とねり日記

とりことや舎人(とねり)の
どげんかせんとの日々

どげんかせんと大将(上)

2012年07月31日 | 田んぼ・野良仕事
正直に言うと、私は田舎のなまけ者になりたかった。というか、いまでもなりたい。
まんが日本昔話の「三年寝太郎」じゃあないけど、ぺんぺん草を生やしたわらぶき屋根の下で、降る雨をぼーっと見ながら一日中ゴロゴロ寝て暮らす。ああそれが私の理想。

田舎で暮らしたら、週のうち半分はそんな暮らしができるのではないかと、なんとなく考えていた。が、毎日毎日僕らは太陽の~下で焼かれていやになっちゃうよ~♪

田舎でなまけ者を貫くのは並大抵のことではない。自然は待ってくれない。今やっておくべきことを怠っているとすぐに何倍ものツケになって我が身に返ってくる。山里で百姓をしていると、そういうことを骨身にしみて理解するようになる。

雪が降る前に庇(ひさし)の補修をしておかないと雪の重みで屋根がどうなるか、梅雨の前に横の小沢を浚渫しておかないと大雨の時どうなるか、わらぶき屋根にぺんぺん草を生やしていたら家全体がどうなっていくのか、田んぼのヒエが芽を出さないうちに、あるいは出ても小さいうちに対策を取っておかないとどうなるか…、考えただけで身震いがして、重たい腰をあげざるを得なくなるのだ。

さて、家主のナガちゃん(80歳、生涯現役)は、この界隈の田んぼの田植え、稲刈り、肥料ふりなどの業務を手広く受託している。ナガちゃんに委託料を払うよりスーパーで米を買った方がよっぽど安上がりなのだが(野菜にしても同じ)、皆できうる限り自分の田んぼを青々とさせておきたいと思うようだ(前々々回のブログ参照)。実は、つい先日も、うちの隣の田のミネさんが78歳で亡くなったが、今春、すでに闘病1年になっていたミネさんは、田起こしまでして稲作への意志を示したものの、家族に必死で止められて田植えを断念したほどだ。ちなみにわれわれが20戸足らずのこの集落にやってきて11年になるが、その間に7人が天寿を全うして亡くなられた。

閑話休題。

ナガちゃんに田植えと稲刈りを委託している一人に隣の集落の一番奥に住むカタやんがいる。カタやんにまつわる逸話は事欠かないが、まあ要するに私が理想とする困難な生き方を貫いている人だ。家を訪ねていって「カタやんおるか」と声をかけても返事がない。「入るで」と言って玄関をあけて中へ入っていき、「開けるで」と言って土間の奥の戸をガラッと開けると、カタやんがこっちを向いて「何か用か」と返事をするといった感じらしい。

そのカタやんが去年から体調を崩し、田んぼをヒエまみれにした。毎年ヒエまみれにしているが、去年は特にひどかったようだ。除草剤をマニュアルどおりに撒けばよいのだが、水管理が不適切だったり、ズボラをしたため、刈り取りの時期には稲穂よりも高くびっしりとヒエが生えた(除草剤も上手に撒かないと効かないのです)。コンバインのセンサーはヒエを稲と勘違いし、稲穂は藁と一緒にはき出してしまう。無理して刈り取ってもコンバインのなかに大量のヒエが紛れ込み、他の受託先に迷惑をかける。そのままにして立ち枯れさせるわけにもいかず、ナガちゃんは草刈り機でヒエと稲を一緒くたに「チャーン」(草刈り機の音)と刈り倒した。

この一件は区の寄り合いなどでは笑い話になったのだが、ナガちゃんにすれば立派に育った稲を一粒も収穫できなかったことが悔しくてならなかった。

それで今年は、「もうやめとけ、田んぼは誰かにやってもらえ」と忠告したのだが、「ちゃんと管理するから」と言うので、田植えを請け負った。だが、カタやんは6月に入って入院。除草剤も撒いたもののやはり効かず、結局去年以上のヒエまみれになってしまった。

稲よりも高くびっしりと生えたヒエを見てナガちゃんは考えた。去年のような思いをするのはもういやだ。どげんかせんといけんが、どうすればよい? 考えたあげく結局、一人で田んぼに入って手で引き抜き始めた。知恵者のナガちゃんにしてそれしか方法がなかった。ナガちゃんに今年度のどげんかせんと大賞を授与し「どげんかせんと大将」の称号を贈りたい。ナガちゃんの後ろの畦にあるのが引き抜いたヒエの山。


だが生長したヒエの根は固く、1反半ある広い田を1往復するのに丸一日かかるありさま。下の写真の水面が見えているところがヒエを引き抜いたあと。水面が見えていないところはびっしりヒエに覆われている。


3日ほどやって、ナガちゃんは小学校からの幼なじみで、すぐ近くに住むテッちゃん(80歳、生涯現役)に「手伝ってくれ」と声をかけた。テッちゃんも日当が出るならと引き受けたが、数日で「シルバー雇ってくれ」と音を上げた。子どものころから70年以上田んぼ仕事をしてきたテッちゃんにとっても、こんな過酷なヒエ取りは初めてだった。向かって左がテッちゃん、右がナガちゃん。


そんなテッちゃんをなだめすかしヒエ取りを続けていたころ、私らの耳にも二人のヒエ取り話が伝わってきた。80歳の二人がそこまでして…と舎長ともども気の毒がっていたが、ある日、道でばったりナガちゃんに出会って、思わず「私も手伝わせてください」と言ってしまった。ナガちゃんは一呼吸置いて、私の顔をまじまじと見て「そうか。手伝ってくれるか」と言った。(つづく)
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