百醜千拙草

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ビタミンよりスタチン

2008-11-11 | 研究
先週のビッグニュースとして、アメリカでは第三位の抗コレステロール薬、Crestorを販売しているAstra Zenecaが出資した臨床試験の驚くべき結果がありました。
 今年のラスカー賞となった遠藤博士の、HMG CoA reductase阻害剤の発見をきっかけに近年、コレステロール治療は大きな変化をとげました。二十年前の発売以来、Crestorを含む一連のStatinと総括される抗コレステロール薬の臨床応用による治療効果、経済効果は測り知れません。今回は、27の国から17,000人以上の対象者を集め、Jupiterというコードネームで施行されたStatinの大規模臨床試験が、予定の5年を待たずして終了したというニュースが先週末に発表されました。普通、臨床試験が早く終わってしまう場合は、予想外の副作用が頻発したとかいう悪い結果によることが多いわけですが、今回のは逆で、余りに効果が優れていたので、5年もやる必要がなかったというのが理由です。
 コレステロールが本当に動脈硬化の主原因なのかという批判は常にありました。状況的な証拠からはコレステロールと動脈硬化の相関は認められてはいましたが、動脈硬化病変の観察などから、物事はそう単純なものではないというのが人々の考えでした。近年、こうした成人病の進行に「炎症」が深く関わっているという知見が明らかとなってきており、動脈硬化の進行には炎症の抑制が重要なのではないかと考えられるようになってきました。今回のJupiterでは、非特異的なマーカーであるCRP値(hs-CRP: high sensitive CRP)は高いが、コレステロール値が正常の対象者群にプラセボとスタチンを処方し、心血管病変および死亡率を検討しています。結果、スタチン処方群では心血管病変のリスクは44%低下、死亡率も21%低下しました。つまり、コレステロールが正常でも炎症所見があれば、スタチンの治療は大変有意義であるということを示しているということです。今回のJupiterの結果は、動脈硬化治療の方針を革命的に変える可能性があると思います。経営的にも大ヒットが欲しいAstra Zenecaにとっては、非常に大きなニュースであろうと思います。勿論、スタチン治療による長期的な影響については、これからもっと研究が必要で、将来的に、「hs-CRPの高い人は皆、スタチンを飲むべきである」というコンセンサスに至るかどうかは、長期研究の結果に依存するであろうとは思われます。
 数年前、女性ホルモン薬、プレマリンを創っていたWeythが大規模リストラを行ったことがありました。数年前まで、閉経後の女性ホルモン補充療法は、骨粗鬆症を予防し、動脈硬化を抑制するために、推奨されていた治療でした。一方で女性ホルモンは乳癌や子宮がんの発生を促進するということは以前から懸念されていたことで、総合的にみて、女性ホルモン補充療法が万人にとってよいのかどうかという問題がありました。その結論は、結局、数年前の研究で、女性ホルモン補充によって、癌などによって、死亡リスクが高まることが明らかとなって決定し、その論文を受けて、瞬時にして、女性ホルモン補充療法は、スタンダードの治療から、むしろすべきでない治療とガイドラインが変更され、プレマリンを製造していたWeythは大きな打撃を受けたのでした。日本では、閉経し、背骨が曲がって、髪の毛が白くなるというのは、自然の老化のプロセスだという考えもあり、また、がんに対する拒否反応もあって、女性ホルモン補充療法は普及しませんでした。自分の体も含む「自然のプロセス」に積極的にinterventionを加えて、都合の良いように変えていこういう、西洋の考え方には功罪あると思います。結局、人間はいつか死んでいくわけで、成人病のコントロールというのは、最後の旅立ちの日に向けて、どのようにスムーズに舵を取っていくかという治療であるべきなのではないかという観点からみると、仮に心臓病や骨粗鬆症が予防できて、それによる死亡が減ったところで、いずれは別の病気による死亡率は相対的に上がる訳で、結局、これは勝ち目のない戦いではないかと思います。世間には、長生きしたいという人もあれば、早く死にたいと思う人もあり、心臓病で死にたいと思う人もあれば、老衰して肺炎で死ぬほうがよいと思う人もいるわで、成人病とどうつきあっていくかというのも、個人の価値観にしたがって、個別のやり方があるべきであろうと私は思います。
 スタチンが長期的に、どのような評価を受けるかは、今後を見守るしかありません。しかし、コレステロール値が高くない人でもスタチンを飲むことで効果があるということは、人間の体というものは、現代のライフスタイルに最適の状態にまで進化しているわけではなさそうであると考えさせられます(適者生存の進化論的観点から見れば)。ちょっと例えが適切ではないですが、スタチンがコレステロールを下げるだけの働きしかないとしたら、コレステロールが高くなくても抗コレステロール薬を飲むのがよいというようになると、胃がんができるまえに予防的に胃を摘出しましょう、みたいな妙なロジックへと発展しないかと不安になったりします。もちろん、胃や虫垂を予防的に摘出するかどうかという判断は、ガイドラインではなく個人が決めるべきことだと思います。
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