百醜千拙草

何とかやっています

大発見か大失態か

2010-12-24 | 研究
今月初め、リンの代わりにヒ素を使って生きるという生物がNASAからのfundingを受けた研究者によって発見されたというニュースが大々的なプレスカンファレンスで発表され、日本の新聞にも載りました。これが本当であれば、長年の常識を覆す大発見であり、にわかに信じ難いと私は思い、12-7のこのブログにもそう書いたのですが、「信じ難い」と思ったのは、当然ながら私だけではなく、世界中でそう思った人がいたようです。12-16号のNatureのEditorialでは、このことが取り上げられていました。インターネットで多くの研究者がこの発見に対して疑義を表していて、一例としてこのEditorialで上げられているのは、カナダの微生物学者、Rosie Redfieldがブログに書いたがかなり詳細な批判的レビューです( go.nature.com/ddesjw )。他にも多くの寄せられた批判に対して、この微生物を発見したNASAの研究者(Felisa Wolfe-Simon)は、自身のブログ( http://www.ironlisa.com/)で回答してはいるのですが、Redfieldはその回答に対してさらに批判を加えています (http://rrresearch.blogspot.com/2010/12/text.html)。批判は主に解析方法やデータ解釈の欠陥の可能性についてですが、微生物は素人の私が読んでもなかなか説得力があります。この「大発見」は科学的に余り厳密でなかったために誤った結論を導いてしまった可能性の方が高いと私は感じざるを得ませんでした。

「flimflam(ペテン)」という英単語を、このDr.Redfieldの批判記事の中で私は学んだわけですが、いくらブログでの批判記事とは言え、こういう言葉を使うと、論文内容の批判というよりは、個人的な攻撃に聞こえます。これはよくないのではないかと思います。事実、この論文の著者の研究姿勢、研究者としての資質を批判しており、それはちょっと行き過ぎでしょう。(仮にこの人が本当に経験の浅いsloppyな研究者であることが本当であったとしても、証拠なしに批判することは控えるべきだと思います)

NatureのEditorialの記事では、この論文の著者が、「peer reviewを経て、発表された論文に対して、blogなどの場で批判するのは不公平だ」と態度を硬化させているとあります。私は、これに関しては、研究者は疑いをもたれたら速やかに疑いを晴らす義務があると考えていますから、peer-reviewを盾に、批判への誠実な対応を怠ることは許されるべきではないと思っております。またpeer-reviewは、あくまで研究者が良心的に研究を行い、論文にはウソは書いておらず、その結論に責任を持つという前提で行われていますので、peer-reviewでは、意図的または非意図的な誤りは殆どピックアップできません。いくらレビューアが論文のデータなり結論が「ウソ」だろうと思っても、正当な根拠なく、「ウソっぽくて信じられない」と言いがかりをつけるわけにはいきません。ですので、Peer-reviewを盾にとって、果たすべき説明責任を果たさないというのは詭弁であると思います。実際、Natureも、研究内容の正式な発表の前に大々的にプレスリリースをしておきながら、批判に対してはreviewを通っていないからダメという態度は矛盾だと言っています。しかし、一方、Dr.Redfieldの批判は研究内容を越えて、研究者自身の攻撃にまで及んでいますから、批判を受けた方も感情的になるのはやむを得ないかな、とも思います。

私の属する学会でも、信用できないデータを一流雑誌に連発してきた評判の悪い人がいて、今年の学会では、その人とそのデータを追試して再現できなかった人を壇上で戦わせるという趣味の悪い催しがありました。私は今年は学会に行かなかったのでまた聞きですが、その再現できないデータを出した責任著者も筆頭著者も壇上に現れず、共著者が代わりに出てきて、自分たちのデータに問題はないと言い張り、「peer-reviewを受けていないデータを使って、peer-reviewを通って雑誌に載った自分たちのデータを批判するのは不公平だ」と言ったという話を聞きました。私に言わせれば、peer-reviewであろうとなかろうと、怪しいデータで世間をお騒がせして疑いをもたれたのだから、きっちり申し開きをするのが真っ当な研究者というものであって、逆切れするのは筋違いです。今回のNatureのEditorialを読んで、この学会での話を思いだしました。

私の感想では、Dr.Redfiledの反論は、科学的に説得力のあるもので、この「リンの代わりにヒ素を使って生きる細菌」の大発見は、多分、実験手法の問題によるデータの解釈間違いだろうと思います。このような大発見でありながら、論文を発表した研究者の研究手法は十分注意深いとは言えません。ビッグ ストーリーの可能性が見えはじめた時に妄想が眼を曇らせてしまい、自分に都合の良いデータや解釈しか眼に入らなくなってしまったのかも知れません。そんな時に、一歩下がって、自分自身を客観的に批判的に見れるかどうかが研究者の資質というものでしょう。この研究者は写真入りでNASAやメディアに登場して、発見の宣伝をしたのですから、しばらく前の韓国のステムセル研究者や日本のRNA研究者のように、確信犯ではないと思いますが。

また、この一連の事件の初期の動きは下のブログに詳しいです。
http://blogs.discovermagazine.com/notrocketscience/2010/12/10/arsenic-bacteria-a-post-mortem-a-review-and-some-navel-gazing/
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1 コメント

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Unknown (インターネットマーケティングの戦略を研究)
2010-12-24 00:18:20
いつもブログを見るのを楽しみにしています☆これからも楽しく読ませて頂きますね(*^_^*)
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