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漢詩を楽しもう

tiandaoの自由訳漢詩

ティェンタオの自由訳漢詩 杜甫199ー202

2010年05月18日 | Weblog
 杜甫ー199
   秋興八首 其一         秋興 八首  其の一
                    
  玉露凋傷楓樹林   玉露(ぎょくろ) 凋傷(ちょうしょう)す  楓樹(ふうじゅ)の林
  巫山巫峡気蕭森   巫山(ふざん)  巫峡(ふきょう)  気(き)蕭森(しょうしん)たり
  江間波浪兼天湧   江間の波浪  天を兼ねて湧き
  塞上風雲接地陰   塞上の風雲  地に接して陰(くも)る
  叢菊両開他日涙   叢菊(そうきく) 両び開く  他日(たじつ)の涙
  孤舟一繋故園心   孤舟(こしゅう) 一(ひとえ)に繋ぐ  故園の心
  寒衣処処催刀尺   寒衣(かんい)  処処  刀尺(とうしゃく)を催(うなが)し
  白帝城高急暮砧   白帝(はくてい) 城(しろ)高くして暮砧(ぼちん)急なり

  ⊂訳⊃
          露に打たれて  楓樹の林は枯れ
          巫山巫峡の辺  蕭条としてもの淋しい
          逆巻く波浪は  天に達するほどに湧き
          塞上の風雲は  地に垂れこめて薄暗い
          菊は再び咲き  同じ涙を今年も流し
          舟を岸辺に繋ぎとめ  望郷の想いにすがって生きている
          家々は  冬着の支度に追いたてられ
          白帝城  高く聳える暮れ方に  砧の音は切々と鳴る


 ⊂ものがたり⊃ 杜甫は結局、夔州に一年九か月も滞在することになるのですが、それは五十五歳の春の暮から五十七歳の正月半ばまででした。その間に杜甫は四百首あまりの詩を書いています。現存する杜甫の詩千四百余首のうち三割近くが夔州での作品ということになりますが、この時期の作品には名作が多く、よく保存されたという事情もあるでしょう。
 五言古詩の長篇もいろいろと作られますが、杜甫の詩の特色である七言律詩の名品が目立って多くなります。七言律詩は制約の厳しい詩形で、五言古詩のように気軽には作れないものです。なかでも「秋興八首」は夔州時代の杜甫を代表する作品と思われますので、八首全部を取り上げます。
 其一の詩は「秋興八首」のなかでも特によく知られた作品です。前半四句は「巫山巫峡」の秋の描写で沈鬱な感情がみなぎっています。後半四句は前半を受ける作者の感懐で、旅にある身の孤独な悲しみを述べています。そして結び二句の現実の景が、その孤独感をいやが上にも高めるのです。なお、「刀尺を催し」というのは裁縫のことで、近づく冬に備えて冬着の準備に忙しいという意味です。「砧」(きぬた)は布を柔らかくするために、当時は杵(きね)で布や衣を叩いていました。その音が家々から響いてくるのです。

 杜甫ー200
   秋興八首 其二        秋興 八首  其の二
                    
  夔府孤城落日斜   夔府(きふ)の孤城に落日斜めなり
  毎依北斗望京華   毎(つね)に北斗に依りて京華(けいか)を望む
  聴猿実下三声涙   猿を聴きて実(げ)にも下す 三声(さんせい)の涙
  奉使虚随八月査   使いを奉じて虚しく随う   八月の査(いかだ)
  画省香炉違伏枕   画省(がせい)の香炉  伏枕(ふくちん)に違(たが)い
  山楼粉堞隠悲笳   山楼(さんろう)の粉堞(ふんちょう)  悲笳(ひか)隠(いん)たり
  請看石上藤蘿月   請う看よ  石上(せきじょう)藤蘿(とうら)の月
  已映洲前芦荻花   已に映ず  洲前(しゅうぜん)芦荻(ろてき)の花

  ⊂訳⊃
          夔州の孤城に  夕日が斜めにさすころ
          北斗の星を頼りに  都の空を眺めやる
          猿の鳴く声  聞けば三声で涙はながれ
          勅を奉じて筏に乗ったが   虚しく漂う八か月
          尚書省の宿直の香炉から  背き離れて疾に臥し
          城楼の垣の辺りで鳴る笛の 悲しい音を聞くばかり
          どうか見てくれ     城壁の藤蘿を照らす月の影
          既に移って川の洲の  芦の穂花に照りわたる


 ⊂ものがたり⊃ 杜甫にとって秋は悔恨の季節のようです。夔州は北側を山にさえぎられていますので、北斗星は見えないとする説もありますが、北斗の方角をたよりに都の方向を思い見るのでしょう。三句目に猿の声が出て来ますが、三峡地方に棲む猿は手長猿の一種で、その鳴き声には断腸の響きがあるといいます。李白もその鳴き声の悲しさを幾度も詩に詠っています。
 四句目の「八月の査」は秋八月の筏という説もありますが、「使いを奉じて」とあるところから漢の張騫(ちょうけん)が使者となって西域に赴いたときに筏で黄河を遡ったという話を踏まえているとする説もあります。自分は張騫のように使命も果たせず、虚しく八か月も舟を漂わせているという解釈です。
 「画省」は尚書省の雅名で、壁に古賢烈士の像が描かれていたことから「画省」と称されていました。杜甫は検校ではあっても工部員外郎ですので、形式的には尚書省に属していることになります。本来なら役所で宿直(とのい)もする身分でありながら、こうして疾に臥して、山間の街で芦笛のおぼろな音を聞いていると、ちぐはぐな自分の人生を嘆くのです
 尾聯の簡潔な表現は見事です。「藤蘿」(かずら)は夏に花咲き、「芦荻」(芦)は秋に穂花をつけますので、ここでは季節の移り変わりの速さを一瞬の視点の変化で描いていることになります。

 杜甫201
   秋興八首 其三         秋興 八首  其の三
                    
  千家山郭静朝暉   千家(せんか)の山郭(さんかく)に朝暉(ちょうき)静かなり
  一日江楼坐翠微   一日  江楼  翠微(すいび)に坐す
  信宿漁人還汎汎   信宿(しんしゅく)の漁人(ぎょじん)は還(ま)た汎汎(はんはん)
  清秋燕子故飛飛   清秋(せいしゅう)の燕子(えんし)は故(ことさら)に飛飛(ひひ)
  匡衡抗疎功名薄   匡衡(きょうこう)は疎(そ)を抗(たてまつ)りて功名薄く
  劉向伝経心事違   劉向(りゅうきょう)は経(けい)を伝えて心事(しんじ)違う
  同学少年多不賎   同学の少年  多く賎(いや)しからず
  五陵衣馬自軽肥   五陵の衣馬  自(おのずか)ら軽肥(けいひ)たり

  ⊂訳⊃
          山沿いの千戸の城に  朝日は静かに射し入り
          緑の香気に包まれて  川辺の楼に一日を坐す
          一二夜どまりの釣人は点々と舟を浮かべ
          澄みわたる秋空を   燕はことさら飛びまわる
          いまの匡衡は  上奏しても功名薄く
          いまの劉向は  経書を講じても事志と違う
          同学の若者たちは   多く立身出世を遂げ
          五陵の辺で軽裘肥馬  得意の身分となっている


 ⊂ものがたり⊃ 其の三の詩の前半四句は、夔州でののどかな一日の描写です。杜甫は西閣に坐して、江上の釣り舟や燕の飛ぶのを眺めています。一転して後半の四句では、事こころざしと違ってしまった自分の人生を反省するのです。
 「匡衡」は漢の元帝のときの儒者で、しばしば上奏して時事を論じ、太子少傅の官に上りました。それにひきかえ、いまの「匡衡」や「劉向」であるべき自分は「功名薄く」「心事違う」状態です。かつての同学であった若者は、それぞれ立身出世を遂げ、高級官僚の多く住む「五陵」(五つの陵邑)に家を構え、「軽肥」(軽裘肥馬)の身分になっていると、挫折した自分の人生を嘆くのです。

 杜甫ー202
   秋興八首 其四        秋興 八首  其の四
                    
  聞道長安似奕棋   聞道(きくなら)く   長安は奕棋(えきき)に似たりと
  百年世事不勝悲   百年の世事(せじ) 悲しみに勝(た)えず
  王侯第宅皆新主   王侯の第宅(ていたく)  皆な新主(しんしゅ)にして
  文武衣冠異昔時   文武の衣冠(いかん)   昔時(せきじ)に異なる
  直北関山金鼓震   直北(ちょくほく)の関山 金鼓(きんこ)震(ふる)い
  西征車馬羽書馳   西征の車馬(しゃば)   羽書(うしょ)馳(は)す
  魚龍寂寞秋江冷   魚龍寂寞(せきばく)として  秋江(しゅうこう)冷やかなり
  故国平居有所思   故国  平居(へいきょ)  思う所有り

  ⊂訳⊃
          聞けば長安は  囲碁の勝ち負けのようだという
          世の転変は   悲しみにたえない
          王侯の邸宅は すべて新顔になり
          文武の大官も  むかしとちがう
          北の関山に   鐘鼓は鳴りわたり
          西征の車馬は 羽檄(うげき)を掲げて走る
          魚龍は寂しく  秋の川はひややかに流れ
          かねて私は   国家に思うところがあるのだ


 ⊂ものがたり⊃ 「聞道(きくなら)く」と伝聞のように書いていますが、杜甫は安史の乱前後の都の変化を実際に見聞きしています。長安の住人も文武の大官も「奕棋」(囲碁)の盤面のようにすっかり変わってしまったと嘆くのです。
 安史の乱後も国境付近での争乱はつづいており、後半では、秋は魚龍も眠る寂しい季節だというのに、川だけは冷やかに流れていると嘆きます。最後の一句は強烈です。自分にもつねづね故国については一言いいたいことがあると、万斛の思いを込めて言い切ります。 

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