取手・医科歯科通信 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

もう一つの人生を経験すること

2018年08月03日 12時51分23秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力
文学には人々を思考停止に陥らないようにする役割がある-作家・中島敦

読書、なかんずく小説を読むよろこびは、もう一つの人生を経験することである-作家・山本周五郎

読書によって「現実の生活では得られない情緒や感動」が得られる。

自分を磨き高める本を選び、真摯に向き合ってこそ、精神の実りは豊かになる。
コメント

王仁(わに)博士記念 東京上野公園に顕彰碑

2018年08月03日 11時08分50秒 | 社会・文化・政治
上野公園の清水観音堂の裏手に立つ、この二つの石碑は、5世紀初、日本に『論語』『千字文』を伝えたという百済人・王仁を記念して建てられた「王仁博士記念碑」と、その由来を記した副碑である。

日韓には約2000年もの交流の歴史がある。

 本碑の建立経緯は次のとおりである。

 昭和11年(1936)、趙洛奎という朝鮮人が、四宮憲章(国文学者・皇明会長)のもとを訪ねた。
趙は、王仁の事蹟を聞き、彼を顕彰するための碑を建てたいとして、その自作の碑文を示し、四宮に添削を請うたのである。

 四宮はこれを受け、建碑のための後援会を組織し、井上哲次郎・中山久四郎を主唱者に立てて寄付金を募った。
この結果、協賛者として、近衛文麿・徳富蘇峰・林銑十郎・頭山満ら、特別賛助者として、水野錬太郎・鈴木貫太郎・宇野哲人・白鳥庫吉・韓相龍といった錚々たる顔ぶれが集まることになり、昌徳宮(李垠)から下賜金も交付された。
また、同碑は、かつて弘文院や孔子堂などの儒学関連の建造物があったという由緒をもつ、上野公園の桜ヶ丘に建てられることが決まった。

 その後、博士王仁碑は無事建立され、昭和15年(1940)4月にはその除幕式が挙行された。
各大臣、朝鮮総督、東京府知事、東京市庁が祝詞を送り、来賓祝辞として荒木貞夫や林銑十郎が挨拶を行うなど、除幕式は官主導で大々的に行われた。

 同碑は、将来的に、王仁の生誕地と見なされた扶余(朝鮮)や、伝王仁墓(大阪)にも建てられる予定であったが、戦局の悪化により、計画が頓挫してしまったようである。
〔以上、先賢王仁建碑講演会編『紀元二千六百年記念 博士王仁碑』、1940年を参考〕----------------------------------
王仁(わに、生没年不詳)は、辰孫王と共に百済から日本に渡来し、千字文と論語を伝えたとされる記紀等に記述される伝承上の人物である[1]。『日本書紀』では王仁、『古事記』では和邇吉師(わにきし)と表記されている。伝承では、百済に渡来した中国人であるとされ、この場合姓である王氏から楽浪郡の王氏とする見解がある。
韓国や在日韓国人社会においても、王仁は日本の文化を育み、発展に大きく貢献した人物として扱われ、日韓両国で王仁に関する催し物が開かれている。
王仁が伝えたとされる千字文が、王仁の時代には成立していないことなど史料解釈上実在を疑問視する説も多数存在する。
王仁に関しての記述が存在する史書は『古事記』『日本書紀』『続日本紀』などである。それぞれの記述は以下のようになっている。 日本書紀
王仁に関するもっとも詳細な記述は日本書紀のものであり、百済からの使者阿直岐(あちき)を介して、来朝したという。
古事記
天皇はまた百済国に「もし賢人がいるのであれば、献上せよ」と仰せになった。それで、その命を受けて〔百済が〕献上した人の名は和邇吉師(わにきし)という。『論語』十巻と『千字文』一巻、合わせて十一巻を、この人に附けて献上した。〔この和邇吉師が、文首(ふみのおびと)の始祖である〕
王仁は高句麗に滅ぼされた楽浪郡出身の中国人系の学者とされ、百済に渡来した中国人の家系に連なり、漢高帝の末裔であるとされる。
313年に高句麗が楽浪郡を滅ぼすと王氏は百済に亡命した。
日本が369年に新羅を征討すると、百済が日本へ政治的保護を求めた際に文化を日本に輸出し、こうした背景のなか王仁も訪日したともいわれる。

コメント

歴史から教訓を得る民族は興隆する

2018年08月03日 10時43分52秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力
国家の興隆も、その国の青年を見ればわかるともいわれます。
大切なことは、次代を担う青年の<心>が何を望んでいるからです。
李壽成韓国元首相(ソウル大学教授・学部長・総長を経て、金大中政権下で国務総理・首相に就任)
李さんの父親は日本に留学、東京帝国大学を出て弁護士となる。
歴史に学び、お互いの一致点を見出す。
そして共に手を携え、何があったも前を向いて歩み続ける。

「人は誰しも歴史を避けることはできない。しかし、歴史から教訓を得る民族は興隆するであろう」
歴史家のA・トインビー博士
コメント

自己責任論の悪循環

2018年08月03日 06時37分27秒 | 沼田利根の言いたい放題
性的少数者(LGBT)は「生産性がない」とあからさまに否定した自民党の杉田水脈衆議院議員。
「間違ったこと言ってないんだから、胸張っていればいい」
「そのままでいいからね」と大臣クラスの方々をはじめ、先輩方から声をかけてくださる。
自民党の懐の深さを感じます=7月23日の杉田議員のツイッター(その後削除)
(杉田さん擁立は)安倍さんが「杉田さんはすばらし」と言い、萩生田さん(光一自民党幹事長代行)が一生懸命にお誘いした=昨年9月29日のネット番組「言論テレビ」でジャーナリストの桜井よしこさんが語った。
杉田さんについて「家父長的な家族観に強いこだわりを持つ右派団体「日本会議」に近い人物だ。今回の発言は個人の発想というより日本会議の発想に連なるものだろう」政治学者の中島岳志東京工業大学教授が指摘。
「日本会議のイデオロギーに近い安倍首相が杉田氏を選んで立候補させたということを忘れてはならない。安倍氏も同じ発想を持っている可能性がある」と中島さんは話す。
「僕らの社会は彼らも救いながら自己責任論の悪循環を避けていかなければならない」と中島さんは強調。

人間は「生産性がない」「不要だ」と切り捨てきた者に自身も含まれていく可能性を否定できない。
交通事故で障害者にもなりえる。
糖尿病で失明もするだろう。
脳梗塞や認知症、精神疾患にもなりえる。
寝たきりにも。
「不要なもの」と自身が切り捨て者の中に、いつしか自分も含まれていくことは避け難い。
人の気持ちを傷つけ平然としていた自分がしっぺ返しを受けることに。
コメント

正論が通じる相手ではない

2018年08月03日 05時57分53秒 | 社会・文化・政治
現在の日本の為政者には緊急事態の時国民の生命・財産を保護する義務と責任があるという意識は感じられない。
現政権は災害対応で後手に回る。
一方、いわゆる「カジノ法」の成立に執念を見せた。
戦後日本の対米従属構造は戦前の「国体」の後継者である、と私は見る。
政権の真の正統性根拠とは米国の許可であるとみることで、これらの行動を理解できる。
要するにカジノ法は「トランプ案件」だったのである。
こうした意識の人々が最高の権限を握っているのが現在の日本の行政機構である。
つまり、日本の議会制民主主義だけでなく行政もまた臨終を迎えたと言うべきだろう。
正論が通じる相手ではないことをメディアは自覚すべきだ。
道徳的言語ではなく、経験の本質をもっと鋭く暴露する事実と論理が求められる。
京都精華大学専任講師・白井聡さん
コメント

輪子の競輪日記

2018年08月03日 05時19分15秒 | 未来予測研究会の掲示板
日々の目標を明確に。
今日の課題に新戦力を。
着実な<一歩>が勝利の力に。

輪子が知人となった我孫子から来ている大内次郎の出目論のウンチクに関心したやら、多少の戸惑いもあった。
「9レースは、5-2で固いでしょ?」
「どうかな?競輪に絶対はない。競輪50年の経験だ」
「50年ですか?」
「ああ、大損もしたからね」
「大きな失敗ですね」
「失ったのは家1軒分だね。もっとかな」と笑う。
「それで、出目作戦になったのね」
「言わば、出目は補完、保険とも言えるかな」

競輪 出目作戦の実際は以下。

松戸開設68周年記念
7レース
2車単3-9 220円(1番人気)
3連単3-9-6 2130円(7番人気)
出目作戦の基本:下がり目を追う。
つまり次のレースは3-9→2-9(下がり目)
ダメなら、次のレースも3-9の下がり目2-9を買う。
的中するまで、追い掛ける作戦。
9レース 
本命5-2-7ライン
対抗は6-1-9
8-3-4
5-2-7
6-1-9
の3分線だった。
でも、5番選手は1番選手に外に張られ、まさかの落車
5番選手を目標にしていた2番選手は一気に先頭を奪う。
結果は以下
2車単2-9 1万8230円(32人気)
3連単2-9-8 35万80円(275人気)
「競輪に絶対はないだろう。ほら的中だ」と35万円の的中車券を輪子に見る。
「待っていろ。1万円あげるからね」と大内次郎は払い戻しに向かう。
出目作戦でなければ、思いもつかない車券。
常識では、とてもじゃないが買えない。
買えるとしたら、本命5-2の時に、対抗の2番を軸にする。
それを阻むのは、5番は絶対、軸から外せないという期待や思い込み、経験値。
コメント