百醜千拙草

何とかやっています

発見のメカニズム

2009-12-18 | 研究
先日、遺伝学がらみの半日シンポジウムがあることを当日の朝に気がつきました。演者を見てみると、前から話を聞きたいと思っていた大物が二人も名を連ねているのに気がついて、急遽、午後の予定をキャンセルして行きました。その研究ビルは数年前に新築されていて、何度も行ったことはありましたが、講堂に立ち入るのは初めてでした。生憎の交通渋滞で、着いた時にはちょうど、最初の演者が話始めたところで、講堂はほぼ満員だったのですけど、例によって演者席のすぐ後ろに空席があったので、こそこそと、そのかぶりつきの席までいって座り込みました。ふと、左右をみると、NatureとScienceに毎年二本ずつ論文を出しているあの人とか、ScienceとCellの常連のこの人とかの顔が見えます。最初の演者の人は、お目当てのうちの一人ですが、20年ぐらい前からの老化の研究で有名になった人で、ある蛋白修飾酵素を研究しています。有名人なので、仕事の内容や顔ぐらいは雑誌で知っていましたが、実際に話を聞くのは初めてです。その蛋白修飾酵素の活性を上げると、アルツハイマーが良くなったり、パーキンソンが良くなったり、内分泌機能がよくなったりする、という殆どS先生の「ミラクルエンザイム」みたいなちょっと怪しさの漂う話でした。骨粗鬆症や癌にも効くそうです。確かにデータはそうなのですけど、実験科学的興味という点ではイマイチでした。この方は既に老化ビジネスにも関与されているせいか、プレゼンテーションが、何となく、はったり臭いところがあるのもちょっと戴けません。乏しい経験から思うのですけど、スライドの文字が多色のパステルカラーでやたら大きいフォントを使う人の話は要注意だと思います。
 そのあと続いて女子学生さんの発表が二つ。私よりもはるかに話し方がうまいです。聞き手の反応を見ながらしゃべり方を微調節しているのがわかります。大したものです。一人の人はバクテリアでのシステイン残基の酸化が、従来わかっていた経路の他に、ビタミンKを活性化する分子によっても行われるということを発見しました。この話に私は感心しました。この子の場合は、バクテリアならきっとどんな種でも同様の方法でシステイン残基の酸化が行われるはずだ、という普通の人なら無批判で受け取るであろう「常識」をあえて疑ったところに、発見の種がありました。成功する研究者というのは、まず自分の足下を微細な観察眼で深く凝視して、誰もがうっかり見過ごすような小さな穴を見つけるものです。彼女のこの発見からワーファリンを使って結核を治療するというような話へ展開していこうとしています。
 その後の一人のシニアの演者は、ある種の細胞では、局所的に遺伝子が何倍にも増幅されているという話をしました。この増幅は、細胞周期の一回の進行の間に「DNAの複製は一回だけおこり、非増殖期の細胞ではDNA複製は起こらない(はずだ)」という常識を疑うことで発見されました。つまり、ゲノム上に多数ある複製起点(Replication origin) の一部で、細胞周期と独立して、発火がおこることで、複製起点を中心に、複製回数に応じて、タマネギ状にふくらんだ異常なクロマチン構造を持つ細胞ができるというわけです。(こういう細胞はもちろん、それ以上増殖できないので、最終分化した細胞に限られるようです)私はこういう現象があることも知りませんでしたし、こういうことが生理的に起こっているということにショックをうけました。生命の神秘を感じさせられます。
 そして最後の演者で、もう一人のお目当ての人は、私も研究対象にしているsmall RNAの第一人者です。演者の紹介で初めて知ったのですが、この方も前のDNA複製の方も、今年ノーベル賞を受賞したJack Szostakの研究室の出身なのだそうです。昔の研究の世界は狭かったのでしょうね。このsmall RNAの発見は複数のグループから異なった手法で独立してなされたのですけど、そのパイオニアとなった人々はお互いに研究上の交流は殆どなかったものの、皆、この半径5キロぐらいの地域で、間接的に誰かを通じて繋がっているのです。不思議です。
 この人の顔は雑誌の写真とかで知っていましたが、写真ではスーツを着て眼鏡なしだったせいか、初めて見た実物は随分印象が違いました。70年代ファッション、細身のノープリーツのチノパン、格子柄のシャツ、で中途半端に長い髪の毛を8/2ぐらいで分けて銀縁眼鏡、おまけにアディダスの黒のスニーカーという、Nerdyな出で立ちで登場しました。話も先の女子学生ほどの滑らかさはなく、オタクっぽく細部にこだわるので、ちょっとギクシャクしたものでした。しかし、私は、彼の実験科学者としての態度に好感を持ちました。彼の話もまた、「microRNAは遺伝子の翻訳を抑制する」という数年来のドグマを疑ってみるところから意外な発見があり、また、「出芽酵母にはRNAiはない」という常識を疑ってみるところに発見がありました。
 久々に刺激的な話をいろいろ聞けて、楽しかったです。Take-home-lessonは、「自分の立っている場所を疑ってみることが、発見につながる」ということでしょうか。燈台もと暗しとも言いますね。
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1 コメント

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盛り上がりすぎ(ミ ̄エ ̄ミ) (ユーキ♂)
2009-12-21 00:54:06

まだ始めてから2ヶ月だけど毎日入れ食いですぞ(笑)



一週間の時点で既に20人相手して100万ゲットしてたもんねヾ(・ε・。)
てゆーかコレ、どー考えても女増えすぎで男足りてないんすけどぉぉおw( ̄▽ ̄;)w
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