岩切天平の甍

親愛なる友へ

牛小屋

2007年12月28日 | Weblog

毎週金曜日は市場で額縁を売る。

「家を売ったの、悲しいかい?」
市場に向かう車の中でイマニュエルが訊いた。
答えあぐねていると、
「べつに、か。」
「うーん、そうだね。だけど、牛小屋があんなふうになっているのを見るのは少し淋しいな。」

牛小屋も僕らが建てた。
火事で焼けた鉄パイプを安く買って来て、溶接機を借りて来て骨組みを組んだ。鉄骨のすすを磨いていると、その年初めての雪が降り始め、一緒に働いていたメルビンは手を止め、僕を見て「Snow.」と言った。

圧縮空気を使った搾乳機も有り合わせの部品を使って組み上げた。
「あれには驚いたよ。図面も書かずにさ、『ここからこうパイプを這わして、このあたりにバルブをつけて・・、と。』って、部品の大きさが合わないって何度も道具屋に行かされたよね。」

朝五時に起きて、手が届きそうな天の川の下で牧場に放された牛を小屋に追い込む。夜が明けて来ると、霧の中に牛と子供達のシルエットが浮かびあがり、「ほーい、ほーい。」と言う声が僕に幻想を見ているんじゃないんだと思い出させた。そして餌をやってミルキング、また牛を放して掃除する。
男の子は自分より大きなカートを押し、重いミルクのバケツを運ぶ。寒い日には横になった牛の上に寝転んで、「ほら、ここんところがあったかいんだよ。」と牛の脇の下に手をつっこんで見せた。

それからイマニュエルとバーモントにチーズの作り方を習いにでかけて、道具を揃え、絞ったミルクでチーズを作った。

牛を売ってしまってから、子供達も僕も仕事が無くなってしまい、あまり早起きをしなくなった。小屋を覗くと物置になっていて、取り払われた機械の跡にホコリが溜まっていた。
「また牛を飼いなよ。自分ちのミルク用だけでもさ。動物の世話をするのが子供達には一番だよ。」

市場は広い敷地に建てられた細長い平屋の倉庫のような建物の中にぐるりと回した通路の両側に、ショッピング・モールのようにありとあらゆる店が並んでいる。肉屋、八百屋、パン屋、道具屋、家具屋、服屋、菓子屋、玩具屋、古物商、ビデオ屋・・・。アーミッシュがやっている店があればそうでない普通の白人、中国人がやっている店もある。奥には常設のオークション会場があって、客はたいてい地元の白人、それに交じって二割くらいのアーミッシュと二人の日本人。

イマニュエルはオークションで冷蔵庫を買った。
新しい家を建てるまで住む借家がアーミッシュの家でないから、
電気式の冷蔵庫が必要なのだ。
彼らは天然ガスで動く冷蔵庫を使う。
電気は外の世界との繋がりを広げ、家族の崩壊につながるから使わない。