岩切天平の甍

親愛なる友へ

ケイティばあちゃん

2007年12月29日 | Weblog

 朝五時、寝袋の中で、上の階で働くレベッカの停まらない足音を聞く。

ひらりときらめくように、生涯で最も早かった一週間が過ぎた。
ラップ家は早朝からレベッカの家族に会いにでかける。
僕らは二人ミント・ティーを飲んで、誰もいない家を後にした。

ラップ家からニューヨークへの帰り道には、必ずランカスターに寄る。
初めてアーミッシュを訪ねた時泊まったベッドアンドブレックファースト(もう宿屋はやめてしまったけど)のオーナー、リー(彼がラップ家を紹介してくれた)と奥さんのサンディに会いたいし、レベッカの実家に寄って、エイモスじいさんのブルーに透き通った目も見て行きたい。

日が暮れる。赤く温かい落陽の名残が紫色にゆっくりと冷めて行くペンシルバニア。はるか遠くまでゆるく波打ちながら広がる農地に黒いサイロのシルエットが息をひそめている。ここはあまりにも美しくて、うっとりと震える。

たいていサンディとリーが仕事から帰っていないから、離れに住んでいるケイティばあちゃんのところに上がり込んで、テーブルを囲んでゲームをする。
僕はチェッカーのやり方をばあちゃんから習った。
「オー、マイ!何でそんな手を打ったのさ?」

ケイティばあちゃんはキルトの名人。一時間に八百から千ステッチも縫える。ひと針ひと針ちゃんと通ったか確かめるから、左手の人差し指と中指は針先で固く黒くなっている。

秋になると裏庭に落ちる黒クルミを拾って殻を剥き、瓶詰めにして料理に使ったり、人にあげたりしていた。「もったいないからね。」

子供と孫、ひ孫で百人を超える。九十三歳の元アーミッシュ、夫婦で教会を抜けた理由はあまり話したがらない。アーミッシュをやめる人は珍しく無く。イマニュエルやレベッカの兄弟にもいる。多くは宗教的な信条の違いがその理由で、やめて車や電気を使っても、やはり質素な暮らしをしている人が多い。

ある日台所でサンディとパイを食べていたら、ばあちゃんがやって来て、買って来てもらった電球代を払うと言う。「いいわよ、そんなの。」「よくない。いくらだ!」「じゃあ一ドル。」「あたしゃ、一ドル以上することぐらい知ってるよ。」五ドル札を置く。「こんなにいらないわよ。」「じゃあいくらだ?」「二ドル。」「お釣りをよこせ。」
笑っているとサンディが“携帯電話事件”について話してくれた。

ばあちゃんのところにセールスの電話がかかって来て携帯電話をただでくれると言う。じゃあ貰おうと送ってもらったが、結局使わないから返した。
それからただだと思っていたのに毎月四十ドルの請求が来る。
ばあちゃんは「彼らに言いなさい、絶対に払わないって。ジェイルに入れたきゃ入れたらいい、逮捕しろー!」と騒ぐ。サンディが「九十歳なのよ、分かるわけないじゃない。」とねじ込んで、何とかキャンセルしてもらった。

そのケイティばあちゃんが今月亡くなった。
サンディに「亡くなる前に、何か言い残したの?」と訊くと。

I said "Thank you for raising such a wonderful son." and
she said "I just did part of it...you are doing the rest."

「私が『こんなにすばらしい息子さんを育ててくれてありがとう。』って言ったら、あのひとは『私はただその一部をやっただけ、残りはあなたがやるのよ。』って。」

さよなら、大好きなケイティばあちゃん。