”玲瓏”管理人のつぶやき

"玲瓏:羽生善治(棋士)データベース"管理人たいがーの独り言(HP更新情報含む)

羽生さんの敗北

2010年03月20日 | 羽生善治
 羽生さんが負けた。5年守り通した王将位。それは羽生さんと玲瓏管理人との歴史でもある。王将というタイトルは自分にとって愛着がある。5年前羽生さんが王座一冠になったときに「玲瓏」というサイトを立ち上げようと決心した。しかし羽生さんは鬼神のごとく勝ち進んで森内さんから王将を奪還。気がつけばあっという間に四冠に返り咲いていた。その王将の就位式で初めて羽生さんにお会いした。それから毎年この王将就位式でお会いするのが恒例となっていた。6年目の今年はその場で会えないのはちょっぴり寂しくもある。

 新王将の久保さん。昨年11月の将棋の日前日のレセプションでドクター尼子さんの紹介でお話する機会があった。清々しい記憶として残っている。自分は味が悪いと思い黙っていようと思っていたがドクター尼子さんは迷いなく「こちら羽生さんのデータベースサイト管理人のたいがーさんです。」と紹介していただいた(苦笑)嫌な顔ひとつせず談笑していただいたのは嬉しかった。もっとも日ごろからお付き合いのあるドクター尼子さんを交えていたのは大きかったかもしれない。今年2月の朝日杯。久保さんは羽生さんに破れ準優勝。関係者打上げ後の呑み会に観戦記者の小暮さんがしっかり久保さんを拉致監禁(失礼:笑)久保さんは呑みの付き合いのいいナイスガイなのである。

 その久保さんにとって羽生さんは高き壁であり続けた。風の噂によれば、この両者が激突した第64期A級順位戦は羽生さんが飛車を切り飛ばして快勝したが、振り飛車党である久保さんにはこの敗戦が悔しくて眠れず友人と朝まで飲み明かしたと聞く。タイトルを取るまで関西には帰らないと宣言したこの若者はしかし、いつしか知らず知らず自分自身を追い込んでいた自分の中の心のシャッターに気付いたのか、そのシャッターを空けて関西に戻っていった。昨年念願の初タイトル棋王位を奪取。そして今回その高き山であった羽生さんにタイトル戦4度目にして撃破。またひとつ突き抜けていくこと請け合いである。
 
 今回の王将戦は名局揃いという評判である。願わくばこの好シリーズ、もう1局見たかったが致し方ない。羽生さんは第4局のミスを大いに悔やまれていたようである。が、その局も含めてギリギリの勝負でありお互いが全力を出し切った激闘譜であったと感じる。第6局もミスらしいミスがないと言われている。日中現地解説では羽生さんの勝勢、手厚い、指せるという見方であった。残り時間を見ても羽生さんに分があった。あの一手までは間違いなく…。そう66手目△7三銀合。そしてこのあとさらに銀合い、角合いという持ち駒のうち高い駒をつかった3つの合駒手順で奇跡的に詰みを逃れているのであった。羽生コンピュータがホールドした。形勢が思わしくなくなったときに見せる髪をかきあげる仕草が画面に映し出される。いつしか残り時間が逆転。羽生さんが逆の立場であれば間違いなく”羽生マジック”と呼ばれていただろう。まるで二人の羽生さんが戦っているような錯覚に陥った。

 久保さんは充実している。そして強かった。この3つの合駒手順を共同会見時に58手目△5九金のときに発見していたと言う。この△5九金もあまり筋がいいとは言えないらしい。が、常識に囚われずそのときの最善手を指す。「△5九金を指すしかないと思った」まるで羽生さんかのようだ。その羽生さんが感想戦で頭を抱え込んだ。52手目△5七歩に本譜は同銀だったが▲6八王と早逃げする方が勝っていたことが判明したときだ。しかし△4九角成が見えているのに5七に拠点を残すのはなんとも気持ち悪いので第一感取り除きたい。それが違ったのだ。そして57手目本譜▲5八桂。今棋界絶好調の対戦相手も桂の方が自玉に迫ってこられると読んでいた。検討したところ▲5八香が勝っていたという。将棋はなんと奥が深いのだろう。

 感想戦中、羽生さんが頭を抱え込むのも珍しい。珍しいと言えば、現地解説会に赴いた掛川対局、羽生さんが天井を見上げて考え込むシーンも珍しかった。写真は静岡県掛川市で行われた王将戦第4局現地大盤解説会のシーンである。羽生さんはファンサービスを一義に考えるプロ棋士である。目の前のファンのことも忘れてコンピュータをフル稼働している。今年2月の朝日杯関係者打上げの席にての会話を紹介する。

たいがー:「おとといは静岡県掛川市の現地大盤解説会までクルマを飛ばして行きました。」
羽生さん:「そうでしたか?それはすいません、気付きませんで。」
たいがー:「羽生さん、天井見上げてずっと考えられていたご様子でしたから・・・」
羽生さん:「はい、どこが悪かったかなあとずっと考えていました。」

 まるで大好きなパズルを与えられた子供が一心不乱に考える、そんな形相にも感じられる。将棋の真理を追究する孤高の棋士が、その高みにありながらスイングする棋士が表出した、そして一緒になってまだ見ぬ難問を解ける喜びを分かち合う、スパークする瞬間を共有できるのはファン冥利につきる。形相と言えば、形而上学のエイドス、その対置してヒュレー、元来はイデア。イデオロギーの闘争も昇華すれば最高の輝きを放つ対局となる。

 ナンダカ小難しいことを言ってしまった(苦笑)

 閑話休題。玲瓏管理人が現地に赴くと羽生さんの対局結果が芳しくないという実しやかな風評がある。データサイト管理人としてこれは調査しざるを得ない。玲瓏管理人現地全成績(ネット中継1局含む)が以下とうとう明るみとなった(笑)。

● 第59期 王将戦第6局 神奈川県秦野市
○ 第3回 朝日杯将棋オープン 決勝 東京都有楽町
○ 第3回 朝日杯将棋オープン 準決勝 東京都有楽町
● 第59期 王将戦第3局 静岡県掛川市 
△ 第1回 とちぎ将棋まつり 栃木県宇都宮市
○ 第35回 将棋の日 次の一手名人戦 兵庫県加古川市
● 第30回 JT将棋日本シリーズ 2回戦 静岡県静岡市
○ 第11回 京急将棋まつり 横浜市
● 第43回 東急東横将棋まつり 東京都渋谷
● 第80期 棋聖戦第3局 愛知県豊田市
○ 第67期 名人戦第1局 東京都文京区
○ 第58期 王将戦第6局 静岡県
● 第58期 王将戦第3局 栃木県大田原市
○ 第58期 王将戦第1局 徳島県鳴門市※ネット中継:毎日新聞
○ 第56期 王座戦第1局 東京都千代田区
● 第36回 ながの将棋まつり 長野市
△ 第10回 京急将棋まつり 横浜市
○ 第49期 王位戦第6局 神奈川県秦野市
● 第79期 棋聖戦第2局 愛知県豊田市
● 第66期 名人戦第1局 東京都千代田区
● 第33期 棋王戦第5局 東京都渋谷区
● 第33期 棋王戦第4局 東京都渋谷区
○ 第33回 将棋の日 東京都世田谷区
○ 第9回  京急将棋まつり 横浜市
○ 第54期 王座戦第2局 東京都千代田区
○ 第54期 王座戦第1局 神奈川県横浜市
● 第40回 東急東横将棋まつり 東京都

13勝11敗2千日手 勝率 .542

玲瓏管理人の目の前の羽生さんは勝率7割2分の天才棋士ではない。5割4分の勝利を渇望する泥臭い棋士なのである。しかしその対局にはいつも将棋の可能性、奥深さを思い知らされる。これからもスケジュールが許せば現地にも赴き精一杯応援していきたい。

羽生さんの人柄

2010年03月14日 | 羽生善治
 気がつけば今年ももう3月。1月、2月とイベントがあり、書きたいことがいっぱいあったんですが忙しさにカマケテすっかりご無沙汰してしまいました。先日、羽生無双流掲示板にてあるお題が与えられましたのでここで一つ取り上げたいと思います。

 勝間和代著『やればできる』(ダイヤモンド社)P.111
「羽生善治棋士が第一線で活躍し続けられるのは、ほかの棋士との対談でもご本人がそうおっしゃっていますが、棋士の中でいちばん勉強時間が長いからです。それにくらべると、B級、C級棋士は、ギャンブルや遊びに忙しく、練習量が不足しているそうです。」

 ちなみに勝間本はこれまで数多発刊されているうち3冊持っていて、好きな評論家の一人ではあります。『やればできる』はようやく昨日読み、全体227Pの流れ、前後関係などがようやく把握できました。勝間さんの立場から苦しいながらフォローをまずしてみます(苦笑)『やればできる』は自己啓発本であり要約すると、自分の”長所の種”を見つけ、その長所を伸ばすことにひたすらに集中し、甘んじることなく変化にも絶え間なく変わり続け、果ては自分が力の中心になる世界に行く、という旨で書かれています。”やればできるんです”と。本中盤の引き合い例の一つに羽生さんがご登場となっている。

 果たして羽生さんがこのとおり発言したか?自分の結論としては、羽生さんの人柄・性格から判断してありえないものです。「棋士の中でいちばん勉強時間が長い」「B級、C級棋士は、ギャンブルや遊びに忙しく、練習量が不足している」と言うには、プロ棋士は一人でもくもくと棋譜ならべや検討をすることも多く、他の棋士がどれだけ時間を費やしているかの客観指標が足りなさすぎることや、ましてや他の棋士が普段どのように生活しているかなど仲のよい棋士でなければ知りえない、いや仲がよくても互いにみなまで明かす人はいないし努力するのは当然の世界なので、羽生さんがその発言には及びえません。

 ではその勝間文の生まれた背景を好意的に推測してみると、「努力を継続できることが重要」「時間を決めずに考えるときはまとまった時間を取る」に加えて「タイトル戦など重要度の大きい実戦の場で考えることほど身になっています」という発言の比重が大きく、つまりタイトル戦に出続けている人は誰か?などから勝間流に咀嚼してあの言述になってしまっている気はします。しかしドラスティックに枝葉を落としたその表現や、対比して趣旨を明確にしようとして付け足された表現は、勝間さんの主張したい『やればできる』に短文でかつ説得力を盛り込もうという無理やり感は否めず、羽生さんの性格・人柄を無視してしまった感がやっぱりあります。

 特に取ってつけたような「B級、C級棋士は、ギャンブルや遊びに忙しく勉強不足」には将棋界をあまり理解されていないのかな?と思われる節でもあり、これ以上突っ込んでも仕方ないので、ま、折角の機会、ここからはもうひとつ勝間本から話題を離れて踏み込んでみましょう。

 羽生さんがギャンブルや遊びをまったくしていないか?羽生さんも若いときには悪友の先崎さんらに唆されてギャンブルや遊びはひととおりチャレンジされています。自動車免許もそうです。一度はやってみる。しかし例えば自分には向いていないと思われるゴルフ、考えているとあわや信号を無視しかねない自動車の運転、などを切り落とされています。スポーツは以前水泳に通われたこともありましたが今は毎朝の散歩を日課とされているようです。奥さんの理絵さんのお話だとご自宅の周りは結構アップダウンが激しいところのようで体力つくりには最適だそうです。元来ボードゲームがお好きのようで、本業の将棋以外に、チェスにおいても日本屈指の強豪プレイヤであることは知られているのはみなさんご存知のとおり。昨年日本人初の世界チャンピオンとなったバックギャモンの望月さんの祝賀会にも森内さんと一緒に出られていたようで、浅からぬ関わり合いを示しています。将棋ばかりしているわけでない。

 「将棋は頭の中でもできるのでいつでも考えられてしまうんです。オンとオフが重要です。時間があればボーっと(笑)意識して何も考えないようにすることもあります。」という一方で「いろんな考え方に触れることは、いろんな見方をできるようになる可能性を高めることにつながると思うんです。」という思想から、毎日の体力つくり、無の時間、他のボードゲームに興じることに加えて、依頼の多い講演会で知り合った方々との交流も大事にされています。

 その交流、最近では富士通主催の講演会で知り合われた白石康次郎さんとの交流がホットのようです。先刻、対談本も東洋経済社から出版されました。知り合いになった講演会以降羽生さんの就位式に白石さんが出席されているのをよく見掛けています。先日の朝日杯オープンの準決勝・決勝の会場にも来場されていました。羽生さんも白石さんのヨットに乗られた(停泊しているヨットに乗られた?)ようです(ごめんなさい、不確かで:苦笑)。朝日杯将棋オープン関係者打上げの折に羽生さんと二人きりでお話する機会に恵まれましたが白石さんにまつわる会話を少し取り上げましょう。

たいがー:「本日は優勝おめでとうございます。」
羽生さん:「ありがとうございます。」
たいがー:「午前は対局室で観戦し、午後は解説会場でした。」
羽生さん:「え?午前対局室でしたか?席には座られていたんですか?」
たいがー:「ええ、羽生さんから見られて正面側、谷川さんの右斜め後ろでした。」
羽生さん:「それは気がつきませんで失礼しました。」
たいがー:「いえいえ、そんな・・・。あ、そうそう先日お伺いした白石さんとの対談本はいつ頃発売でしょうか?」
羽生さん:「あ、来週にでも店頭に並ぶと思います。白石さんは今日観に来られていたんですよ。」

 対局前や対局時に集中を確かめる中では羽生さんに見つけてもらうなどとは考えもしませんでしたが、さらっと白石さんの姿は見つけていた事実を聞かされて案外冷静に見られているものなんだとちょっとだけ意外に感じました。「しかし、前回のことがあったので慣れましたが圧迫感がありますね(笑)」この言葉でふと考えました。将棋まつりの席上対局では朝日杯以上に立ち見ができることもあるが、ステージがひとつ高くなっていること、ステージと客席との距離があること、などからそれほど対局者に圧迫感はないのだろう。比較して朝日杯は、対局者の周りを同じ高さで囲み、その上立ち見では確かに圧迫感はありそうですね。 

 少し脱線。講演会依頼の多い羽生さんご自身から意外な言葉を聞いたこともあります。「もともと話すのって苦手なんです。」へぇー、知らなかった。あれほどわかりやすく表現できる話術をもたれている羽生さんがそうだったなんて!将棋のタイトルをとれば必ず謝辞を述べなければならない。もともと合理的・論理的な思考の素養のある羽生さんなのでしょうけども、しなければならない立場・置かれた状況が人を作るんでしょうか。今ではスピーチに苦手感を微塵も感じさせません。

 B級、C級棋士が勉強不足か?逆に「新しい手というのはわれわれの世代というよりは若手の中から生まれることが多いんです。」「今はネット時代。いろんな情報が即座に手に入るようになり、次の日には研究されています。」と発言されていてそのような旨は見当たりません。「学ぶという点では言わば”高速道路”です。整備されていてある地点まではあっと言う間にいける。しかしその先には獣道というか大渋滞が起きていると思うんです。」あの梅田さんが取上げて有名となった発言です。その先の道なき道を切り開くにはまた別の資質が必要と説いてはいますが順位戦クラス別には言及していません。「昔に比べれば遊びにしても選択肢が増えています。」確かに羽生さんと将棋の出会いということで述べています。

 最後に羽生無双流掲示板、中井正則さん、コージさん、つちゃんさん、なごやのじーじさん、そしてきっとここに訪れる多くの方が、羽生さんの人柄をよく理解されていることに感心し、とても嬉しい気持ちになったことを付け加えておきます。