エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

母を想う

2012-11-29 | 日々の生活

                                          【 残りカリン 青空に輝く 】

  母を亡くして9年になる。自分が大病に生かされ、新しい人生を歩み始めたその同じ11月に母は急に逝ってしまった。
 退院して間もない11/29だった。

 午前中、お墓へ参った。雨降りなので傘をさし、歩いて出かけたが、ほどなく止んで、風もなく穏やかだった。。

 お墓のモミジはすっかり葉を落とし、一面黄金の絨毯だった。

 お城は、木々の葉が落ち、普段見えない天守閣が枝の間から見えた。

 往復10㎞ほど歩いた。久々の運動で、夕方両足の脛部分の筋肉がつって、悲鳴を上げた。 

 

 9年前の11/8退院の日、大学病院近くに兄と暮らしていた母に会い、ひととき話をして会津へ戻った。そのときの会話を今も忘れない。
  入院中、自分の助からないかも知れない病状について、母には詳しい話を伏せていた。

  時折、さだまさしの「無縁坂」を聴いている。いつでも聴けるように、ネットの「お気に入り」に入れてある。

 そこでは「後ろだけは見ちゃ駄目と」「運が良いとか悪いとか、人はときどき口にするけど、そう言うことって確かにあると、あなたを見ててそう思う。」「ささやかなぼくの母の人生」などと歌っている。

 母は歌のように、こうしろああしろ言い聞かせはしなかった。また、決して運が悪かったわけでもないと思う。そして、ささやかな人生だったとも思わない。

 幼いとき、歯を病んで、痛みに泣きながら母に背負われて歯医者へ行ったことを思い出す。
 そして、家を離れた学生時代に、時折くれた達筆な母の手紙を今も大切に持っている。
 子供のため、家族のために生きた母の人生を思うとき、長生きした母だったが、17,8歳で離れた母と、もっと一緒に暮らしていたかったと思っている。

 思えば、親と子の共通でいる時間はいかに短いことか。物理的にも精神的にもだ。
 わが子たちとの触れあいもまたしかりだ。それが人生なのか。
 残された時間は短い。孫や、子たちと共通する時間を大切にしたい。

 昨日は最高の日よりだった。今年最後だろうと思い、庭の雪囲いを済ませた。  

日記@BlogRanking


ある悩み

2012-11-26 | 日々の生活

                                             【  黄昏うるわし 11.25 p.m17:10 】

  ボランティアで引き受けた町内役員だったが、一応の任期2年で退きたいと思う。

  「一生は、雑事の小節にさへられて、空しく暮れなん。吾が生既に蹉蛇たり。諸縁を放下すべき時なり。」とある。(徒然草112段)

 短い人生、好きなときに、好きなことをやれる自由を見つめると、許してもらいたい思いに刈られた。出家の心境だろうか。

  昔、若いころの拙著書の「あとがき」に
       ”ふりむけばせわしき蟻の影に似る徒とのたわむれのみぞ寂しき”
       ”たわむれをせわしき影を寂しとす我は教師か常に問いたし”    と書いた。

  今それなりに甘受する日々は、若き日に、あくせく苦労して過ごした無駄な時間からのものかもしれない。

 これからは確実に短い日々と感じている。

 日記@BlogRanking


野沢菜を漬ける

2012-11-25 | 日々の生活

 

 昨日段ボール2つ、宅急便で届いた妻のふるさとの野沢菜を漬けた。
 決まって11月の下旬、小春日和の日にふるさとの菜を漬ける。
思えば、40年に渡って、亡き父、母が元気だったころから繰り返されてきた、妻のふるさと信州の風物詩だ。
 利用した段ボール箱の「長野経済連」の文字、お菜をくるんだ「信濃毎日新聞」に、妻の実家を思った。
 一束ずつ藁で束ねられたお菜を洗い、野沢菜用の四角い漬け物容器に、ザラメ糖と塩で漬ける。

 

 重しを乗せて、西側の縁側に置いて完成。
 小さい樽に切り漬けも漬けた。これは、明日にも食べられるだろう。半漬かりがまたおいしく、楽しみだ。
  先日、大根を漬けたので、冬の間、十分楽しめそうだ。

 

(参)拙ブログ

○ 晩秋の風物詩「野沢菜漬け」 2006-11-24
○ 野沢菜をいただく 2007-12-06
○ 野沢菜漬け  2008-11-28

 

日記@BlogRanking

 


見納めの秋の里山

2012-11-22 | 日々の生活

久々の快晴、ハクチョウを見に猪苗代方面に出かけた。
今日明け方の気温は氷点下だったが、昼前には10℃くらいまで上がった。明日からの天気予報は曇りときどき雨、思い立って最後の秋を楽しもうと思った。

トンボ、チョウのシーズンに歩くいつものポイントを巡った。
農地のキクの花にはキタテハが秋の日に蜜を吸っていた。アキアカネの他には、ヒメアカタテハ、ベニシジミが見られた。

 

 

                                                                                                黒い柿


高速道路沿いの河東工業団地あたりから、会津慈母観音を拝んだ。真っ白な雪景色の飯豊山をバックに、麗しい観音様の横顔を拝んだ。

 

  

磐梯町の山の公園をまわり、猪苗代方面へ向かった。
山麓の山道にはアキアカネが日向ぼっこだ。キタテハ、モンシロチョウが弱々しく舞っていた。

虫たちをファインダーで覗くと、しばらく忘れかけていたあの夏の日のいのちが思い出された。

 

 今シーズンは未だハクチョウを見ていない。翁島の田にはいなかった。

 湖畔へ進むと、サイクリングロードあたりは、所々茅が刈られていた。多分、富栄養化を考えた環境保全計画の一環だと思う。

 ヨシやアサザなど水生植物の群落のあるこの辺りの湖畔は県の水環境保全区域に指定されている。

 刈られた湿原を湖畔に向かうと、美しいハクチョウが休んでいた。しばらくぶりの再会だった。紺碧の湖に遊ぶハクチョウは言葉に表せない美しさだった。

 これから厳しい雪の季節を乗り切って、元気に来春の北帰行を迎えられるように祈った。

    

 

   

刈られた茅                                             茅 磐梯山

 

花?が咲いたよう                                           真っ白なヤナギの葉裏でした

長浜では、わずかにホシハジロやユリカモメが見られたが、ほとんどがオナガガモだった。

 

 珍しいレンズ雲が見えた

途中、レク公園に回った。今日の目的の落葉松を仰いだ。イロハモミジが最後の紅葉を見せてくれた。

 

カラマツの林を出でて カラマツの林に入りぬ

 

                                                    一頭キトンボがいた 切なし

シデコブシの花芽は案の定もう膨らんでいた。残雪に咲き出すピンクのシデコブシの美しさを思い浮かべた。

 

今日の里山、今年の見納めとなるだろうすばらしい晩秋、初冬をありがとう。

 

日記@BlogRanking


熱が下がらない孫

2012-11-21 | 日々の生活

 
 武くんが高熱を出し早退した日からもう1週間になる。こんなひどい風邪?は初めてだ。熱も引かず、咳も止まらない。

 都合3度もK医院に通った。一度目は風邪、クスリをもらったが熱が下がらずに再診察を受ける。

 次はレントゲン、血液検査をしたが、心配ない普通の風邪ですと。

 その後も下がらずまた受診、しっかり見て頂くも胸もきれいで音もしないと。ずっと薬漬けだが熱は下がらないし咳もひどい。

 何としたものか。今日こそ登校できるかと思いつつも、顔色は悪く微熱があり食欲もなく、お休み。

 妹の萌ちゃんは変わらず元気に登校している。

 昼近く、少し気分がよいのか、大好物のネギトロが食べたいと。 よし!とばかりに散歩を兼ねて、じいが近くのかっぱ寿司(お持ち帰り)までお出かけとなった。

 チョウやトンボのシーズンも終わって、里山巡りもなく運動不足である。カメラ持参で初冬の町へ飛び出した。

 我が家の庭は未だ晩秋といったところ、日だまりにアキアカネが静かに舞い降りた。

 

  

 途中、気づいた初冬をカメラに収めた。うっすら白い磐梯山を望んだ。

短大のケヤキやトチの並木はすっかり葉を落とし、ドウダンやユキヤナギがかろうじて燃えてきれいだった。

 学鳳グランドから

 トチノキ

短大 向こうが飯盛山

   

  カッパからの帰り道、家までの歩数を数えた。歩数約1000歩、距離にして往復でも1.5㎞程か、たいしたことはない。

 でも、北風が寒かったが、途中で汗ばむほどになりジャンパーを開いた。

 このところ、床につくと呑み過ぎと運動の少ないことを反省する。毎日、明日からはと思いつつの繰り返しだった。

 高齢化、90歳以上も珍しくないの時代、万一長生きできたら元気な年寄りでありたいなどと考える。

 そのためには、足腰が一番、あらためて少しでも動かしたいと思っている。

 武くん、あれほど食べたかった寿司もほんのわずか、午後、もう一度診察してもらうことに。

 どこか悪いところでも・・・と心配している。

 

日記@BlogRanking


元気会

2012-11-17 | 日々の生活

 

 昨日は一日、懐かしさに浸りながら静かに過ごした。
 前日「元気会」があり、おいしいお酒が進みすぎたようだ。
 一昨年、退職して初めて「元気会」出席だった。
 かつて会工に在職した退職者の親睦会だ。
 今回も、懐かしい友との再会、尽きることのない話に花が咲いた。
 体調思わしくなく会えない方も多い中、杯を重ねることができるまで健康を取り戻した我が身がありがたかった。

 先輩、友の顔や姿に、老いを認めつつ、普段あまり鏡も見ない我が身も、それ以上に老いているのだと言い聞かせた。
 物故者へ黙祷、ここ5年になくなられた方17名、かつて世話になったお一人ひとりの顔が浮かんび、いまの自分を思った。

 懐かしい顔、顔、顔、その中に20数年ぶりに合うK先輩がいた。氏の郷里が信州と言うことで、在職中から特別のお付き合いをいただいた。

 懇親会後、駅前に泊まるという先輩を我が家へお招きし、青春の思い出、ふるさと論、人生論を交わした。いつか懐かしむであろう秋の一夜となった。

 日記@BlogRanking


秋の鶴ヶ城

2012-11-13 | 街中散歩

 

所用があり、街中へ出かけた。近くに駐車場のない路地の店なので、自転車で出かけた。

大町通りの先、野口英世青春通り(英世が青春時代を過ごした界隈)が整備され、昔公民館に建っていた英世の忍耐の像が移されていた。

野口英世青春広場の像の台座には、本人の筆跡の、英世が恩師にあてた手紙文が彫られてあった。

  

 

正月の十日市で行くくらいの市の中心街、5分で用事を済ませ店を後に、お城へ向かった。

風もなく、久しぶりの穏やかな秋の一日となった。

まず、お城の裏の両親の眠る墓にお参りした。ひときはモミジが美しかった。

我が家の広い墓地は、このモミジや杉の葉など落ち葉がどっさりで、春先には雪解けを待っての掃除が一大事だ。

  

原発の風評で観光客も減っているようだが、晩秋のお城はまあまあの人出だった。

 

西出丸から南門へのお堀

 

 

 二の丸出口

本丸では、先の地震で崩れた石垣の復元工事と、御三階移築に伴う遺構の調査が行われていた。

 

 

 

「荒城の月」の碑                                         廊下橋の彼方に磐梯山                          ↑ 

 

カワウが止まる南のお堀                                     干飯櫓

あちこちに、 「八重のふるさと 福島県」の旗がひらめいていた。また、苔むした石垣に、色づいたツタが感慨深く目に映った。

  

赤瓦のお城を描いた。余白に「荒城の月」の歌詞の一節を添えた。

 

天上影は 変わらねど
栄枯は移る 世の姿
映さんとてか 今も尚
ああ荒城の夜半の月

 

自転車で約10㎞、ゆっくり走ったがいくらか疲れた。多少の運動不足解消にはなったか。

日記@BlogRanking

 

 

 


 街中のオアシスが消える寂しさ

2012-11-12 | 環境問題

 

  昨日の日曜日、子供会や老人会、町内会の役員が協力して町内の冬の備えを終えた。

 緑地の落ち葉を集めは、町内会館大掃除の時に延ばし、メインは「歳の神」のための茅を立てとなった。

 昨年より秋が遅いようで、紅葉が素晴らしく、未だ葉っぱはしっかり付いていた。

 

                                        茅100束を浄水場南口から運ぶ

 

前日まで雨降り、今日も雨降り、昨日だけ茅立てのために晴れてくれた。                    来年お正月まで、濡れないように!


  歳の神を行う刈り取りの済んだ田に行くと、畦や小川の所々に鮮やかなピンクのテープが付いた杭が林立していた。

 いよいよ住宅地への開発の為の測量のようだ。

 測量の杭が打たれた田んぼ

 その布石はあった。昨年秋に一部の小川にコンクリートのU字溝が敷設され、暗澹たる気持ちになった。

 かつてはホタルも飛び交ったこの田んぼは、小川にはドジョウやサワガニが棲み、ときどき孫を連れて観察したこともあった。

 まさに町内のオアシスだ。この肥沃の大地もコンクリートで覆われてしまう。 弱々しく舞い降りたアキアカネに、いい知れない寂しさが湧いた。

 雪の降りしきる中、夜空を焦がす歳の神もこのお正月が最後となりそうだ。

 

日記@BlogRanking


満9歳

2012-11-08 | 日々の生活

今日は、小生のもう一つの誕生日、あれから満9年になる。

11/8は妻の誕生日だが、9年前の今日、長い入院生活から退院、生かされた自分の新しい誕生日となった。

生まれ変わった新しい人生が始まった日だ。

 時雨模様の晩秋の一日、飽きることなく静寂の庭を眺めて過ごした。
 あらためて、自分の身体が愛おしく感じられた。

時折、あの大病を、大手術を、予後の辛い生活を忘れることがある。もう少し労ってやらなければと思っている。

家族でささやかなお祝いを計画している。妻のため、家族のため、ついでに自分の身体のために。

 

 

日記@BlogRanking


朝のひととき

2012-11-05 | 日々の生活

                            【お昼前に Hさんの畑で柿もぎ 悠人くんも一緒でした。】

  詩集「求めない」を著した加島祥造氏の最近の著作「ひとり」を求めた。
  そこには、前に読んだ「タオと谷の思想」と同じ日記が載っていて、あらためて、彼が朝の一刻を大切にする生活を羨ましく感じた。

 日々惰性に流される自分も、心してそんな安らぎの時を持つ境地を真似たいと思っている。また、自然と共に生きる楽しさを知った著者の生き方が魅力的だ。

 著書「ひとり」の帯には「89歳の「いま」を生きる」とある。とてもきれいな本で、頁の半分は、作者が独居する伊那谷の自然や風景、

 囲炉裏端でのひとり茶や中央アルプスを望む書斎で墨絵を描く生活などを、写真家小林庸治氏が撮っている。

 短い詩が載っていた。

  道(タオ)の自然につながる人は
  いまの自分に満足する、そして 
  それを本当の富とするんだ。

 老子を説く彼の中心的な詩に、今日も励まされている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 思い巡らす質は違うだろうが、「朝のひととき」をまねて見た。

 コーヒーメーカーに挽いたコーヒー豆をセットして沸かす。ベートーベンをCDで流し、読み止しの本に目をやる。

 そして、ときどき庭のモミジを眺める。心やすらひとときだ。

 

日記@BlogRanking


柳津へ紅葉狩り

2012-11-04 | 日々の生活

 

  天気予報は曇りときどき晴れ、家族で紅葉狩りへ出かけた。
 時折、少し肌寒い風が吹いたが、まあまあの行楽日和だった。
 目的地は柳津、虚空蔵尊あたりの紅葉を見に出かけた。

 途中留守の我が家を訪ねたあっこチャンから携帯電話、S園芸店で合流することになった。

 S園芸では、久々の従兄弟に、鉢物の花持参することにした。黄色のリーガルベコニア、薄紫のカニサボテンそしてポインセチアを求めた。

 シクラメン新品種

途中、心清水八幡さまにお参りした。

柳津紅葉のビューポイントは虚空蔵尊対岸の瑞光寺公園、ここへは桜の季節と紅葉の季節にはよく来ていた。

日当たりの良い林の中にシートを広げ、持参したお弁当を広げた。 満1歳を過ぎた悠くんも一丁前に加わっていた。

 

 マイクロバスで訪れたグループが眺めの良いところでスケッチブックを広げていた。
静かな高台の公園をひとりゆっくり歩いて撮影した。

         虚空蔵尊  只見川

 従兄弟夫婦は、突然の訪問だったが在宅していて、変わりなく元気を確かめ合った。
 孫たちのリクエスト、月見が丘温泉でゆっくりした。しばらくぶりだった。
 温泉を出ると、いつもの良寛像の向こうに、傾き始めた夕日が虚空蔵尊を照らしてヤマモミジが一層鮮やかに映えて見えた。

 後ろに圓蔵寺が見える

 この秋も、思い出に残る紅葉狩りを過ごした。

 

 

日記@BlogRanking


共有できる時間

2012-11-02 | 日々の生活

                           【色づいてきた庭のナナカマド】

 歌人 永田和宏著 「もうすぐ夏至だ」を読んでいた。
頭から読み進めていて、途中に本の題名「もうすぐ夏至だ」の項を見つけた。

3歳の時に母を亡くした思いや配偶者を看護する人の気持ち、

   ・母を知らぬわれに母無き五十年湖に降る雪降りながら消ゆ  永田和宏

   ・悲しかり帰宅をせがみ泣く妻をトイレと騙し帰りきたりぬ     中村譲

そして愛しきものとの心の交流が書かれた後の、妻との切ない思い出の一文だった。  

   ・一日が過ぎれば一日減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ  永田和宏

   ・この家に君との時間はどのくらゐ残ってゐるか梁よ答へよ   河野裕子

 癌が転移した妻(河野裕子)との、共有出来なくなる時間を想像していたころの思いだ。

  「配偶者や家族が自分にとってより大切な存在であるのは、これまでに、他の誰のものでもない自分たちだけの時間を共通してきたことによるのだろう。」とある。

 ----------------------------------------------------

 今日11月2日は結婚記念日、満41年になる。妻とは45年程の時間の共有があったと言うことか。

 当たり前だが、残された時間だけが共有できる時間だ。大事にしたい。

 明日のことは分からない。「 清く 貧しく 美しく」 「清貧」が理想だ。


 
 窓越しに時雨降る庭を眺めると、いち早く黄葉したハクモクレンが揺れている。妙にそこだけが明るい。

 

日記@BlogRanking