越えてきた岩稜(西穂高岳山頂より)。中央ピークがジャンダルム。
重荷を背負いながらも抜群のパワーで踏破したOさん。度胸の良さが逆に心配。
(ジャンダルムのトラバース終了地点)
何十年振りかで北アルプスの奥穂高から西穂高への縦走を楽しんで?きました。このコースは過去に冬、春、夏に計4回経験していますし、30代に白馬岳から西穂高まで単独縦走した時は北穂高岳から西穂高岳まで5時間5分しかかからなかったので(会報:ザック29号)今回も気軽な気分で出かけました。しかし加齢によるバランスの悪さと、重荷でかなり緊張させられてしまいました。三桁になるほど通った穂高連峰群に足を運ぶのもこれが最後で、直接の目的は縦走ですが、私にとっては回想の山旅でもあります。
メンバーは若手Y君、Oさん(60代後半女性。男勝りの強者。今回の縦走言いだしっぺ)、私の3名です。行動中はパーティーですが各自が幕営具一式、炊事具一式持参の完全単独スタイルです。
1日目:
8時過ぎ頃に新穂高温泉駐車場を出発。白出沢出会いに1時間少々で到着。林道から少し入った登山口には群発地震による登山道崩壊で”通行止め”の札がロープにかかっていた。通行止めのルートで事故でもおこしたら、関係者に大変な迷惑をかけることになるので慎重の上にも慎重に行動しなければならない(地元出発から帰宅まで2日間で縦走するには今回の方法しか思いつかない)。覚悟はしていたがかなりの荒れようでルートファインディングミスもあって危険なところが2か所あった。コース取り、重荷、スリップ厳禁トラバースなどで苦労したが日没寸前の17:30に無事、白出沢コルのテント場に到着。
2日目
5時20分頃に奥穂山荘テント場を出発。ラテはもう不要の明るさでした。奥穂の頂上に6:00頃に到着。天気は今日いっぱいは持つ予報で視界も良く富士山も遠望できました。Oさんは1か月ほど前に縦走した双六岳から笠ヶ岳の全容が目の前に展開しているのを見て感慨深そう。奥穂高岳で一番の思い出はまだ新人だったころ、5月に頂上付近から涸沢テン場に向かってほぼダイレクトに雪の斜面を降らされたことだ。恐らく第二ルンぜだったと思うが、こんなところを本当にくだれるのかとビビった記憶がある。岳沢からトリコニー経由でダイレクトに奥穂頂上に来たことも2回ほどあった。さて、ここから一般コースでは北アルプスで1番と言われる難度の岩稜縦走の始まりです。すぐに馬の背の難場です。両サイドが切れ落ちていて鎖も無いので、重荷でバランスを崩さないように一歩一歩慎重に足を運びます。意外の手強さに齢をとったことを改めて実感しました。続いてロバの耳の通過です。先行パーティがルートを外した為に苦労しているのが見えます。今回の縦走では西穂まで4パーティー、カウントしましましたが、我々を除いていずれのパーティも穂高山荘泊だったようでハイキングにでもいくような軽装備でした。所々、鎖がありますが、鎖の無いところの方が難しいところもあります。馬の背を通過すると、今度は有名なジャンダルムです。過去の縦走時はジャンダルムは岩稜を直接、登下降してますが、今回は容易な岩棚状のトラバースルートを使いました。今は鎖が要所にあるので精神的に楽ですが、一歩、足を踏み外せばおさらばです。トラバースを終えたところにザックを置いてジャンダルムを往復しました。ザックがないので”空中に身が浮くよう”とOさんがしきりに言っていました。独立峰だけに、ここからの展望は素晴らしいの一言です。A君と飛騨尾根からジャンダルムを登ったことが思い出されます。ここから奥穂へ戻る人に自分が奥穂の頂上でカメラを置き忘れたことを話し、残っていたら回収しておいて欲しいことをお願しました(翌日、メールが届きましたが残念ながらなかったとのこと)。
ここから先も難場の連続です。天狗の頭、間ノ岳、西穂まで鎖場の連続で緊張する場面が多いですが、鎖も無い時代にこの岩稜を踏破していった先人達のことを思うと畏敬の念でいっぱいで弱音など口にできません。前方に顕著なコブが見えてくると先輩N氏と登ったにコブ尾根の登攀の記憶が蘇ってきました。畳岩付近は逆層でスリップ注意です。下り終えると安心して休める天狗のコルです。ここで少し休憩をとった後、天狗の頭へと向かいます。この天狗の斜面は西穂からの縦走中、H君がカチカチに凍った斜面を滑落し、もう絶対に助からないと思ったところです(大怪我はしたが奇跡的にも、唯一、斜面から突き出ていた岩にぶっかって止まった)。ピークに立つとN君らと登った天狗尾根を懐かしさで下ってみたい不思議な気持ちが一瞬、湧いてきました。そんな回想に浸りながらフォローしていると、リードするY君は相変わらずルートを外すので気を付けないといけません。そして11時50分に待望の穂高連峰、西の要、西穂高岳に到着です。振り返ると、越えてきた荒々しい山稜の全貌が望め感無量です。ここまで7時間弱かかってしまいましたが、それでもガイドブックにのっている通常のコースタイムより1時間ほど早く踏破できました。ここまで来て、ようやく新穂高ロープウエーの下り最終便に間に合うことが確実になったので、ゆっくり休憩をとりました。眼下にはN君らとトレースした西穂頂上に続く北西尾根や西尾根が良く見え懐かしさで少々、感傷的な気持ちになってしまいました。
20分程?休憩してから最後のピークである独標に向かいます。ここまでで核心部は終わったとは言え、ピラミッドピークを越えて独標まではまだ気が抜けないとことが多々ありました。
1時間ほどで独標に到着。独標は迫力ある穂高連峰や周囲の山々の展望が抜群で、天候が良ければ危険なところも無いので人気のピークです。多くの老若男女が穂高山群の雰囲気を満喫しているようでした。しかしこのピークで過去に高校生のパーティーが雷に撃たれ7,8人?が亡くなるという悲惨な事故が発生しています。事故当日の同時刻に私も北穂高岳の滝谷ドームを登攀していて逃げるすべもなく雷雲真っただ中の恐怖を味わったので、この独標の事故のことは忘れることはできません。ここから1時間ほどで西穂山荘に到着。またまたゆっくり休憩。 新穂高へのロープエー駅には15時30分頃に到着。こうして穂高山群を訪れるのはこれが最後になるであろう2日間の回想の山旅が終わりました。
忘備録:
・ネット上の良い評判につられてSOLヴィヴィプロを購入し今回使用したが結露がひどくシュラフがかなり濡れてしまった。今の時期の高度3000mでの連泊使用には躊躇する。やはりゴアのシュラフカバーの方が経験から判断して結露は少ない。
・テントのポールを忘れてしまい、2人用テントをもって来たOさんのテントを借りてY君と寝た。(ボケがひどい)
・カメラを奥穂高の頂上に置き忘れてきた。(ボケがひどい)
・3000m稜線で以下の就眠スタイルで丁度快適(奥穂頂上朝の気温: 3.5℃)。
シュラフ:イスカ エアー450(820g)、モンベルライトアルパイン(360g)、モンベルU:L サーモラップパーカー(252g)、長袖ダクロン下着上、モンベルブリーフ、
スポーツオリンピック購入夏用パンツ
・今回もハイドレーションの蓋が緩んでザック内が濡れた。(同じミスを繰り返す)
・1回、Oさんのザックを吊り上げた時に250kgに耐える1本4mテント用張り綱を連結して使用した。テント張綱も他に応用できる強さのものが役に立つ。
その他
・久しぶりに有名な山に来たが、平日にもかかわらず奥穂高山荘テント場のテント数にビックリ。100名山など山関係のTV放映に加え、やたらと増えたカラフルな山岳雑誌の影響なのだろう。テント泊が流行りのようで、食事は小屋、寝るときはテントというケーもス多いそうだ。有名の山は人があふれ、静かな山登りを楽しむことは四季を通じて不可能になってしまったようだ。
・新型コロナ感染予防の関係でテント泊も予約が必要だったので数週間まえに予約をした。感染予防とうたってあるのでてっきりテント数も制限されると思っていたらヘリポートまで使うほどのテント数でヘリポートなどは隣との距離が1m程度しかない。これで感染予防の為の予約とは理解に苦しむ。
・最終ロープウエイに間に合わない場合は歩いて降りるつもりで、鍋平駅経由の登山道入り口を探しながら下りましたがわかりませんでした。おそらく廃道?
END