時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

月に哭く 5

2011-09-05 15:46:29 | 酔夢遊歴
晁衡(ちょうこう)が、もう半分諦めていた帰郷を、あらためて決意したのは、あの時ではなかったか。李白自身も、晁衡(ちょうこう)のくれた言葉に、背中を押されたように、あれからすぐ、放浪生活へ
と入った。天と地の間ある限り・・と、こうして、気の向くまま、各地を訪れている。



今、李白は、知り合ったばかりの青年と、追悼の、杯を重ねている。
彼は、こんなふうに、出遭った、気の合うたくさんの人と、束の間笑い、飄飄と生きてるのが、性にあってるのだと、しみじみ実感している。

それでも、知己を失うのは、寂しい。

危険を承知で、船に乗り込んだ友を思う。
魂は千里をかけるというから。深い海の底にその身は沈んでも、きっと・・。
晁衡(ちょうこう)よ、今頃は、故郷の月を見ているか・・と、すぐ傍の枝にかけた布を見上げる。
藍の色に染められた、布は、ざっくりとした織でありながら、見る程に惹きつけられる色合いをしている。
これを渡された時、「我が国にしかない色合いです。ずいぶんとこの色彩に、慰められた。お守り代わりでした。貴殿には、必要ないかもしれませんが。」笑って、李白にくれたのだった。
藍の色は、李白の目の色に似ていた。
あちこち出掛けて、出会いの多い人生でも、心が、共鳴しあえる者に出会えることは少ない。李白と、晁衡(ちょうこう)には、月と酒。
そして、月を詠んだ、という、外国の歌の、格別の、思い出が残った。
「なあ、友よ。故郷の景色に飽いたら、たまには、この国にも、やって来いよ。海を越えるのなんか、もう、危険でも何でもなかろう。夢の中でも、月を肴に、酒を酌み交わそうじゃないか。」
 ぽつりと、言葉がでる。
 そんな李白を、黙って思い出話につきあってくれた、憶が、何とも、もの問いたげな顔をしている。
「どうかしたか?」
「いえ・・月が輝いたのは、女の人が応えてくれたのだとして、二回目の、大きく見えたってのは、何なんですかね・・・。」
 憶は、しきりと首をひねって、大真面目に、考えている。
李白は、あっ・・と、口を半分開けて呆れてる。
「そりゃ、募り募った、望郷の思いに、月が共鳴してくれたのだろう・・?」
「・・ああ、なるほど。」
 憶は、頷くと、岩の上に、置いたままになっていた杯の酒を、湖に向かって注いだ。
「会ったことはないけれど、これも、何かの縁。晁衡(ちょうこう)どの、私からの杯も、受けて下さい。太白星どの、自分ばっかり飲んでないで、ほら、晁衡(ちょうこう)どののために、もっと注いで。」
 ぐう・・・・。寝息が聞こえて来て、座ったまま、憶は寝てしまった。
「やれやれ、酔っぱらっていたのか。あの師匠にして、この弟子ありだな。ま、こいつが付き合ってくれた、お陰で、落ち込まずに済んだか。」
 李白は、ちょっと驚き、やがて、破顔して。
「好(いいさ)! 天地の間、皆、我の故郷なり。わしは、そうして生きて行くぞ。だが、どんなやつでも、百年に満たない人生さ。どこで生きようとも、どこで死のうとも、決めるのは己自身。友よ。貴殿の選択も、間違いじゃないさ。」
 がばっと、一気に酒壺の酒を飲み干す。
満足げに、頷いて、ひょい・・っと、その場から、下りると、岩にもたれて眠った。





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