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アメリカは黒人大統領を迎える用意が出来ているか?
黒人の人口比率がわずか3パーセントのアイオワ州、州都のデモインに来た。
ここのところほとんどアイオアに住んでいるような感じだ。
なぜ南部州ではなく、黒人の少ないアイオアで人種差別問題か?
差別する必要すら無い、異人種との接触のない社会では、それだけにそういった関係の扱いに馴れていない。
この州では検挙された黒人が有罪となる確率が全国でも突出して高い。
職場の、学校の、行政の、司法の奥底に、認めることさえ困難な、イノセントで、しかし頑固な差別意識が潜んでいるのではないかと、裁判官や弁護士を集めたワークショップが開かれた。
まず、差別問題を扱った映画“クラッシュ”(ホントに良い映画でしたね)が上映され、登場人物それぞれについてのディスカッションが行われる。
その会話を通して、自分では差別などとは対極にあるつもりの、知性と倫理感にあふれた誇り高き職業人たちの心のヒダの奥に隠れた無意識の差別が指摘されて行き、参加者たちはしぶしぶそれを認めることになる。
「ああ・・なるほど、そう言われれば私もまた差別していたのかなぁ・・。」
そこまでは良いのだが、そこから黒人の司会者が“それ見たことか”とやっつけに走ってしまっては・・台無しじゃあないか、と思ってしまう。
それじゃあ、被差別者の逆差別じゃあないか。
どちらが悪いと言っている間は、何も良い方向には向かわない。
ぐっとこらえて、そこを超え、その先に進めないものか?
黒人も白人も原爆も拉致もパレスチナも・・・何もかも。
イスラエルによる攻撃で医療関係者が多数死亡したり救急車が破壊されたり、医療品・医療器具等の不足など、ガザの医療活動が深刻なダメージを受けようと、人道支援物資を運搬中の国連の車列がイスラエルの攻撃を受けようと、アメリカはイスラエルの側に立ちイスラエルの攻撃を容認するのだろうか。
これまでの歴史があるにしても、アメリカ人の反戦活動家のレイチェル・コリーも最後まで訴え続けたんだろうな。
新しいリーダーはどう舵取りをして行くんだろう。
ガザの惨状に関して、「自分はまだ大統領ではないから」と黙り込むのも、人の命よりもケチな儀礼の方が大事だと言うのか?と、彼に期待する支持者たちをがっかりさせていることでしょう。
“チェンジ”と盛り上がってはいてもまだ彼は何もしていません。これから、私たちは新しい権力者の真意を知る事になります。
多くの死者、とりわけ停戦とは名ばかりで今も散発的に続いている戦闘で子供たちの犠牲が増え続けているというパレスチナ自治区ガザへの攻撃を批判することなく、「人を焼き尽くす兵器」とも言われる白リン弾を市街地で使用したとされるイスラエルを支持する姿勢を鮮明にした新しいリーダー。
彼もまた、自国アメリカを世界の警察と自認し、「テロリストの側に加担するのか、それともアメリカの側につくのか」二者択一の「踏み絵」を有無を言わさず世界に突き付けて、同盟国を超大国側の目で選別していくのだろうか。
お祭りは終わって現実の世界で始動した新政権。彼の姿が、もしかしたらあるべきリーダーの姿なのかな。