゴを見つめていると、思い浮かんだのは、三橋三智也の「リンゴ村から」

 ”覚えているかい故郷の村を ~ 真っ赤なリンゴ~”、小さいころ食べたリンゴは青森産の紅玉だったのだろう。

そして、 また、中学生のころか、図書館で借りた藤村詩集。  淡い思い出に、しばし思いを馳せた。

”まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

 わがこゝろなきためいきの
 その髪の毛にかゝるとき
 たのしき恋の盃を
 君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ”

リンゴの品種改良も進んだ。あの黄緑にほんの少しの赤が混じった大きなインドリンゴも懐かしい。

最近は黄色い王林が復活したようだ。これもおいしい。リンゴはなんと言ってもシャキシャキ感が良い。

 そうそう、 毎日幾つも皮を剥いている身知らず柿だが、これは保存が利かない。そろそろやわらかくなってきた。

思いついて数個、顔の良い柿を冷凍にした。いつか佐渡へ行ったとき、食後のデザートに出たことがあった。季節は秋だったか、いくつか来年夏に楽しめたらと思っている。

 

昨日の大雪、只見や金山では1メートルを超えたらしい。若松は40cmほどか、去年より10日ほど早い。

昨日は町内会館の大掃除、雪のため会館内だけ念入りに行い、玄関にしめ縄も飾った。

    

引き続き役員会、その後は年忘れの反省会で一杯やった。

一杯で収まらない悪習、またまた呑みすぎた。一夜明けて今朝、反省しながらきのうの宴の後片付けに出かけた。

 

青空も見え、残り柿に雪が美しく積もっていた。カメラを持って裏の八幡様にお参りした。

 

昨日一緒に呑んだ宮司さんが、参道の雪かき中だった。社殿の前でしばらく立ち話。

戦争で、出征兵士を送ったころの思い出話は、8日夜、NHKで放映された「巨大戦艦 大和  ”乗務員たちが見つめた生と死”」のシーンと重なった。

歴史は繰り返す、殺し合いの戦争が世界各地で起こっている。そして、この選挙でも国防軍とは。憲法改正を叫ぶ党を首をかしげ複雑に見つめている。

 

 

いろいろお参りして長い階段を下りると、一天にわかに曇って、雪が舞い始めた。今日一日予報は雪降りだ。       

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山の公園で

2012-10-09 | Weblog

 久々の快晴、今日も飽きることなく里山へ出かけた。今日もマダラナニワトンボには会えなかった。
 9/25に、思いがけない場所で、ぞばの実に止まっている彼女に会えた。以来、今年はあの素早い動きをする黒い赤トンボに会えないでいる。絶滅危惧種Ⅰ類の彼女、心配が現実となってきた。
 ここ5,6年、ペアになって産卵を繰り返していたマダラナニワトンボ、昨年もさかんに打空産卵する姿を何度も写真に撮ることが出来、安心していたのに。

 2011.9.27撮


  本当に条件が整い始めて生息できるトンボたちだ。そのいのちはわずかな環境の変化で崩される。今年のヤゴの成虫に夏の暑さ、干ばつの影響はなかったのだろうか。池の水位はいつもより5,60cmほど低下していた。そのため水温も変化し、植生も変わった。
 マダラナニワトンボは池の近くの水のないところに4,50cm上空から卵を落とす。
春先に雪の消えた、池から離れた場所で孵化した幼虫が池までたどり着ける確率はどうなのだろう。絶滅を防ぐことが出来ないもどかしさ、どうすることも出来ないむなしさを感じている。来年こそ再びの再会を祈っている。

トンボたちが少なくなって寂しい。 オオルリボシヤンマが産卵していた。            オツネントンボ。

 

 途中、レンコン池を覗くと、水が抜かれ、実が葉よりも高く青空に背伸びしていた。
 小春日にアキアカネ、マユタテアカネ、ノシメトンボが穏やかに止まっていた。
 顔面が真っ白なマイコアカネに会った。彼女も最近ずいぶん少なく感じている。なぜだろうか。赤くないので♀だろうか。しばらくぶりだったので、ずいぶん小さく感じた。

  

マイコアカネ♀  シオカラトンボ♂

 猪苗代にハクチョウが飛来との新聞報道があった。10月中半、いつもハクチョウを撮りに翁島まで行くのが常だった。磐梯山麓を雄大に舞うコハクチョウを撮りたいからだ。

 2010.10.24翁島で

 餌付けが禁止されてから、コハクチョウの行動が変わった。冬景色にハクチョウがぴったりの笹山浜には、全く来なくなった。真冬には大群が寄る崎川浜にも、雪の降る前には湊地区の田にいることが多い。時期や時間帯を考えて、今年もハクチョウたちの感動の写真を撮りたいと思っている。

 昨年 崎川浜で 

 山の公園の道路脇で、足の不自由な旦那さんを車いすに下ろしている老夫婦に会った。ドアが道をふさいでいたが、ゆっくりで構いませんと声をかけた。体格のいい旦那、か細い奥さんには大変で、よほど手伝おうかと思った。
 静かな公園の片隅、木陰でお昼を共にするのだろう。遠くから夫婦の清々しい心を思った。

 

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残暑にも秋近し

2012-09-15 | Weblog

 

今年の残暑は厳しい。
朝夕大分涼しくなったが、日中の太陽は真夏と同じ、季節が止まったようにも思える。
今日も、マダラナニワトンボに会いたい一心で、里山へ出かけた。

 

  やはり、秋の訪れを感じる。林道脇のクモの巣に犠牲になったトンボが巣に磔になっていた。

トンボ池は相変わらずオオルリボシヤンマの楽園だった。
  飛翔するトンボの撮影を何度も試みる。数打てば当たるが、習性を飲み込んで、何とか連写するが、なかなか難しいものだ。

単独で産卵を繰り返すオオルリボシヤンマにときどきオスが邪魔をする。

 産卵 

 

 ♂  ♂

 気づけばいつしかチョウトンボもいなくなった。クロイトトンボもオオイトトンボも姿を消し、ペアになったアオイトトンボがアシの間をスイスイ飛び交っていた。

 産卵 

キトンボが出始めた。この辺りはノシメトンボ、マユタテアカネが多い。

   マユタテアカネ

ノシメトンボと少し違う。リスアカネではないだろうか。?

   キトンボ 

 ギンヤンマ♂飛翔  ノシメトンボ

 

 静寂の水面に蜂が吸水に止り、池の端の草むらにはウラギンヒョウモンが産卵していた。

 歩いて移動しながら、腹部を垂直に立てて、土や枯れ枝や草に産卵している。彼女らの食草はスミレ類、間違いなく近くにあるのだろう。

 ウラギンヒョウモンの産卵

付近のクマザサの回りをゴイシシジミが舞っていた。なかなか止まらず、ササの葉もきれいだ。

彼女は、ササの葉に寄生するササコナフキチュノアブラムシを探しているのだ。どうか見つけて早く産卵して欲しいと願った。

寒地でも、2,3回発生するようだ。

 ゴイシシジミ

 こうした例年の光景にも、待ちわびている黒い赤トンボは姿を現さない。例年に比べてもう10日以上も遅れている。

 生息環境はデリケートだ。ほんのわずかの環境の変化で営々と続く種の存続が脅かされる。

 いろいろな種の絶滅が報じられるが、もっと真剣に受け止めなければならないのではないか。
 チョウやトンボにとって、当たり前の条件が整って初めて来年の種の存続が維持されるのだ。

 黒い赤トンボ、マダラナニワトンボは絶滅危惧第1類に分類され、貴重な昆虫である。何としてもその生息を守らなければならないと思っている。

 いつも立ち寄る池に行くと、この干ばつの影響で水位は多分1メートルくらい下がっているのではないだろうか。

 普段の岸からは分からない浅瀬の砂地が十数メートルくらい地面が現れていた。

 何となく磯の香りがする狭まった水面まで踏み込むと、大きな二枚貝が転がっていた。

いくつか見つかるカラスガイのような大きく、薄い貝殻は風化していて弱く、大分以前の産物ではないかと思われた。 

 

 

近くの林に、ほおじろの親子がきた。怖さを知らない子供を気遣って親が盛んにさえずっていた。 

  ホオジロ 幼鳥

 一瞬、この暑さのなか季節を間違えそうだったが、山道の両脇にススキの穂が輝き、虫の音も聞き、ほどなく秋の季節を迎えるわびしさがただよっていた。

ソバの実も黒くなる                                                  イガも膨らむ

  

キンエノコロ                                             秀峰磐梯 ススキ揺れ

  

 会津盆地に実りの秋 

 秋の入り口、残暑厳しい里山に、今日も興味をそそわれる自然観察ができた。

 

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酷暑のトンボ池

2012-08-04 | Weblog

 

 普段より少し早い10時過ぎ、酷暑のトンボ池に行った。   

 

チョウトンボの個体数が普段より多かった。
縄張りをひらひらと飛ぶチョウトンボの行動をしばらく観察した。
ときどき見かけるが、交尾は空中で飛びながら行われ、ごく短時間で離れた。

 

メスを追うオスの飛翔は、普段の飛び方からは想像できないほど敏捷である。
オスと思っていた青いチョウトンボが打水産卵を繰り返していた。青い色の♀もいるようだ。

また、枯れ枝の先に止まったチョウトンボの裏が、メスの表面のように黒色に見えた。
 チョウトンボの翅を拡大して驚いた。翅が立体的に波打っていた。


 

 独特の色調や輝きは、多分この立体的な凸凹の反射から来るのだろうと思った。
他のトンボの翅も、透明なため気づかないが、同じように立体的なのだろうか。

  

他には、ギンヤンマ、ヒメアカタテハ、ウラギンスジヒョウモンに会った。

 

  

ウラギンスジヒョウモン                                               精一杯生きたヒメシジミ・・・一抹の寂しさ

 

まだまだアマゴイルリトンボは元気だ。いつ見ても、美しいルリ色に魅せられる。 

  

オオアオイトトンボも現れた。                              キイトンボ♂

  
  
 今日、庭でアブラゼミの抜け殻を見た。遅かったようだが、ジージー鳴いている。

 厳しい暑さが続いている。 赤ちゃんがいる間はエアコンで涼しくしてあるが、朝夕はなんとかしのぎやすい。

お盆が近づいている。

 

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ジャコウアゲハの疎開

2012-08-03 | Weblog

その後5,6コの卵を確認、大きくならないうちに疎開させなければと思っていた。

しばらく町の夏の行事「祭礼」準備に追われ、見ないうちに大きくなってしまった。

わずかに残っていたウマノスズクサもすべて食べ尽くされ、どこかに移動してしまった。

何とか2頭を見つけた。わずかな細い茎をかじっていた。

 

もう餓死するしかない! 早速ジャコウアゲハの楽園,Hさんのウマノスズクサ畑へ持って行った。

花が咲き、かなり繁った畑のウマノスズクサには、卵もあれば、終令幼虫、蛹と、生活しすべてが見られた。

  

 

Hさんといろいろチョウ談義、最近ゴイシシジミを見ないと話したら、いま裏の山で飛んでいると・・・・。

早速行ってみると、クマザサの茂みにいた。ここ数年、いつもいた何カ所で見られず、久しぶりに会った。

 ゴイシシジミ

毎朝、朝早くから小型のジャコウアゲハが庭に飛んでいる。

食べ尽くされたウマノスズクサの香りがするのだろうか。そのうち、この食草をもっと増やしてやりたいものだ。

 

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