岩切天平の甍

親愛なる友へ

聖夜

2007年12月25日 | Weblog

クリスマス。今夜は友達三家族がやって来る。
「どうやってその三組を選んだの?」
「別に俺が呼んだんじゃないんだよ。留守電に『クリスマスに行くから。』ってメッセージが残ってたんだ。」

アーミッシュは基本的に電話を使ってはいけない。ある時、火事があって、連絡が遅れたために死者が出て以来、緊急用に家から離して電話ボックスを置くようになった。それがどの家でも年々母屋に近づいて来て、ラップ家では今、納屋の裏にくっついて建っている。ある日、台所で電話が鳴っているので驚いたら、コードレスホンの子機が転がっていた。親機は納屋の裏だけど・・・。

大ラッシュで家の掃除。「マーカス、お部屋を片付けなさい!」「いいよ。」「良くないわよ、お友達とどこで話すのよ?」「外で。」

窓の外にカラカラと馬車の音。「来たよ!」
エイモスとリンダ・ストルツフス夫妻、ベンとリンダ・キング夫妻、デイビッドとナヨミ・スマッカー夫妻とそれぞれの子供達、ラップ家と我々で総勢二十二人。女の子は部屋にこもって、男の子は地下室でピンポン。大人達はリビングで輪になっておしゃべりを始める。

仲間とニューヨークへ行った時の話。初めての地下鉄、行き先を知っている二人が乗ったところで電車のドアが閉まってしまった。あわてて駅員の所に走ったら「大丈夫、大丈夫、すぐにまた来るから。」確か七十何丁目とか言っていたなと、そこで降りるとホームの向こう側できょろきょろしている仲間を見つけた。「それで抱き合って涙を流したんでしょう。」と言って大笑い。「そこにテレビのレポーターがやって来て、『一日ついて回って撮影してもいいか?』って訊くから、電車に乗るだけでこの有様なのに冗談じゃないって断ったよ。」

エイモスはタマネギ加工工場を経営していて、息子には花屋をやらせているビジネスマンだ。
「今はね、レッド・ラズベリーがいいよ。オイルが高いから、ヒーティングの無い、ただ収穫期を延ばすだけのビニール・ハウスを使ってね。あれが今二番目に儲かるかな、ミルクが一番。あとは、今やるんだったら、ベッド&ブレックファーストかな、誰かやるんだったら資金は出すけどね。」
「あたしゃごめんだね。」とベンの女房のリンダ。
「あのランカスターの観光客がいやでこんな山奥に引っ越したのにさ。」「そうそう、アーミッシュ・ツアー、アーミッシュ・バーン、アーミッシュ何々、アーミッシュ誰それ。」「あたしのいとこが道の横の畑で働いていたらね、そこに観光バスが停まってガイドが喋ってるのが聞こえるんだって。『みなさん、ご覧のようにアーミッシュガールが何々の収穫をしています・・・。』失せやがれ!だよね。」「私たちはもっとプライベートでいるべきよ。あんたがやりたかったら私は構わないけどね。」
エイモス、肩をすくめる。

九時、テーブルに移ってそれぞれ持参した賛美歌の本を広げる。
今夜のリードはリンダ・キング。デイビッドのテナーがたまらない。お茶とスナックをつまみながら延々と歌いまくること二時間。レベッカとカミさんが夜食の準備にピーカン・パイを切り、海老フライを揚げ始める。
「リンダはシーフードが嫌いなんだって?」
「そうよ。何で人によって好き嫌いってあるのかしらね。」
「育った環境とか習慣とか、親の好みとかじゃない?」
「でも私、兄弟の中で一人だけシーフードが嫌いなのよ。メロンも嫌い。」
「ちゃんと熟れてから食べてる?」
「知ってるわよそれくらい。」
「キュウリは?」
「生はあんまり。」
「スイカは?」
「大好き!」
「・・・・。」

隣に住むデイビッドはでっかい体にライオン丸のような顔が乗っかって、まるで絵本から出て来たカブキがアーミッシュの服を着て歩いているようなおっさんだ。生真面目な勤め人で、いつも眉間にしわを寄せている。二年前に彼の娘の結婚式に出席した。
「あの晩、俺に『今日は悲しいんだろう。』って言ったけど、何でそう言ったの?俺は嬉しくてたまらなかったのにさ。」「日本の父親って、娘が嫁に行くと淋しがったりするんだよ。ヘンだけどね。それにデイビッド、いつも悲しそうな顔してるじゃない。」

笑っているうちに突然デイビッドが思い詰めたような顔をして言った。
「俺の今の問題は・・・職場でけっこういい給料をもらっているんだけど、
俺はそれに見合うだけの仕事をしていないんだ。十分働いていないんだよ・・・。」

沈黙。

エイモスが睨みつけて、絞り出すように答える。
「デイビッド!おまえ、まかり間違っても“自分は価値がない人間だ”なんて考えるんじゃないよ。」

それはそれで終わって、すぐにまたくだらない世間話に笑顔が戻った。
僕は確かに今回の訪問の最高の場面を見たんだと、ひそかに気持ちを震わせていた。

イマニュエルがデイビッドに「フットマッサージをしてやるよ、ここに座んな。」とブーツを脱がせる。「おー、気持ちいい。」
エイモスがひそひそ声で、「カメラ持ってこいよ。」「えーっ、本気?」「かまやしないよ。」
「テンペイ、ここに来なさい、オマエもやってやるよ。」とデイビッド。くすぐったい。「痛くないの?あー!こいつ蹴りやがった!覚えてろよ。」

午前一時、お開き。「じゃあ九時に朝飯でどう?」「そんなに寝て大丈夫かなあ、寝過ぎだよ。」
ダンとリンダは二階に、エイモスとリンダは隣のデイビッドの家に泊まる。
「夕べより冷えたね。」
「晴れたからね。」
「おやすみ。」

カシオペア、オリオン、満月のつきあかり。




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