アルバイトのバトンタッチ

2018年08月23日 23時23分01秒 | 創作欄
仕事で地方へ主張する機会が多かった。
大阪へはある時期、毎月のように行く。
医薬品現金卸の市場調査のためであった。
もう、友人の奈良岡仁も亡くなっているので時効、そのまま記す。
この仕事は、奈良岡がはじめは引き受け、その後、当方がバトンタッチした。
「大阪まで、毎月行くのは大変だろう」と東京の医薬現金卸のトップが言う。
「新幹線代もかかります」
「そうだろう。わたしが大阪の卸仲間にデータを送ってもらうようにしてやるよ」と思わぬ方向となる。
調査の依頼主からは年間、100万円の調査費をいただいていた。
依頼主も今は亡くなっているので、記すが元大手新聞記者で、出版業者であり、中央競馬の馬主でもった。
日本薬業新聞社は、大阪が本社なので支社の人間が大阪の平野町界隈をウロチョロしていたら、まずかったのだ。
本社の誰かと出会ったら、「お前、大阪で何をしておるんや?」ととがめれるのは目に見えていた。
実は全国自治体病院協議会の傘下病院は、正規の医薬品の販売ルートの他、東京の神田や大阪平野町の現金卸の販売ルートからも医薬品を納入していた。
当然、医薬品製造メーカーは「闇の販売ルート」に目を光らせていた。
医薬品の販売価格が値崩れすれば、2年に1回の薬価調査にも影響を及ぼす。
医薬品製造メーカーにとって、売上げに影響を及ぼす億円単位の問題でもある。
ある大手メーカーが奈良岡に接触してきた。
「当社の売れ筋の医薬品の現金卸価格を、何とか高くしてもらえないでしょうか。これはわが社の上層部の意向なのです」
確かに、一部上場企業として当然の申し入れであった。
調査の依頼主からは年間、120万円の調査費をいただいている。
「依頼主を裏切るのは、どうだろか?」と当方は腰が引けた。
「一度、相手先に会ってから、決論を出せばいいのでは」と奈良岡は言う。
彼からバトンタッチした調査であったので、奈良岡の顔も立てて、銀座のクラブで会うこととなる。
27歳の当方が初めて、銀座の高給クラブに接待されたのだ。
相手は、大阪の本社からやってきた常務取締役と営業本部長であった。
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立山町に暮してみませんか?

2018年08月23日 21時26分44秒 | 社会・文化・政治・経済
いつかは達成するという歩き方ではダメだ―ゲーテ
目標を明確にし日々挑戦を。

幸福は人に伝わる。

富山県の船橋村日本一番面積の小さい自治体
立山町は自然の宝庫
北アルプスを望み、四季折々に美しい自然を楽しめます。
立山町に暮してみませんか?
アルペンルートの玄関口
いくつもの峰が折り重なるようにそびえる立山連峰
立山町は、富山県中新川郡に所属する町である。特別豪雪地帯。
立山連峰(立山、別山、剱岳など)、後立山連峰(鹿島槍ヶ岳など)
河川: 常願寺川、称名川、白岩川、黒部川
湖沼: 黒部湖


上市町は、富山県中新川郡の町。
富山県東部の山寄りに位置する。
古来より立山修験の裏参道に通ずる場所として知られる。

新川平野の中央に位置し、富山市の東約15kmにあって、東西26.1km、南北16.1kmの東南に長く延びた長方形をなす。
面積は富山県第5位。
地形は東高西低で、町域の大半は山地が占める。東南部は標高2999メートルの剱岳を主峰として、大日岳、猫又山等の北アルプス・立山連峰の山々が連なる山岳地帯で、早月川、上市川の水源を擁する。
中央部は早月川、上市川、郷川、大岩川が流れる山地で、河川に沿って集落が点在する。森林セラピー基地に認定されている。
上市川の2つのダム、上市川ダム、上市川第二ダムがある。北西部は上市川、郷川、白岩川、大岩川が流れる平野で、新川平野の一部を形成している。
人口は北西部に集中する。

冬季は雪が非常に多く、「特別豪雪地帯」に指定されている。

山:剱岳、剣御前、大日岳(大日連峰‐奥大日岳・中大日岳・大日岳・早乙女岳・前大日岳)、池平山、猫又山
河川:上市川、郷川、白岩川、大岩川、早月川
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輪子の競輪日記

2018年08月23日 07時34分23秒 | 創作欄
輪子は、競輪好きだった父親の本棚にあった阿佐田哲也の「ジャンブル人生論」を読んだことがある。
「地方の競輪場で東京の知人に出会うと相擁したいような気持になる」と記されていた。
取手競輪場でしばらく姿を見かけなくなっていた玉恵さんと、何と新潟の弥彦競輪場で偶然、出会ったのである。
「玉恵さんなぜ、新潟へ?」と輪子は驚いて聞く。
「母が新潟生まれで、母の墓へ行ってきたの」
玉恵の母親の博子は、取手市内で当時、一番と言ってよいほどの人気のスナック「セブン」のママであった。
それなのに、「セブン」は突然、閉店された。
「どうしたん」
「何があったんだ」
常連客たちは疑心暗鬼となった。
セブンがあったビルには4店のスナックがあったが、次々に閉店していく。
最後に閉店したのが「セブン」だった。
色々と憶測を呼んだが、真相は分かっていない。
新潟県内の実家に戻った「セブン」のママ洋子は、新潟市内にスナック「エイト」を開店した。
これは20年以上前のことだ。
玉恵は母親と離婚した父親と取手で生活を共にしていた。
「母のことは、良く知らなうけど。父も何も話さないの」玉恵は寂しげな表情を浮かべた。
「輪子さんは、なぜ、新潟へ?」
「難病看護学会学術集会」が新潟で開かれていたので、ついでに競輪。
でも、輪子はそれがはばかれて、「夏季休暇で来たの」とウソをつく。
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