GeneChipを代表とするマイクロアレイを使った包括的遺伝子発現解析、やゲノム解析は、現在の分子生物学、分子遺伝学を始めとする種々の研究分野で、ルーティンといって良いぐらいの研究技術となりましたが、その歴史はたかだか十年ちょっとです。今では、短い合成オリゴDNAプローブを使うAffymetrix GeneChipが、少なくとも遺伝子発現アレイにおいては市場を圧倒していますが、つい数年前まで、遺伝子発現アレイはおおまかにオリゴ式とcDNA式が共存していました。マイクロアレイ技術の最初の出版は、多分、1995年のScienceで、96のプローブで二色の蛍光ラベルしたサンプルを同時定量をしたというStanford大のPat Brownのグループの論文ではないかと思います。この論文ではPat BrownらはオリゴではなくcDNAを使用しています。その後、Affymetrixの圧倒的な技術力の進歩により、cDNAアレイはあっという間に淘汰されてしまいました。当初の96プローブと、現在のChip一枚に約4万種の遺伝子配列、各種について22のプローブが乗っているAffyのゲノムアレイを比べると、その技術の進歩に恐れ入るばかりです。
ところで、そのマイクロアレイの元祖ともいえるPat Brownを設立メンバーの一人として始まったハイインパクト生物学雑誌がPLoS (Public Library of Science)です。2002年の発刊当時、無料アクセスを謳うコンセプトが賛否両論、喧々諤々たる議論を巻き起こしました。従来の出版のビジネスモデルは購読者から料金をとり出版活動の運営にあてるわけですが、PLoSでは著者から掲載料を取ることで運営していくという方針です。多くの研究は国民の税金でまかなわれているのだから、その成果に国民は無料でアクセスできるべきだという主張が根拠としてあるのです。私は、その筋の研究者でなければ無料で論文にアクセスできたところで論文は無用の長物であろうと思いますし、研究者であればその所属機関を通じて商業誌にアクセスできるので、論文を無料公開することが実質的に社会や国民にプラスになるかどうかという点においては否定的に思っています。しかし、「税金で行った研究成果には無料でアクセスできるべきだ」という筋を通す、つまりpolitically correctであること、を優先すれば論文へは当然無料アクセスできなければならないということになるでしょう。現にアメリカでは、税金で行った研究の論文は、発表後1年以内に公的な論文のリポジトリであるPubMed Centralに論文を提出することが、今年の4月から義務づけられました。その画期的なオープンアクセスモデルを提唱したPLoSでは、掲載論文には数千ドルの掲載料を取り、採択率1割程度で高品質の論文を載せることを目標とするというコンセプトでスタートしました。その程度の収入でも、雑誌のフロントページの省略などで経費を抑えチャリティーで資金を調達することで、トントンでやっていけるという見通しでした。これには楽観的過ぎるという批判が当初からあって、実際、最初の2年の公的な補助があった期間は金銭的にポジティブバランスでしたが、それが切れてから一気にマイナスに転じ、その将来が危ぶまれました。2年程前からその経済状況が多少よくなってきているようで、その様子が7/3号のNature誌にレポートされています。PLoSはハイインパクトの論文のみを出版するというコンセプトがまず最初にあった雑誌で、事実PLoS BiologyはCellの姉妹紙なみのインパクトファクターがあります。しかしPLoSがここ数年、出版雑誌種を拡げて姉妹紙を作ってきたのには、どうやらPLoS Biology一本ではやっていけないという台所事情があったようです。当然ながら掲載者から料金をとるというシステムのPLoSの経済状況を良くするのには掲載論文数の増加が必要なのですが、そうそうハイインパクトな論文が沢山集まるわけがありません。近年のPLoSへの論文数の増加とそれに伴う経済的な改善は、どうもPLoS Oneという新しい姉妹雑誌への掲載論文の増加によるもののようです。この雑誌は、論文の意義とかインパクトは余り考慮されず、科学的研究手法と結果の解釈に誤りがないことが一人のレビューアに確認されれば、アクセプトされるという雑誌です。つまりレビュープロセスが大変甘い雑誌なのです。このNatureのレポートでは、JCIのディレクターのJohn Hawleyは、PLoS Oneは論文掲載数が多過ぎることと論文の質を判断しにくいことから、この雑誌は結局、「ゴミ捨て場」となってしまうであろうと述べています。ハイインパクト論文を売りにしていたPLoSは生き残るために、結果として低品質論文を出版することになる雑誌をその姉妹紙として発刊していく必要にかられたという皮肉でしょうか。ちなみに、同レポートではイギリスのオープンアクセス出版社BioMed Central (BMC)にも言及してあって、BMCが出版する数々のオンライン二流雑誌によってBMCは約20億円の歳入があり、十分ビジネスとして利益を出しているとあります。オープンアクセスとなれば、お客さんは読者ではなく、著者になるわけで、ビジネスとしてはお客さんである著者がより喜ぶサービスを提供することが成功の条件であるのは当然です。著者側には、低品質でもとにかく論文を出版したいという需要が多くあるわけで、高い理想を掲げて出発したPLoSもその顧客ニーズに迎合することなしにはやっていけないという現実に当たり、その妥協がPLoS Oneであったということなのかも知れません。もちろんPLoS側は、PLoS Oneの存在意義を「お金を集めるためにやむなく作ったゴミ捨て場」であるとは言いません。むしろ、レビュープロセスを簡略化し、早く論文を一般読者に提供して、積極的に読者からのフィードバックを得ていくことで、論文の評価を決定していくという画期的な雑誌であると謳っています。しかし、もちろん読者はそれほどヒマではないですから、そのような読者参加型のコンセプトはうまく機能してはいないようです。現時点では、PLoSの名前がついているからという理由でPLoS Oneに投稿する著者も多いでしょうが、長期的にゴミ捨て場であるという認識が広がれば、同じゴミを捨てるなら無料の商業誌に投稿しようという著者が増えるであろうと思われますし、そうなるとPLoSの経営は再び苦しくなってしまうでしょう。
さて、前途多難なPLoSの将来はどうなるのでしょうか。
ところで、そのマイクロアレイの元祖ともいえるPat Brownを設立メンバーの一人として始まったハイインパクト生物学雑誌がPLoS (Public Library of Science)です。2002年の発刊当時、無料アクセスを謳うコンセプトが賛否両論、喧々諤々たる議論を巻き起こしました。従来の出版のビジネスモデルは購読者から料金をとり出版活動の運営にあてるわけですが、PLoSでは著者から掲載料を取ることで運営していくという方針です。多くの研究は国民の税金でまかなわれているのだから、その成果に国民は無料でアクセスできるべきだという主張が根拠としてあるのです。私は、その筋の研究者でなければ無料で論文にアクセスできたところで論文は無用の長物であろうと思いますし、研究者であればその所属機関を通じて商業誌にアクセスできるので、論文を無料公開することが実質的に社会や国民にプラスになるかどうかという点においては否定的に思っています。しかし、「税金で行った研究成果には無料でアクセスできるべきだ」という筋を通す、つまりpolitically correctであること、を優先すれば論文へは当然無料アクセスできなければならないということになるでしょう。現にアメリカでは、税金で行った研究の論文は、発表後1年以内に公的な論文のリポジトリであるPubMed Centralに論文を提出することが、今年の4月から義務づけられました。その画期的なオープンアクセスモデルを提唱したPLoSでは、掲載論文には数千ドルの掲載料を取り、採択率1割程度で高品質の論文を載せることを目標とするというコンセプトでスタートしました。その程度の収入でも、雑誌のフロントページの省略などで経費を抑えチャリティーで資金を調達することで、トントンでやっていけるという見通しでした。これには楽観的過ぎるという批判が当初からあって、実際、最初の2年の公的な補助があった期間は金銭的にポジティブバランスでしたが、それが切れてから一気にマイナスに転じ、その将来が危ぶまれました。2年程前からその経済状況が多少よくなってきているようで、その様子が7/3号のNature誌にレポートされています。PLoSはハイインパクトの論文のみを出版するというコンセプトがまず最初にあった雑誌で、事実PLoS BiologyはCellの姉妹紙なみのインパクトファクターがあります。しかしPLoSがここ数年、出版雑誌種を拡げて姉妹紙を作ってきたのには、どうやらPLoS Biology一本ではやっていけないという台所事情があったようです。当然ながら掲載者から料金をとるというシステムのPLoSの経済状況を良くするのには掲載論文数の増加が必要なのですが、そうそうハイインパクトな論文が沢山集まるわけがありません。近年のPLoSへの論文数の増加とそれに伴う経済的な改善は、どうもPLoS Oneという新しい姉妹雑誌への掲載論文の増加によるもののようです。この雑誌は、論文の意義とかインパクトは余り考慮されず、科学的研究手法と結果の解釈に誤りがないことが一人のレビューアに確認されれば、アクセプトされるという雑誌です。つまりレビュープロセスが大変甘い雑誌なのです。このNatureのレポートでは、JCIのディレクターのJohn Hawleyは、PLoS Oneは論文掲載数が多過ぎることと論文の質を判断しにくいことから、この雑誌は結局、「ゴミ捨て場」となってしまうであろうと述べています。ハイインパクト論文を売りにしていたPLoSは生き残るために、結果として低品質論文を出版することになる雑誌をその姉妹紙として発刊していく必要にかられたという皮肉でしょうか。ちなみに、同レポートではイギリスのオープンアクセス出版社BioMed Central (BMC)にも言及してあって、BMCが出版する数々のオンライン二流雑誌によってBMCは約20億円の歳入があり、十分ビジネスとして利益を出しているとあります。オープンアクセスとなれば、お客さんは読者ではなく、著者になるわけで、ビジネスとしてはお客さんである著者がより喜ぶサービスを提供することが成功の条件であるのは当然です。著者側には、低品質でもとにかく論文を出版したいという需要が多くあるわけで、高い理想を掲げて出発したPLoSもその顧客ニーズに迎合することなしにはやっていけないという現実に当たり、その妥協がPLoS Oneであったということなのかも知れません。もちろんPLoS側は、PLoS Oneの存在意義を「お金を集めるためにやむなく作ったゴミ捨て場」であるとは言いません。むしろ、レビュープロセスを簡略化し、早く論文を一般読者に提供して、積極的に読者からのフィードバックを得ていくことで、論文の評価を決定していくという画期的な雑誌であると謳っています。しかし、もちろん読者はそれほどヒマではないですから、そのような読者参加型のコンセプトはうまく機能してはいないようです。現時点では、PLoSの名前がついているからという理由でPLoS Oneに投稿する著者も多いでしょうが、長期的にゴミ捨て場であるという認識が広がれば、同じゴミを捨てるなら無料の商業誌に投稿しようという著者が増えるであろうと思われますし、そうなるとPLoSの経営は再び苦しくなってしまうでしょう。
さて、前途多難なPLoSの将来はどうなるのでしょうか。
そうですね。投稿論文のレベルが上がってくれば、雑誌はエスタブリッシュしていく可能性がありますね。このレビューシステムで、どれぐらい各論文の質が保たれるのかという辺が将来の雑誌の運命を決めるのではないでしょうか。
現時点では、IPO株のように、PLoSの名前のついた新雑誌ということで、評価過剰ぎみである可能性があると思います。
http://science.thomsonreuters.jp/press/releases/2010-Citation-Laureates/
なんか、緊張するなあ。
(Plos One IF結構高いなあ)。
フォーマットが同じでよいというのは論文を書く側からしたら大変大きなメリットです。フォーマットを変えるだけで数日はかかりますし、その後の投稿も結構、煩雑ですから、「このまま、PLoS Oneの送っときますよ」と言われたら、雑誌には不満でも、面倒くさいからという理由で妥協する人もかなりいるのではないでしょうか。
特に、パイオニア的な、現在の科学にブレクスルーを起こす可能性がある研究を世に多く出せるのか、PLoS Oneの一番大きな利点は、ここにあると思います。パイオニア的な研究の多くは、現在の考え方と違うわけで、既存の雑誌では、徹底的に主観的なレビューで叩かれて、落ちることが多い科学界の現実の打破のために、PLoS Oneが生まれたとPloSの創設者から聞いています。
老舗のNature誌は当初、PLoS OneについてかなりNegativeな論評していましたが、PLoS Oneの現在までの成功に驚き、今年に入り、PLoS Oneと同じ主旨のScience Reportを発刊しました。これなども、PLoS Oneが他のジャーナル与えたインパクトを物語るものと考えます。
「人間や動物の細胞に感染するさまざまなタイプのウイルスを探し出して殺してしまう新しい薬が発表された。11種の哺乳類の15種類のウイルスを殺せるという。冬の鼻風邪の原因ウイルスから命に関わる病気を引き起こすウイルスまで、1つの薬で幅広いウイルスに対する効果が示されたのは初めてのことだ。
研究論文の共著者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)リンカーン研究所および同大学比較医学部門に所属するシニアスタッフ科学者であるトッド・ライダー(Todd Rider)氏は次のように話す。「数十年前の抗生物質の発見と製造は、細菌感染の治療法に革命をもたらした。今回の発見が、同じように、ウイルス感染の治療法に革命をもたらすことを期待している。この治療薬は、風邪やインフルエンザのウイルスから、HIV、肝炎ウイルスなどのより深刻な病原体、さらにはエボラや天然痘などもっと致死率の高いウイルスまで、すべてをカバーする」。」
MITNewsは以下です:
http://web.mit.edu/newsoffice/2011/antiviral-0810.html
もう一点、読者の立場からすると、興味のあるトピックの論文がサーチで引っかかってこない限りは、PLoS Oneの論文をわざわざ読もうという気持ちにはならないと思います。上位PLoS雑誌から流れて来た比較的レベルの高い論文や、逆に、雑誌のレベルはともかく早く出したい人(特許がらみの企業の人とか、質より数の方が大事な人)などからの比較的質の低い論文が入って来て、玉石混交となってしまうのではないでしょうか。
パイオニア的研究で万人が価値を理解できないような論文はこれまでも、二番手の雑誌に発表されてきました。何千というタイトルの科学雑誌があるのですから、パイオニア的であろうとなかろうと、論文は絶対どこかに載ります。PLoS Oneがなくても読者も著者も別に困らないと私は思います。 PLoSの名前を利用したうまい雑誌経営戦略であるという意味で、私はPLoS Oneを評価しています。
その論理は、Nature誌が無くなっても読者も著者も別に困らないのと同じ議論になり得ます。Science誌があるからです。私は、Nature誌が無くなると困りますが。その存在の意義を理解しています。
同じように、PLoS Oneが独自性は、他とは全く違う評価で論文を掲載することです。これは、レビューがsubjectiveになる傾向だった科学業界に一定の影響を与えたことです。
例えば、以下の現在トマト購買運動のブームの原因になっている論文です。PLoS Oneでなければ、いつ発表できたかわかりません。
「トマトの成分の一つに中性脂肪などを減少させる効果があり、メタボリック症候群の改善に役立つことを、京都大大学院農学研究科の河田照雄教授(食品機能学)らの研究グループが突き止め、研究成果が10日付の米科学誌プロスワン電子版に掲載された。
河田教授らは、脂質異常症や糖尿病に有効とされてきたトマトの成分を具体的に分析。その結果、脂肪燃焼効果を持つ脂肪酸の一種が含まれていることを発見した。(産経ニュース)」
論文:
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0031317