岩切天平の甍

親愛なる友へ

Rear Window

2007年12月31日 | Weblog

一年が終わる。

裏庭を望む窓際に固定したスーパー8のムービーカメラを回し切った。

雪が溶けて芽が出て花が咲いて鳥が遊ぶ。花が散って葉っぱが赤くなり、それも散ってまた雪が降る。表情が変わる度に少しずつフィルムを回して数年が経つ。 何のためにやるのか。これといった意思もなく、だらだらと続けては、2分間の一年を眺めて、「ふーん。」と引き出しの中にしまい込む。

今年もフィルムを取り出して、イースト・ビレッジの地下室で魔法のように営業を続けているPACというフィルムラボに現像に出して、さらに新年用の生フィルムを買う。現像代込みのセット価格だと一ドル安くなるので以前はそうしていたが、今年はフィルムのみの購入にした。頭に一瞬よぎった「ここもいつまで持つか分からない。」という考えに、次の瞬間申し訳ないような気持ちになる。年に一回しか来ないくせに、いつまでも続けてもらいたいなんて虫のいいことだ。



ケイティばあちゃん

2007年12月29日 | Weblog

 朝五時、寝袋の中で、上の階で働くレベッカの停まらない足音を聞く。

ひらりときらめくように、生涯で最も早かった一週間が過ぎた。
ラップ家は早朝からレベッカの家族に会いにでかける。
僕らは二人ミント・ティーを飲んで、誰もいない家を後にした。

ラップ家からニューヨークへの帰り道には、必ずランカスターに寄る。
初めてアーミッシュを訪ねた時泊まったベッドアンドブレックファースト(もう宿屋はやめてしまったけど)のオーナー、リー(彼がラップ家を紹介してくれた)と奥さんのサンディに会いたいし、レベッカの実家に寄って、エイモスじいさんのブルーに透き通った目も見て行きたい。

日が暮れる。赤く温かい落陽の名残が紫色にゆっくりと冷めて行くペンシルバニア。はるか遠くまでゆるく波打ちながら広がる農地に黒いサイロのシルエットが息をひそめている。ここはあまりにも美しくて、うっとりと震える。

たいていサンディとリーが仕事から帰っていないから、離れに住んでいるケイティばあちゃんのところに上がり込んで、テーブルを囲んでゲームをする。
僕はチェッカーのやり方をばあちゃんから習った。
「オー、マイ!何でそんな手を打ったのさ?」

ケイティばあちゃんはキルトの名人。一時間に八百から千ステッチも縫える。ひと針ひと針ちゃんと通ったか確かめるから、左手の人差し指と中指は針先で固く黒くなっている。

秋になると裏庭に落ちる黒クルミを拾って殻を剥き、瓶詰めにして料理に使ったり、人にあげたりしていた。「もったいないからね。」

子供と孫、ひ孫で百人を超える。九十三歳の元アーミッシュ、夫婦で教会を抜けた理由はあまり話したがらない。アーミッシュをやめる人は珍しく無く。イマニュエルやレベッカの兄弟にもいる。多くは宗教的な信条の違いがその理由で、やめて車や電気を使っても、やはり質素な暮らしをしている人が多い。

ある日台所でサンディとパイを食べていたら、ばあちゃんがやって来て、買って来てもらった電球代を払うと言う。「いいわよ、そんなの。」「よくない。いくらだ!」「じゃあ一ドル。」「あたしゃ、一ドル以上することぐらい知ってるよ。」五ドル札を置く。「こんなにいらないわよ。」「じゃあいくらだ?」「二ドル。」「お釣りをよこせ。」
笑っているとサンディが“携帯電話事件”について話してくれた。

ばあちゃんのところにセールスの電話がかかって来て携帯電話をただでくれると言う。じゃあ貰おうと送ってもらったが、結局使わないから返した。
それからただだと思っていたのに毎月四十ドルの請求が来る。
ばあちゃんは「彼らに言いなさい、絶対に払わないって。ジェイルに入れたきゃ入れたらいい、逮捕しろー!」と騒ぐ。サンディが「九十歳なのよ、分かるわけないじゃない。」とねじ込んで、何とかキャンセルしてもらった。

そのケイティばあちゃんが今月亡くなった。
サンディに「亡くなる前に、何か言い残したの?」と訊くと。

I said "Thank you for raising such a wonderful son." and
she said "I just did part of it...you are doing the rest."

「私が『こんなにすばらしい息子さんを育ててくれてありがとう。』って言ったら、あのひとは『私はただその一部をやっただけ、残りはあなたがやるのよ。』って。」

さよなら、大好きなケイティばあちゃん。




牛小屋

2007年12月28日 | Weblog

毎週金曜日は市場で額縁を売る。

「家を売ったの、悲しいかい?」
市場に向かう車の中でイマニュエルが訊いた。
答えあぐねていると、
「べつに、か。」
「うーん、そうだね。だけど、牛小屋があんなふうになっているのを見るのは少し淋しいな。」

牛小屋も僕らが建てた。
火事で焼けた鉄パイプを安く買って来て、溶接機を借りて来て骨組みを組んだ。鉄骨のすすを磨いていると、その年初めての雪が降り始め、一緒に働いていたメルビンは手を止め、僕を見て「Snow.」と言った。

圧縮空気を使った搾乳機も有り合わせの部品を使って組み上げた。
「あれには驚いたよ。図面も書かずにさ、『ここからこうパイプを這わして、このあたりにバルブをつけて・・、と。』って、部品の大きさが合わないって何度も道具屋に行かされたよね。」

朝五時に起きて、手が届きそうな天の川の下で牧場に放された牛を小屋に追い込む。夜が明けて来ると、霧の中に牛と子供達のシルエットが浮かびあがり、「ほーい、ほーい。」と言う声が僕に幻想を見ているんじゃないんだと思い出させた。そして餌をやってミルキング、また牛を放して掃除する。
男の子は自分より大きなカートを押し、重いミルクのバケツを運ぶ。寒い日には横になった牛の上に寝転んで、「ほら、ここんところがあったかいんだよ。」と牛の脇の下に手をつっこんで見せた。

それからイマニュエルとバーモントにチーズの作り方を習いにでかけて、道具を揃え、絞ったミルクでチーズを作った。

牛を売ってしまってから、子供達も僕も仕事が無くなってしまい、あまり早起きをしなくなった。小屋を覗くと物置になっていて、取り払われた機械の跡にホコリが溜まっていた。
「また牛を飼いなよ。自分ちのミルク用だけでもさ。動物の世話をするのが子供達には一番だよ。」

市場は広い敷地に建てられた細長い平屋の倉庫のような建物の中にぐるりと回した通路の両側に、ショッピング・モールのようにありとあらゆる店が並んでいる。肉屋、八百屋、パン屋、道具屋、家具屋、服屋、菓子屋、玩具屋、古物商、ビデオ屋・・・。アーミッシュがやっている店があればそうでない普通の白人、中国人がやっている店もある。奥には常設のオークション会場があって、客はたいてい地元の白人、それに交じって二割くらいのアーミッシュと二人の日本人。

イマニュエルはオークションで冷蔵庫を買った。
新しい家を建てるまで住む借家がアーミッシュの家でないから、
電気式の冷蔵庫が必要なのだ。
彼らは天然ガスで動く冷蔵庫を使う。
電気は外の世界との繋がりを広げ、家族の崩壊につながるから使わない。



スマッカー家

2007年12月27日 | Weblog

トレーラーに積んだ額縁の材木を工場に運び込む。
イマニュエルとジョニーと三人でペイント作業。

二階ではマーサが額裝をしている。
お嫁に行ってからも、実家で雇われて週に三日働きに来る。
カメラを持ち出して、「ちょっとお邪魔してもいいかな?」
写真は御法度だけど、若い連中は気にしない。以前、マーサにビーチでボーイフレンドと撮ったビキニの写真を見せられてぶっ飛んだことがあった。

「まだカメラ持っているの?」
「あれ、売っちゃったのよ。」
「結婚して写真やめた?」
「ううん、必要な時はデイビッドのがあるから。彼、仕事で使うでしょう。写真が悪いなんて全然思わないけど、教会がね・・・。」
パチリパチリ撮りながら話す。
「ゆうべ初めてユースに行ったよ。ケイティアンのところ。」
「ああ、昨日だったのね。手伝いに行けなかったわ。」
「ユースに行くとかわいい男の子がいっぱいいるね。デイビッド以外に誰かいいなーって思う子もいただろうね。」
「いいえ、デイビッドが私の初めての人なの。そしていつでも彼が一番だったわ。」
「ああ、さいですか。」

午後五時、かみさんと隣のスマッカー家へ。
デイビッドと妻のナヨミ、エンジニアのジェイコブ、ダニエル、アーヴィン、末娘のメリーはメルビンのガールフレンドだ。

初めてこの家に来た時に、スニーカーに花が植えて置いてあるのを見て、「面白いね。靴に花を植えたの?」と言ったらナヨミが笑って「一番下の子がね、私の誕生日に、何をあげたらいいか分からなくて、古い靴に花を植えてくれたのよ。」と言う横で恥ずかしそうにしていたアーヴィンも来年卒業だ。
ナヨミのご飯は何てことも無い普通の料理なのに、どれもとても美味しくて、いつもここんちに食べに来るのが楽しみ。

「チェッカーゲームをやろう!でかいやつを出しなさい。」
段ボールで作った巨大なチェッカー盤をひっぱり出す。
「大きいのでやった方が楽しいんだ!」
マーカーでスローガンが書いてある。
“勝ち負けではない、いかにプレイするかだ!”
「練習してたそうじゃないか。はっはっはっ。さあ、来なさい。」
まずは対デイビッド。思ったより善戦するも、負け。
次はアーヴィン。今度はもっとあっさり負け。
くっそー。メリーがほうきを持って掃除しながら笑って見ている。
「あいつはいつも働いているんだよ。いい嫁さんになるさ。」とデイビッド。
目で合図してメリーを呼ぶ。
「えー、あたし?やったことないのよ。」
「いいから、座りなさい。」
かろうじて勝つ。当たり前か。

壁にかかったからくり時計が動き出してロマンティックなメロディが流れる。
「これ、メルビンがくれたんだよ。」
メルビンは甘いマスクの水もしたたるハンサム・ボーイだ。
三十分ごとの甘い甘いメロディ。
「オー、メルビンったら!」

再びフットマッサージ。

「イマニュエルんとこのジュニアが、結婚したから運転は止めたって言っていたけど、結婚する迄は半人前と言う事で許されるの?」
「そうじゃないよ、ダメな物はダメだ。車運転して、写真撮って・・。そんなのアーミッシュじゃないよ。俺は嫌いだね。だけどいくら言っても聞きゃしないさ。」
うなだれて頭を抱える。
「でもデイビッドだって若い頃はああだったんじゃないの?」
「いや、俺は馬の世話をして馬車を走らせるのが大好きだったよ。」
「彼らも歳をとれば戻ってくるんでしょう?」
「まあ、そうね。九十五パーセントはね・・・。」

「あのさ、来年ね、あると思うんだよ、結婚式。そしたら招待状送るから、イマニュエルには内緒にしといてよ。」
メルビンとメリーの事だ。
結婚式の招待客は花嫁の家が選ぶ決まりになっていて、花婿の家から誰かを呼ぶことは出来ない。式の費用も取り仕切りも花嫁の家。花婿は新しく住む家を用意する決まりになっている。

アドレスを交換しておいとまする。




Youth

2007年12月26日 | Weblog

「夕方出かけるんだけど、乗せて行ってくれる?」
「いいよ。どこ行くの?」
「アレンとこのケイティアンの実家で夕飯食べるんだ。」
クリスマス・ウィークは遊び倒すつもりらしい。

アーミッシュの人達は、教会を単位とした小さなグループで暮らしている。
教会の建物は持たず、隔週の日曜日、メンバー持ち回りで自宅に集まり、礼拝を行う。子供が増え、一件の家に入りきれなくなると教会は分割され、新しい教会が作られて、小さなコミュニティーを一つの家族のように暮らす。
血縁結婚を避けるため、毎週末と祭日、遠く離れた教会の若者たちを会わせる“ユース”と呼ばれる交流会が持たれる。交代で教会員の家が食事を用意して、夜遅くまでバレーボールやゲームをしたり、一緒に賛美歌を歌う。

ケイティアンの実家はなんだかがやがやと賑やかだ。
今朝さよならって言ったばかりのデイビッドが出て来た。
何事もなかったような顔で、こっちだと納屋に入って行く。

古くて大きな納屋は装飾品の小さな風車を作る工場。階段を登って二階に上がると体育館くらいのスペースにネットを貼って青年男女がバレーボールをやっていた。順番を待って周りで見ている若者も入れると五十人くらい居るだろうか。これが噂の“ユース”らしい。

どこをほっつき歩いていたのか、家に寄り付かないラップ家のティーンたちもいる。メルビンが「やあ」と笑う。横にはガールフレンド、デイビッドの末娘メリー、コートの中では十八歳のエイモスがボール追っている。小さい頃からの労働で、みんな体格がいい。ネットは僕には届きそうもないくらい高く張られているのに、それを越えて見事にブロックを決める。

デイビッドおやじはなぜかそわそわと落ち着かない。一ゲーム終わって選手交代のどさくさに若者の中に交じってしまった。「ぜーぜー・・へっへ、見た?俺のサーブ、なかなかやるだろう。ぜーぜー。」

外に出ると、敷地を出たところにシャコタンやフェンダーの出っ張った族車が数台停まっていて、その周りでヤンキーアーミッシュ達がタバコを吸っている。こりゃあなつかしい光景だな。

「ごはんですよー。」の声にみんな一斉に母屋に向かう。ダイニング・ルームになだれ込み、大テーブルの上に並べられた料理を皿に山盛りにして地下室へ降りて行く。アンパンマンみたいな顔をしたケイティアンの母さんが「まるでアニマルだわね。」と笑う。

部屋の奥にはこの家の長老じいさんを真ん中に男親たちがどっかりと座って、わいわいと料理を盛りつける若者たちをじっと見ている。「ちゃんと見とるぞ。」と言うことか・・。アンパンマンの横に、女先生が手伝っていた。「こんばんは。ケイティアンの妹だったんだね。」

ほどなく階下から歌声が聞こえ始めた。あわてて降りて行くとデイビッドおやじがこっちこっちと手招きしている。
まぶしいランプの下、女子がしっかりとした歌でリード。男子が素朴な様子でコーラスを合わせる。
壁に張り付いて口ずさんでいるデイビッドの声が、曲が進むにつれて大きくなり、じりじりとそばに近寄って、気がつくと、若者の間に座って一番大きな声で歌っている。なんてラブリーなおやじなんだろう。
合唱が終わると女子の一人が、「一緒に歌ってくれてありがとう。」と宣言。男共は目をきょろきょろさせて、僕は甘酸っぱい思いに「ぐぐっ」と来た。

「イマニュエルとレベッカもユースで知り合ったんだっけ?」
「そうだよ。」
「初めてレベッカに言った言葉、覚えてる?」
「いや、忘れちゃったな。」
「私は覚えてるわよ。」
「こわいねー。」
「タバコ吸った事はある?」
「うーん、ちょっとね。二十二、三歳の頃かな。」
「やっぱりあんなだったんだね。」
「そうさ。」


かぼちゃ

2007年12月26日 | Weblog

九時、朝食。おしゃべりの続き。
「ねえ、ミシシッピ、行く?」
「うーん、赤ん坊連れてっちゃだめよね。いい旅行者じゃないもの。ううん、全然良くないわ。」

ハリケーンカトリーナが南部を襲ってから再建がなかなか進まず、未だにボランティアを募集しているのだそうだ。建築の仕事が得意なアーミッシュの人達もバンをチャーターし、十時間かけて行く。あのバンで行くのかなぁ・・。

「このカボチャ、すごく甘いと思わない?」
「濃いオレンジ色ね。どうやって料理したの?」
「オーブンで焼いただけよ。日本のカボチャ。」
「種、どうした?乾かしたら芽がでるかしらね。」

子だくさんのアーミッシュ、人口はどんどん増える。
人は増えても土地が増えるわけではないから、皆が皆、農業をやって行くわけにもいかない。ある者は家具を作り、ある者は観光業、建築業、工場労働者・・・。
笑い合う彼らの顔を眺めながらぼんやりと人口問題を思う。
昔は人が少なかったからそれで良かったのかもしれないけど、
どう思うのか訊いてみようか・・、止めておく。
絶滅に向かってゆっくりと、幸せな日々を送るんだろう。

デイビッドが泣きそうな顔をして言う。
「イマニュエル、引っ越すのがどんな気持ちか分かるよ・・・。」
黙っているイマニュエルの横でレベッカが、
「何だかみんな騒いでるけど、へんよね。あたしはリラックスしてて、ただ引っ越すだけ。もう忙しくってね・・・。」

「あー、食い過ぎだ!散歩に行こう。」
男達は外に、牧場の角まで歩く。「どうする?ここから。」立ち止まって三人顔を突き合わせる。「うーん、あの橋まで行って帰って来るってのは?」また歩き出す。いつでも皆で話し合って物事を決めるのが面白い。「あっ、空き缶だ!これ持って行くと十セントになるんだよね。」とデイビッド。エイモス、「あそこにもあるよ、十セント。」
デイビッドは巨大な肩を落として空き缶を拾いながらつぶやいた。
「どんな気持ちか分かるよ。」



聖夜

2007年12月25日 | Weblog

クリスマス。今夜は友達三家族がやって来る。
「どうやってその三組を選んだの?」
「別に俺が呼んだんじゃないんだよ。留守電に『クリスマスに行くから。』ってメッセージが残ってたんだ。」

アーミッシュは基本的に電話を使ってはいけない。ある時、火事があって、連絡が遅れたために死者が出て以来、緊急用に家から離して電話ボックスを置くようになった。それがどの家でも年々母屋に近づいて来て、ラップ家では今、納屋の裏にくっついて建っている。ある日、台所で電話が鳴っているので驚いたら、コードレスホンの子機が転がっていた。親機は納屋の裏だけど・・・。

大ラッシュで家の掃除。「マーカス、お部屋を片付けなさい!」「いいよ。」「良くないわよ、お友達とどこで話すのよ?」「外で。」

窓の外にカラカラと馬車の音。「来たよ!」
エイモスとリンダ・ストルツフス夫妻、ベンとリンダ・キング夫妻、デイビッドとナヨミ・スマッカー夫妻とそれぞれの子供達、ラップ家と我々で総勢二十二人。女の子は部屋にこもって、男の子は地下室でピンポン。大人達はリビングで輪になっておしゃべりを始める。

仲間とニューヨークへ行った時の話。初めての地下鉄、行き先を知っている二人が乗ったところで電車のドアが閉まってしまった。あわてて駅員の所に走ったら「大丈夫、大丈夫、すぐにまた来るから。」確か七十何丁目とか言っていたなと、そこで降りるとホームの向こう側できょろきょろしている仲間を見つけた。「それで抱き合って涙を流したんでしょう。」と言って大笑い。「そこにテレビのレポーターがやって来て、『一日ついて回って撮影してもいいか?』って訊くから、電車に乗るだけでこの有様なのに冗談じゃないって断ったよ。」

エイモスはタマネギ加工工場を経営していて、息子には花屋をやらせているビジネスマンだ。
「今はね、レッド・ラズベリーがいいよ。オイルが高いから、ヒーティングの無い、ただ収穫期を延ばすだけのビニール・ハウスを使ってね。あれが今二番目に儲かるかな、ミルクが一番。あとは、今やるんだったら、ベッド&ブレックファーストかな、誰かやるんだったら資金は出すけどね。」
「あたしゃごめんだね。」とベンの女房のリンダ。
「あのランカスターの観光客がいやでこんな山奥に引っ越したのにさ。」「そうそう、アーミッシュ・ツアー、アーミッシュ・バーン、アーミッシュ何々、アーミッシュ誰それ。」「あたしのいとこが道の横の畑で働いていたらね、そこに観光バスが停まってガイドが喋ってるのが聞こえるんだって。『みなさん、ご覧のようにアーミッシュガールが何々の収穫をしています・・・。』失せやがれ!だよね。」「私たちはもっとプライベートでいるべきよ。あんたがやりたかったら私は構わないけどね。」
エイモス、肩をすくめる。

九時、テーブルに移ってそれぞれ持参した賛美歌の本を広げる。
今夜のリードはリンダ・キング。デイビッドのテナーがたまらない。お茶とスナックをつまみながら延々と歌いまくること二時間。レベッカとカミさんが夜食の準備にピーカン・パイを切り、海老フライを揚げ始める。
「リンダはシーフードが嫌いなんだって?」
「そうよ。何で人によって好き嫌いってあるのかしらね。」
「育った環境とか習慣とか、親の好みとかじゃない?」
「でも私、兄弟の中で一人だけシーフードが嫌いなのよ。メロンも嫌い。」
「ちゃんと熟れてから食べてる?」
「知ってるわよそれくらい。」
「キュウリは?」
「生はあんまり。」
「スイカは?」
「大好き!」
「・・・・。」

隣に住むデイビッドはでっかい体にライオン丸のような顔が乗っかって、まるで絵本から出て来たカブキがアーミッシュの服を着て歩いているようなおっさんだ。生真面目な勤め人で、いつも眉間にしわを寄せている。二年前に彼の娘の結婚式に出席した。
「あの晩、俺に『今日は悲しいんだろう。』って言ったけど、何でそう言ったの?俺は嬉しくてたまらなかったのにさ。」「日本の父親って、娘が嫁に行くと淋しがったりするんだよ。ヘンだけどね。それにデイビッド、いつも悲しそうな顔してるじゃない。」

笑っているうちに突然デイビッドが思い詰めたような顔をして言った。
「俺の今の問題は・・・職場でけっこういい給料をもらっているんだけど、
俺はそれに見合うだけの仕事をしていないんだ。十分働いていないんだよ・・・。」

沈黙。

エイモスが睨みつけて、絞り出すように答える。
「デイビッド!おまえ、まかり間違っても“自分は価値がない人間だ”なんて考えるんじゃないよ。」

それはそれで終わって、すぐにまたくだらない世間話に笑顔が戻った。
僕は確かに今回の訪問の最高の場面を見たんだと、ひそかに気持ちを震わせていた。

イマニュエルがデイビッドに「フットマッサージをしてやるよ、ここに座んな。」とブーツを脱がせる。「おー、気持ちいい。」
エイモスがひそひそ声で、「カメラ持ってこいよ。」「えーっ、本気?」「かまやしないよ。」
「テンペイ、ここに来なさい、オマエもやってやるよ。」とデイビッド。くすぐったい。「痛くないの?あー!こいつ蹴りやがった!覚えてろよ。」

午前一時、お開き。「じゃあ九時に朝飯でどう?」「そんなに寝て大丈夫かなあ、寝過ぎだよ。」
ダンとリンダは二階に、エイモスとリンダは隣のデイビッドの家に泊まる。
「夕べより冷えたね。」
「晴れたからね。」
「おやすみ。」

カシオペア、オリオン、満月のつきあかり。




山の学校

2007年12月25日 | Weblog

 八時半、マーカスとリディアンにくっついて学校訪問。歩いて来るのは近所に住むラップ家と隣のスマッカー家の末っ子、アーヴィンだけで、あとは皆スクール・バスで来る。全学年一部屋の大複式学級だ。

乱射事件があってから、気軽に部外者を入れなくなったらしいが、僕らは毎年来ているので覚えていてくれた。子供達が「テーンペ、テンペ!」と呼ぶ。「結婚式で会ったじゃないの。」と言われて「そうだったね。」と答えるが、なかなか誰が誰だか覚えられない。「なんだか人数が減ったみたいだね。」と言うと。人数が増えすぎたから、別の場所に新しい学校がもう一つ作られたのだと教えられた。

毎朝、先生が聖書の一節を朗読して、みんなで賛美歌を歌う。訪問者があると、さらに数曲、特別に歌ってくれる。広い教室の冷たく張りつめた空気、残響する澄んだ声が窓を抜けて、山々のこだまに包まれているような安らかな気持ちになる。

後ろに座って授業を眺めていると、かわいらしい顔たちがもぐらたたきのようにかわりばんこに振り返って、珍客をしばらくじーっと眺めては、がばと教科書に戻る。誰も見ていない隙にちょっとと、カメラを構えた瞬間に男の子が振り向いて目が会った。 思わず「しーっ!」と人差し指を口に当てて、あんぐりと口を開けてひきつる男の子と見合ったまま、しばらく二人で固まってしまった。

訪問者用のノートが置いてあって、各生徒の自己紹介が書かれている。私の名前はアーヴィン、好きな教科は算数です。将来は大工に成りたいです。
最後にどんな時に幸せを感じるか?と言う設問にアーヴィンは、
“I’m happy When others are.”(僕は他のみんなが幸せな時に幸せ。)と書いていた。

この自己紹介は毎年違った趣向で書かれている。以前来た時にはそれぞれの名前の綴りのアルファベット一文字ごとに一文ずつ作って自己紹介していた。
例えば名前が“Marcus”なら、M-Monkey is my favorite animal. A-Andy is friend of mine. R-Rebecca is my mother.・・・と言ったところ。僕も真似して、T-Tomato is taste of summer. E-Emanuel is friend of mine. M-Marcus doesn’t like milking. P-Picking corn is fun.・・・と書いたら、その夜村中の食卓の話題になったらしい。その後、親達に会う度に「あなたがトマトね。」と言われる。

授業はなかなか厳しくて、教室の前に出された生徒の、質問に答えられた者から自分の席に帰ってよろしい、などという事が行われる。いつも最後に残るのはたいてい小太りののんびりした男の子、これは世界共通かなぁ。
しかしあなどってはいけない。この子が馬を扱っているのを見て、別人の様にきびきびと、誰にも負けないのに嬉しくなったことがあった。

でも女先生ってなんであんなに怖いんだろう。それも世界共通かな。



クリスマス・パーティー

2007年12月24日 | Weblog

とっぷり暮れたBird in hand村に到着。車を止めるとみんな走って家に入って行った。「ふぅ。」まずは一息。

廊下でハンサムな青年とすれ違う。にっこり笑って「ハーイ、マイネイムイズ、マイケル。」おお、若いのに、私の様な変なチャイニーズに人見知りもしないで感じのいいやつだなぁ、と握手。ん?マイケル?ひょっとして十年前に遊んだガキのマイケルかい?バドミントンのラケットを顔にぐるぐる巻きにしてキャッチャーのまねをしてた・・。「あのー、ご兄弟にマシューって名前の人、います?」「いるよ。マシューは僕の弟ですよ。」やっぱし!「マシューも来てるの?」「下の部屋にいるよ。」

階段を降りると、いるいる。二、三百畳はゆうにあろうかと思われる大広間(教会に使う部屋)にエイモスじいさんとリディアンばあさん、その息子娘に孫ひ孫、そして日本人ドライバー夫妻まで入れて総勢六十人は下らない。暖炉のそばには長老達がどっしりと陣取って、反対側のキッチンでは女達がおしゃべりの花盛り。テーブルをセット中の若者達の間をちびたちが歓声をあげて走り回っている。みんな教会やマーサの結婚式で見た顔だ。

男達全員とお決まりの握手をして回ると、この家の主人のジョンに早速用をいいつけられる。
「君たちはまずは配膳係をやりなさい。」
とりあえず働いて、皆に受け入れさせようといういつもの心遣いだ。

賛美歌をひとつ歌い、目を閉じてお祈り。ふいに訪れた静寂に、ガス灯の音と赤ん坊の声と家族の気配、ずらりと並ぶひげ面が壮観。
そして、食べる食べる食べる。オイスタースープ、グレイズド・ハム、サラダ、フルーツ、アップル・パイ、ケーキ、アイスクリーム、ジェロ・・・。 料理を運んで、水をくんで、皿を下げて、「おーい、こっちだ、水をくれぃ。」「クラッカー持って来て。」「コーヒー、コーヒー。」
人使いの荒い連中だ。

食事が終わるとまた歌いまくる。交代で誰かが選んだ曲を皆でコーラスする。 薪がパチパチとはぜる音をバックに、クリスマス・ソングが澄み渡る。暖炉の横で“きよしこの夜”を聞いていると、マーサがにこにこしながらやって来た。「ここで聞いていると気持ちいいでしょう?暖かくて寝ちゃうわね。よかったらこっちに来て一緒に歌っていいのよ。」

ひとしきり歌うと次はプレゼント・コーナー。じいさんばあさんが皆に一人ずつ贈り物を渡して歩く。まるで節分のようにキャンディをまいて、それを小さな子供達が必死で拾い集める。ジョンがやって来て「これは僕からのクリスマス・プレゼントだ。来るって知らなかったから何も用意してなくてね。イマニュエルが君たちを連れて来てくれて嬉しいよ。」と二十ドル札が入った封筒をくれた。

まるで日本の寄せ正月だ。お年玉、おせち、おじさん、おばさん、いとこ。

こんな居心地の良い、温かいところに居てはいけない・・・。

若者達は流行っているらしい“セトラー・ゲーム”に熱中、男の子は納屋でホッケー、大人達は暖炉の前に椅子を持ち寄って「さあ、可笑しい話を聞きましょう。」
一人のおばさんが真ん中に出て来て。「それでね、バンのね、ドアを開けたら、ウッフッフ。そしたらね、イーッヒッヒッ。」話す前から一人で涙を流して笑っている。「ドライバーの顔が、カオがっ、ここにっ、もーダメ!アーッハッハッ。」何だか分からないけどみんな笑っている。

ソファではアレンが赤ん坊にメロメロ。レベッカ母さんが「アレン、食べな!」とキャンディを投げる。長男が結婚して、できた初孫に母親の名前をつけたんだ。さぞ嬉しかろうな。

夜は更けて、じいさんはキャンディの袋を手に椅子でねむり込む。
ばあさんは一人で歩き回って片付け。時々僕に「何時だい?」と聞いては大きな声で時間を言う。「十時半!」「十一時!」

「おやすみ。」「ありがとう、ジョン。」「テンペイ、エンジンかけて車あっためて。」「あなたが運転するの?大丈夫?眠っちゃだめよ。」
馬の白い息、ライトの向こうで手を振るエイモスじいさんの声、ゆっくりとゆっくりと遠ざかって行く馬車のカラカラという音と赤いランプの点滅。

みんなを降ろして午前一時到着。

「あー、助かった。」



雇われドライバー

2007年12月24日 | Weblog

朝四時、イマニュエルを仕事に送って行く。
ラップ家では自宅で額縁を作っている。それを市場に売りに行く。

クリスマス・イブの夜はレベッカ母さんの親族が集まるから一緒に行きましょうと誘われていた。ラップ家から会場までは車で二時間はかかる。「僕の車にも何人か乗れるよ。」と言ったら「大丈夫よ、大きいバンを借りたから、一緒に行きましょうよ。」と言うので、運転しなくていいと喜んでいた。が。

「ところでイマニュエル、今夜のバンは誰が運転するの?」
「君だよ。いやかい?」
「いや・・喜んで・・(やっぱし・・、そんな気がしたんだ。)マーサの結婚式の時に借りたバンかい?(あれはボロだったなぁ。)」
「いや、違う・・。」
「そりゃ良かった。じゃあ後でね。」

昼過ぎ、ジョニーと二人でバンのピックアップに向かう。
とうもろこし畑の美しい丘を巡り走る。刈り跡が連なって光る向こうに赤く塗られた古い納屋が鮮やかだ。

「ここだよ。」
「あっ、そ・・やっぱし、このバンか・・。」
家に入るとでっかい犬に吠えられる。奥のキッチンから声、「こっちに来い、こっちに来い!」犬に言っているのかと思ったら僕に言っているらしい。
入って行くと、これ以上太れないくらい太ったおじさんがテーブルと椅子の間に挟まって、みかんを食べながら昼メロを見ていた。
「大丈夫、噛み付きゃしないから、そこに座りなさい。」
太りすぎて動くのがおっくうらしい。

電話のボタンを押しながら「ちょっと保険会社と話してよ。若いドライバーはいやがるんだよね。で、おまえ、いくつ?」「四十三だけど・・Old enoughかな?」「ひえっ、四十三・・・。」
帽子を取って白髪を見せる。「ほらね。」
「OK、じゃあ白い車を持って行ってよ。オイルチェックしてね。あと空気圧もね。しばらく見てないから。」
「あいよ。」

白い大型のバンはゴミだらけ。床にシャツが落ちている。飲み捨てたコーヒーカップ。エンジンがカラカラ音をたて、ブレーキはキーキー言っている。

帰りにアレンの女房ケイティアンと赤ん坊を、ラップ家でレベッカ母さんと赤ん坊のマリリン、マーカス、リディアンとカミさんを乗せ二時半出発。途中でジュニアの新妻ルーシーをピックアップ。大きい兄貴たちは他の車で来るらしい。

ガソリンスタンドでエンジンオイルをチェックするとゲージがまったくぬれていない。「何これ?オイル入って無いじゃん!」背筋を冷たいものが・・。オイルを買って入れてもなかなかゲージがオイル面に触れない。二本、三本、ガボガボ入れてようやく先っぽがぬれた。

いやだなー、昨日あんな事故の話聞いたばっかりなのに・・・赤ん坊二人に若夫婦に子供達かぁ・・・これでタイヤが取れたら俺は悪党の極みだなー。
冷や汗をかきながらハンドルをにぎりしめる僕の後ろでレベッカがのんきにおしめを替えている。

遠く並んで走る山々にむらさき色の夕日が沈んで行った。