エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

美しい トチの葉の紅葉

2010-10-30 | Weblog
         
 会津大学の短大構内、西側の道路沿いの高台に、トチノキの大木がある。
 沿革を見ると、会津短期大学開学が1951年、校舎の落成が1955とあった。
 その時植えられたものだろう、現在6本の大木がきれいに色づいている。
 樹齢6,70年ということか。
 何時切られたのか、大きな切株が4つあったから、推測するに、当時、記念樹として10本が植えられたのだろう。
 校舎西側は、トチノキのほかに、サクラ、トウカエデやケヤキが憩いの林となっている。
 
 先日図書館へ行くとき、坂道に鮮やかに紅葉したトチノキの葉が散りはじめていた。
 夜中の雨にぬれた黄金の葉は、とても美しくて驚いた。
 手を広げた美しい葉をいくつか拾おうとしたら、1個だけなつかしいトチの実が転がっていた。
 もう、時期はずれなのだろうか、トチノキのまわりを見ると、古びた皮はたくさん落ちていたが、
 中の丸い実はどうしたことか一つも見えなかった。拾う人がいるのだろうか。



 見上げると、まだまだ紅葉も始またっところ、緑の葉がたくさんついていた。
 それにしてトチの葉の紅葉は、独特の黄色が美しく、青空に映えて感動的でもあった。 




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 初めて聞いた 板橋和幸の「ブラインドマン」

2010-10-30 | Weblog
 
今朝4時のラジオ深夜便は青森から、シンガーソングライター板橋和幸の話。
 淡々と語る、彼の辛い生い立ち、美しく、優しく、強い人柄に涙がこぼれた。
 眼は見えなくとも、歌を歌えること、生きていることを幸せに思う、と語る。
 
  インタビューの前に彼の「ブラインドマン」という曲が流れた。
そこには、その後の話の中身が集約されていた。

 もう一度聞きたかった 。ネットであらためて盲目のシンガーソングライターを知った。
 YouTubeで視聴することができた。

ブラインドマン

 ”幼いころ見つけた母の涙
・・・・・・・・・・
  おれは今でも覚えている
母と二人ビルの上 泣いたことを
死んでしまえば 何もかも終わりさ
とにかくあのとき 生きることを選んだ
  一度しかない人生だから 精一杯生きることを誓った”



また、今朝の話の終わりに、最近の歌「だいじょうぶ」を聞いた。

 だいじょうぶ
    ”今僕は風に吹かれ 息をしている
     なぜ僕は ここに座り悩んでいるのか
     目を止めて生きを止めたら 答えは出るのか
     確かなことはただ一つ 僕は生きている
     昨日までの自分に さよならしたくて
     ありったけの力で ぼくは叫んでみる
     だいじょうぶ だいじょうぶ
     ぼくは自分らしく生きていくから”



さぞ辛かったであろう。ご両親の思いも如何ばかりりだったか。
障害にも、精いっぱいの美しい生き方を思い、感動した。
と同時に、自分の病気の苦しみ、日々の悩みなど、取るに足りないことのように思われた。
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詩集「念ずれば花ひらく」

2010-10-28 | 文芸
アマゾンから坂村真民の詩集「念ずれば花ひらく」が届いた。
一篇一篇の詩の心を静かに見つめた。
 ほとんどが初めての詩、どれもが心に響く。
 その中の「今」「ねがい」を転記した。
 そして、「今を生きる」をあらためて胸に刻んだ。

*************************
ねがい

いつかは
その日が来る
その日のために
一切が生きているのだ
飛ぶ鳥も
咲く花も

その日は
明日かもしれない
いや
その日の
夕方かも知れない

それゆえ
その日は
つゆくさのつゆのように
うつくしくかがやきたい

********************


今を生きて咲き
今を生きて散る
花たち

今を忘れて生き
今を忘れて過ごす
人間たち

ああ
花に恥ずかし
心いたむ日々

********************
老いること

老いることが
こんなに美しいとは知らなかった
老いることは
鳥のように
天に近くなること
花のように
地に近くなること
しだれ柳のように
自然に頭のさがること
老いることが
こんなに楽しいとは知らなかった
**************************

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良寛、道元に学ぶ 本当の豊かさ

2010-10-27 | Weblog
  【色づき始めたカリン】

 父はよく良寛を語った。
もう30年も昔、父に乞われて晩秋の国上山の五合庵へ同行したことを思い出した。
以来、良寛は自分の身近な人となっていった。
  今、その頃の父の年齢になり、父の心の一端が見えるような気がしている。
  そして、あのとき父と一緒に目にした乙子神社の石碑に刻まれた「生涯懶立身 騰々任天真」の漢詩が、いつしか自分の心の支えになった。

年老いて知ることはたくさんあるが、最近、良寛が最も尊敬した道元の教えに出会った。
「学道の人は先須らく貧なるべし。財おほければ必ず其の志を失う。」と。
であれば、有り余るものを持つ現代人は、志を失い、幸せを得ることはできないのではないだろうか。
最近の世相を見るにつけ納得できることだ。
 生涯無一物を旨とし、質素な生活に耐えた良寛は、貧に徹し、志を遂げた学道の人であり、いつも私を惹きつけている


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紗英ちゃん 七五三

2010-10-25 | Weblog


 高速で妻と二人で郡山へ向かう。紗英ちゃんの七五三のお宮参りだ。
こちらの孫も、下の萌香ちゃんが7歳、一緒にお祝いも考えたが、都合で別々に。

 紗英ちゃんは9月に2歳になったばかり、でも数え三歳、早々と記念写真も撮った。
その時、いわきのご両親にお世話になりお祝いをしてくれた。

 いつものように、開成山神宮にお参りした。
少し早かったが、ちらほら正装の子供たちが参拝に訪れていた。
 紗英ちゃんは、2歳になったばかりだったが、ピンクの着物は丈もちょうどよくかわいかった。
2年前に、小さく生まれ、とても弱々しかった紗英ちゃんを思い出すと涙が出た。
 よく育ったと嬉しかった。紗英ちゃんが一番頑張ったのだ。


 
近くのレストランでみんなで食事した。
 じいちゃんは車なので、残念ながらお酒が飲めない。
 でも、思いがけずにビールを飲むことができた。
 息子がノンアルコールビールを頼んでくれた。聞いてはいたが、生まれて初めての代物だ。
 実においしかった。ビールと変わりないように思えた。
 何か体が温まり、酔いも回ってきたような錯覚に陥った。不思議なものだ。
 ささやかながら、思い出に残るお祝いの1日となった。

 萌ちゃんも、記念写真はもう撮ってしまった。今の時代、写真館での前撮りは着せ替え人形だ。
 来月、みんなでお祝いしようと計画している。
 
息子たちが、自分たちの歩んだ道をこれから歩んでいく。
孫の成長を見つめながら、母の、父の気持ちを今になってふと考えた。
 孫たちの成長を喜ぶ、父の、母の気持ちを想像した。
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お帰り! 冬の使者コハクチョウ

2010-10-23 | Weblog

 今年も、すでに冬の使者コハクチョウが各地に飛来している。
新聞報道では、猪苗代湖へは第一陣が10月5日に飛来していた。
例年より少し早いらしい。
 毎年10月半ばに、三城潟付近の田にコハクチョウと会いに行っている。

 今日はこの秋一番の快晴、穏やかな秋の一日だった。
 武琉くんは、小学校の学習発表会だ。ママは学校のお手伝い、ばーちゃんは萌香を連れて参観に行った。
じいは迷ったが、折角の天気に負けて、里山巡りを選んでしまった。

 磐梯町方面、山沿いの里山はすっかり秋が深まっていた。
 ついこの前までアカタテハが集まっていたアメリカセンダングサは、もうすっかり枯れて物悲しかった。
 林を歩くと、風もないのにドングリがポトン、ポトンと、音をたてながら次々と落ちていた。
 道端のカントウヨメナやセイタカアワダチソウにはキタテハが群がって蜜を吸っていた。
 翅の破れた痛々しいミドリヒョウモンや新鮮なヒメアカタテハも止まっていた。
 オツネントンボが目立った。
 オツネントンボは夏の終わりに羽化、そのまま寒い冬を越して来春産卵するトンボだ。
 すっかり秋も深まった。




   ヒメアカタテハ


   ホウジャク(スズメガの仲間)

 すでに刈り取りの済んだ、翁島や三城潟付近の田には、遠くからもかなりの数のコハクチョウが見えた。
 お帰り、コハクチョウ!と呼びかけた。しばらくコハクチョウに見とれてきた。



 数を数えてみた。約300羽もが長旅の疲れを休め、それぞれに田の土をついばんでいた。
 コンバインでの刈り取りで、落ち穂は全くない。田の土をついばんでいたが、
 多分濡れた藁や根を食べているのだろう。 





 コハクチョウや水鳥たちに、冬の食べ物は十分とは思えない。
 最近、鳥インフルエンザの心配から、餌やりを控えることになり、やはり不足しているのではないかと心配している。
 自然のままにと言うのが基本だろうが、自然そのものも人間が変化させてしまった。
 3羽、5羽と青空に舞い、田を移動していた。
 雄大な磐梯のふもとを旋回して、猪苗代湖へ移動していく。
 上空を、青い空を、真っ白な美しいコハクチョウが飛んでいく。何と美しいことか。





 田では、羽ばたきをし、カーウ、カーウと鳴き合っている。一体、何を話しているのだろうか。
 それにしても純粋無垢なコハクチョウが愛おしくてならない。

早春3月に、北の地を目指したコハクチョウたちが、数千キロ離れた猪苗代に戻ってきてくれた。
 猪苗代湖へは、毎年約3000羽のコハクチョウが訪れるが、オオハクチョウは数十羽だそうだ。
 他の水鳥は、オナガガモを中心に、マガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモなど、冬の一番の楽しみだ。
 これから約半年、また沢山の水鳥たちと楽しい付き合いができると思うと嬉しく、ありがたい気持ちでいっぱいだ。
 ときどき雪の湖畔を訪ねたいと思っている。少しのパンぐずを持って。


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朝ドラ 「てっぱん」

2010-10-21 | Weblog
10月から新しくなった朝ドラ「てっぱん」を見ている。
初めは熱心ではなかったが、最近は毎日楽しみに観ている。
 番組も第4週に入ったが、先週も、今週も、毎回切ない場面に涙がこみ上げている。
  ・祖母の初音の経営する下宿に ・偶然に開かずの間をあけてしまった。
  ・おばあちゃんを心配して病院へ ・迎えに来た両親と尾道へ帰る決心
  ・追いかけてきた初音・・・と。
 それぞれの登場人物の心の動きが痛いほどよくわかる。

ネットで番組のHPを見た。
 あらすじには「“食”と“家族”、“地域”と“音楽”をテーマに、鉄板の上で繰り広げられる泣き笑いの物語」とあった。
また、番組のプロヂューサーは『「てっぱん」は、全く違う文化、価値観で生きてきた孫と祖母が、ひとつの家族になっていく物語。』
ヂィレクターは、『生き生きとした物語は、きっとさまざまな人々の家族への思いに届くと信じています。』と語る。
 これから毎日、楽しみに観ていきたい。


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嬉しい出来事

2010-10-19 | 日々の生活
【ジャコウアゲハの終齢幼虫】

 ① 今朝、はじけたサンショの木に絡みつき伸びているウマノスズクサに、ジャコウアゲハの幼虫を見つけた。
驚きだった。嬉しかった。
真っ赤に実り、やがて、はじけて宝石のように光る真っ黒をみつめ、しばしば写真に撮っていたのに、幼虫には全く気付かずにいた。
 思えばこの夏、かつて庭では見たことがなかったジャコウアゲハを撮影していた。
その時は♂だったが、いつか♀が訪れ、ウマノスズクサに産卵してくれないかと、淡い願いを抱いたことがあった。
 思わぬ願いがかない、さらにいないかとくまなく探したが、一頭だけのようだ。
やがて蛹化し、冬を越して我が家から飛び立っていく姿を思うと、これ以上嬉しいことはない。
 
② 宅急便で、いわきからサンマが届いた。


 
一時、猛暑の影響でサンマが記録的な不漁と伝えられていたが、もう回復したのだろうか。
大きな新鮮なサンマだ。夕飯は塩焼きにしていただいた。
 新鮮なので、刺し身におろした。脂が乗りおい知った。特に美味しく、お酒も進んだ。

単身でいわきにいたころ、職場で地元の人に教わり造った。
思えば、20年前、若松のスーパーではさんまの刺し身はお目にかからなかった。
その頃は、いわき名産の「目光り」も店にはなかったと思う。
植田駅前の一杯飲み屋で、よく目光りの空揚げを頼んで飲んだことを思い出した。

 息子、娘に帰りに立ち寄れと連絡した。刺し身と、塩焼きを持って行かせた。
良いことがあったので、あらためて新聞の今日の運勢欄を見てしまった。

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喜多方・平出竹材店を訪う

2010-10-17 | Weblog
 
 数日前、武琉くんは午前中授業、お昼は喜多方へラーメンを食べに行った。
嫁いだ娘もお休みで、ラーメン大好きの武琉との前日からの約束だった。
ときどき行く「陽華楼」さんは、閉まっていた。
「都合でお休み、午後5時から営業します」と貼り紙、がっかりした。
 でも、かつて喜多方への通勤7年、その間に何十軒もラーメン店を回った。
喜多方のラーメンはどこのお店もおいしいが、喜多方のラーメン発祥の店「源来軒」へ行くことにした。
駐車場は平日なのに他県ナンバーの車ばかりだった。
チャーシュウがいまいちだが、おいしくて一気にたいらげた。武琉くん、何時も一人前では足りない。




 帰路、手ぶらだったが、通りかかった図書館近くの「平出竹材店」に髭のご主人を訪ねた。
平出さんには、娘の婚礼の際には大変お世話になった。これからもお世話になる方だ。
やはり、観光客が立ち寄るようで、来訪簿があり我々も書かせていただいた。
 いただいたユニークな名刺には、ウメ・茶のイラストがデザインされていた。
 店先でみなさんウメ・茶をふるまわれ、楽しいお話に花が咲くのだろう。
 嫁いだ娘、妻と一緒に、竹串で梅干しや甘く煮たイチジクをお茶うけに、おいしいお茶をいただいた。
 心に残るお話をいっぱいお聞きすることができた。




磐梯山のスケッチ(コスモス)を差し上げた。
 店にはいろいろな絵や書や置物が所狭しと飾られていて、その間に、先日差し上げたスケッチ『春の磐梯(湯川から)』も飾られていた。



 店の中央の柱に、坂村真民氏の写真が目についた。平出さんは真民氏の生き方を信奉しておられた。
 帰りに、売り物の素晴らしい竹椅子をいただいた。また、懐かしい竹馬も。
 恐縮しながら、いただいてきてしまった。大事に使おうと思う。
いろいろな竹製品に囲まれて、店内はとても落ち着いた風情だった。
初めてゆっくりお話ができ、立派なお人柄に心が和んだ。
 またお訪ねしようと思っている。



その後、武琉は、萌香と一緒に初めての竹馬に挑戦している。なかなか難しいようだ。
じいは昔取ったきねづか、上手に乗るところを見せ、指導している。
いつ乗ったものだろう思いだせないが、懐かしかった。

 いただいた竹椅子と竹馬



 けさ、平出さんに礼状を書いた。
 私の真民とのかかわりを思いだした、以前のブログをコピーした。(「詩人・坂村真民を知る」 2007-05-11)
 合わせて、ときどきネットから編集していた坂村真民氏の詩も印刷し同封した。 


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深まりゆく秋 マダラナニワトンボに会いに行く

2010-10-13 | Weblog
 

朝から庭にでる。梯子をかけて伸びた木々の剪定をした。
 数年放っておいて、かなり鬱蒼としてきた。
 黄色くなり始めたカリンの枝に、フジやヤマイモのツタが梢まで伸びていた。
 ケヤキやクワ、サクラやヒバ等、剪定バサミで陽が陰る枝を払った。
 ついでに、庭のいらない草も取った。西側の土手に夏の間に挿し芽で殖やしたアジサイを植えた。
 昨日まで香っていたキンモクセイの花も終わり、赤や黄色のキクが咲き始めている。
 
 朝方の霧も晴れ、磐梯山もきれいに見えた。久しぶりに里山に出かけた。
 ゆっくりトンボやチョウを写したかった。
 夏の間アマゴイルリトンボを観察した林道はすっかり秋も深まっていた。
 野菊にはキタテハ、キチョウが柔らかい日差しのもと吸蜜に訪れていた。

 【キタテハ】


 【トノサマバッタ】


 いつもの池では、オオルリボシヤンマが産卵を繰り返していたが、トンボ類はめっきり姿を消していた。
 9月初めに現れたマダラナニワトンボも、定刻だったがペアは見られず、数頭が池の畔の石に止まって日向ぼっこをしていた。
 静かに近づき、定規を当てて体長を測った。
 初めは近ずくと逃げていたが、日が陰ると横に定規を置いて写真をとることができた。
 キトンボやアキアカネではとてもできないが、近づいても逃げずに撮らせてくれた。
 体長は3.5cm、翅を開いた横幅はちょうど5cmあった。



 オツネントンボを数頭見たが、以前この時期に大量にいたアオイトトンボがほとんど見られないのが寂しかった。なぜだろうか。
 翅の傷んだウラギンキョウモンがスミレに産卵に舞い降りた。
 
【オツネントンボ】


  【マユタテアカネ】
 

 愛おしい野鳥たちにも出会った。
 さえずりに見上げると、近くの木にお腹のオレンジ色が美しいヤマガラが飛んできた。
 また、冬鳥のカシラダカにも会えた。

 【カシラダカ】


静かな山の池は、すっかり秋に包まれ、ほどなく訪れる寒い季節を思わせた。 
 
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 南ヶ丘牧場、天鏡台に遊ぶ

2010-10-11 | 日々の生活
   【天鏡台から猪苗代湖を望む】

この時期、例年より雨が多いと思うが、どうだろうか。
 昨日は雨の予報が外れて、半日いい陽がさした。でも、今日の予報は当たり、終日曇り空で、肌寒かった。
 天気はパッとしなかったが、3連休の1日くらいと、孫たちと磐梯町の南ヶ丘牧場に行った。
ウサギやヤギ,ヒツジと遊んできた。いずれも良くなれていて、餌をねだってまとわりついていた。





 牧場の周りの遊歩道を歩いた。 身体を動かし、運動しなければと思った。
実は1週間前のダウンで、丸一日寝転がっていたせいで腰を痛めた。
何日も湿布を貼り、だいぶ良くはなったが、まだ腰が曲がっているのだ。また、今日は体育の日でもある。

 お昼は、昭和の森で、猪苗代湖の雄大な眺めを楽しんだ。
色づき始めた小ぶりのブナ?の木の下に陣取り、ママとばーちゃんの作ってくれたおにぎりをほおばった。



 下界の猪苗代の街にはいい陽が当っていたが、山麓は一向に晴れず、暗い雲が覆っていた。
キャッチボールやフリスビーで遊んだ。美しいマツ林を散策すると、テングダケがにょきにょき生えていた。


テングダケ

 子供が小さい頃にはよくきた高台だ。今孫たちと同じ場所に遊んで、変わらず麗しい湖水が静かに広がっていた。

20年前のエッセイ 
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秋の自然の中 人生振り返る 1998.10

 しばし大自然にいやされるべく、猪苗代高原の秋を散策した。
眼下に黄金の海原がまぶしく、流れる真白な雲にアキアカネが緩やかに横切った。
子供達が小さい頃によく訪れた、湖水を望む高台に妻と二人で立った。
野に咲く一輪の花や木々の風のそよぎに、過ぎ去りし二十数年の時の流れが巡った。

 従然草に「一生は雑事の小節にさへられて空しく暮れなん」とある。
くさむらに鳴くかすかな虫の音を聞きながら、ふと自分が間違った生き方をしてきたような空しさを感じた。
 有り余るほどの豊かなものに囲まれた生活の中で時折感じる空しさは何か、そしてそれを埋める心の充実感はどう得られるのであろう。

 美しい眺めや森林浴に心が落ち着き、秋を楽しむことができた。
同時に秋はセンチメンタルな季節、はからずも人生の秋に来し方を振り返り充実した生を考えた。
人生はそうした生き方を探す旅なのであろう。
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いも煮会

2010-10-08 | Weblog
 昨日の夜遅くに、ママは武琉くんの割り当ての里芋の皮をむいていた。
 今日は 武琉くんの小学校の全校いも煮会があった。

時間を見計らって、カメラを提げ自転車で出かけた。
 さわやかな風が吹いて、気持ちよい秋の天気に恵まれた。

 途中、我が家の隣の高校は運動会だった。朝から、スピーカーの声がにぎやかに風に流れていた。
 グランドに立ち寄ってしばらく様子を見た。
 若いことは素晴らしい。はるか昔の運動会が、つい昨日のように思い出された。



 小学校に着くと、ちょうど全校児童が校舎からグランドに出始めたところだった。
 班ごとの活動までには時間があったので、近くの蚕養神社に行ってみた。

蚕養国神社



 
「こがいさま」は、勤めていたころは何十年も、ほとんど毎日その横を通過していたが、しばらくぶりに参拝し、新しい発見があった。
  拝殿の軒先にはいくつもの古い奉納額がかけられ、蚕の繭でデザインされたものもあった。
やはり養蚕の盛んだった伊達地方の昔の養蚕関係の組合や会社のものが多かった。
 正面には金色文字で 「神威赫赫」とかかれた額がかかっていた。
(辞書には、【赫赫(かっかく)・・・・光り輝くさま、勢い盛んなさま。】)
 境内には何年も気づかなかった大きな石碑もあり、神楽殿も立派だった。貼り紙には、来年は鎮座1200年とあった。
 中央の御神木の峰張桜は、解説板では、寛弘七年(1010)に植えられたらしい。
 小学生4人のグループがおみくじを引いて騒いでいた。郡山からの社会科見学の自主行動のようだった。

 最近新しくなった社務所のわきに、小さな石碑を見つけた。前福島県知事の松平勇雄氏の書で「恩は石にきざみ 恨みは水にながせ」と刻まれていた。



静かな林の中の空間に、こころ落ち着くひとときをもてた。

 小学校へ戻ると、すでにグランドいっぱいにいも煮会風景が広がっていた。





 グループごとに、まだわきを割っているグループもあるが、すでに煮えて、お椀によそっているグループもあった。
かまどを囲むように敷物に座って楽しそうだった。
 孫から聞いていたが、いも煮のグループは縦割りだそうだ。
清掃活動もこの縦割りでやっていることを聞いていたが、同学年だけでなく、こうした学年の枠を超えた縦のつながりは大事だ。
上級生が中心に、それぞれに役割分担をしているのだろう。微笑ましい素晴らしい活動だと思った。
 普段、火を扱うことは少なく、煙を吸ったこともない子どももいるだろう。
 いも煮会は、子供たちにはいろいろな貴重な体験場面にちがいない。
 生き生きした活動を微笑ましく思いながら帰路に就いた。


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赤ソバ山あいを染める

2010-10-07 | Weblog

朝刊に「赤ソバ山あいを染める」と題して、会津美里町尾岐地区の赤ソバの写真が載っていた。
天気もいいので、赤ソバを見に行こうと即決、妻と高田方面へ車を走らせた。

 久しぶりの伊佐須美神社に参拝した。
菅原神社で孫たちの豊かな学びを、そして撫で牛を撫で、健康をお願いした。



 秋の只中を昭和方面に向かうと、そばどころの案内板が目に入った。
途中の街道にはコスモスがきれいに揺れている。ほどなく小山地区の蕎麦屋「鶴好」に着いた。
田舎の食堂と言った感じ、ガラス戸に暖簾がかかっていた。
 入口の土間に小さなテーブル、靴を脱いで奥の座敷に。部屋が5つ、6ついずれも
民家の生活の匂いのする部屋だ。
壁のあちこちに絵や写真額が飾られていた。
そこに、郡山の墨彩画家・橋本広喜氏の伊佐須美神社を描いた墨絵がかけられていた。



ざるそばとてんぷらを注文、私は大盛りにした。
器は瀬戸物の丼に盛られて出てきた。付け汁はあっさりして素朴な感じた。
揚げたてのてんぷら1人前は大盛りでおいしかった。ナス、サツマイモ、ササギ、シシトウ、葉物は何だろうか。
静かな山あいの素朴な味を楽しんだ。



 店の裏道を進むと、赤ソバの畑が見えた。早速写真に収めた。
赤い花の間に、白いソバの花も咲いていた、もう黒い実がはじけているものもあった。


 途中、右へ行くと東尾岐と案内表示があった。
 一度だけ、30年も前に来たことがあった。A君の家に家庭訪問したことがあった。思い出に残る生徒だった。
彼はどうしているだろうか、PTA会合には必ず参加してくれたお母さんは健在だろうか。懐かしさに、胸が躍った。
途中おあつらえ向きに東尾岐地区の案内板が立っていた。
同じ名字のお宅が何件もある中で、多分お父さんだろう、生徒の名前の一字が同じお宅を訪ねた。
大当たり、お母さんがおられた。懐かしかった。
歳をとられたが、あのころの鮮明なお話を聞くことができた。
彼も、元気で過ごしていることを聞いた。近いうちに会ってみたいと思っている。

 一回限りの人生。生徒たちはそうは思わないだろうが、かつてふれあった生徒たちは私の宝だと思っている。
いつも一過性の触れ合いで終わる人生はさびしい。別れて30年、それぞれにそれぞれの30年があった。
今振り返る時の流れを切なく思い返している。
 秋は、感傷的な季節だ。




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庭のキノコ

2010-10-06 | 自然観察
 今年は酷暑で心配されたが、このところの雨で豊作と言うことになったらしい。
我が家の庭にもいろいろ生えている。
ずいぶん長い間楽しんだオオイチョウダケは周りの木々がこんもりしてきて、最近は生えなくなった。
 先日、何年か前に切り倒したケヤキの切り口の辺りにキノコの塊を見つけた。
 色があまりに黄色かったので、毒キノコのニガクリタケか?と思った。

危ないキノコ 10/1


危ないキノコ10/3


危ないキノコ10/5



 昨日のニュースで、クリタケに誤ってニガクリタケが売られたというニュースがあった。 
自分の知るクリタケは軸が細く、傘も小さいような気がする。
我が家のこのキノコはクリタケより立派でおいしそうだ。でも、分からないことはさびしい。
あきらめることにしている。
ニュースでは「キノコは発生したときの温度、湿度の状況によって、色や形が変わる」とあった。

 数日前に、弱ってきたサクランボ(ナポレオン)の木を3m位のところで切った。
毎年、春にはきれいな白い花をつけわずかな実をつけてきたが、夏の暑さのためか、最近かなり葉を落としていたし、
枝が少し邪魔だった。
 今日、そのサクランボの木に、サルノコシカケみたいなのがついているのを発見、早速脚立で上った。
間違いなく見事なヒラタケだった。
 これは大丈夫だ。もう少し大きくなったら、バター炒めにでもして御馳走になろうと思っている。

おいしそうなヒラタケ




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庭に秋を見る

2010-10-04 | Weblog

キンモクセイの甘い香りが庭中に漂っている。
この季節になると、キンモクセイは本当に2度咲くのか、観察したことを思い出す。
 何年か観察した結果、9月末に先ず1番花が咲きだし、約1,2週遅れて本格的な2番花が咲くことが分かった。
豪華な2番花が咲きだすころには、色が濃くなった一番花が色あせ散りはじめる。

一番花 9/25


2番花 10/4


 日に日に秋が深まる庭に、小さな命を見つめている。
ファインダーに見つめる虫たち、草花が愛おしくてならない。
 あちこちにカマキリが見つかる。陽だまりで、少し動きが鈍くなったカマキリのおしりが膨らんでいた。
 相変わらず、ヤマトシジミが足元を乱舞している。
 シオンにはイチモンジセセリがよく似合うが、今日は珍しくアカタテハやミドリヒョウモンが集まっていた。



モンシロチョウ


ヤマトシジミ


ヤマトシジミ♀


ベニシジミ


ハゼやツタの盆栽が真っ赤に色づいた。


 夏の間、大きな花を咲かせ続けたひまわりを抜いた。
 こぼれた種から育ったサルビアが真っ赤な花をつけた。そこここに、秋の訪れだ。

 何年も前に切ったケヤキの幹に、鮮やかな黄色いキノコが顔を出していた。
どうもニガクリタケのようだ。

ニガクリタケ?


 ラジオのニュースで、新潟の票湖にコハクチョウが飛来したと伝えていた。
例年より1週間早いというが、そんな季節なのだ。また、翁島の田んぼにコハクチョウに会いに行きたいと思っている。

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