百醜千拙草

何とかやっています

代謝マップ

2021-10-29 | Weblog
最近、細胞内代謝をちょっと学んだりしているのですけど、この広大で芒洋とした分野にはすっかり圧倒されて、まるで島陰一つない太平洋の真ん中で右も左も東も西もわからず闇雲に泳いでいるような感じです。

細胞代謝経路は昔から「がん」などの疾病のターゲットとしても研究されてきており、実際、核酸合成経路などの重要な代謝経路の阻害剤が昔から抗がん剤として使われてきております。時を経て、低分子代謝産物の測定が技術的に容易になってきたこともあり、この十年ほど、再び細胞内代謝がブームとなり、私も図らずも偶然そこに関わることになりました。しかし、「遺伝子の時代」に教育を受けた私は、代謝経路に関しては、学生時代の何十年も前の生化学の教科書的知識が断片的にある程度だったので、ズブの素人です。あまりに知らないことだらけで何を知らないかさえもわからないような状況でしたので、何か道標になるようなものがあれば助かるかもと思って、しばらく前に、有名なRocheの代謝マップを申し込み、先日、届きました。
こんなやつです。



このマップは第一版が1965年に発行され、現在は改訂4版となっています。当初はグルコース代謝を中心としたマップでしたが、要望に答えてアミノ酸や脂肪代謝を含め、1972年に第二版、さらに多くの知識の蓄積を反映した第三版が1992年に発行され、Part 1とPart2に分かれました。(上の写真はPart 1)以後も知識の蓄積は増大の一途ですが、すでにこの2.5平方メートルのサイズにはとても収まりきらないということで、3版からは限局的なアップデートにとどめた第4班が出版40年を記念して、2005に発行されました。現在はドイツ語版は手に入らず、英語版のみになっているようです。以後、さらに15年ぐらいが経っており、第4版時点でも情報はかなり限定しているので、このマップでさえもそれほど包括的ではないとは考えられます。しかし、それでも十分に圧倒的なこのマップは、生命科学分野のごく一部の分野の100年に至る人類の知識の蓄積のそのまたごく一部を示したものです。

Warburg effectに名を残すOtto Warburgがノーベル賞を受賞したのが1931年、クエン酸回路の発見がノーベル賞になったのが1937年ということですから、代謝研究は古い歴史をもちます。そこに関わった無数の科学者や学生の努力の集積、800万本の代謝関連の論文の一部がこのマップに表現されております。素直に感動しますね。

早速、床の上に広げて、興味のある部分から見始めました。中心の円状のものがクエン酸サイクルを示しています。結局、五分で、このマップを使って代謝を包括的に理解しようとするのは諦めました。このマップでさえあまりに大きすぎます。実用性よりは、人々の努力の歴史を示す芸術作品としての価値の方が高そうです。後ろの壁に貼っておけば、ズーム ミーティングの時のよい背景になるかも知れません。

その後、ふと10年ちょっと前に別の施設に移った人のことを思い出しました。もともとは別の講座で生殖系器官の研究をしていた基礎研究者でしたが、扱っていた分子のノックアウトマウスで糖代謝が改善するとわかってから代謝研究にシフトした人で、最近どうしているかなと思って検索してみると、所属大学のホームページには、数年前にその発見をもとにベンチャーを作って医薬品開発もしているとありました。順調にやっているのだなあと思ってその企業のホームページに行ってみると、実は、彼は昨年末に急逝しており、会社の活動は停止したという告知があって驚きました。彼も昨年亡くなった私の大学院指導者の人たちも同年代です。施設を移る直前、初夏の美しい晴れの日に道端で偶然会って、二、三言、話をした時のことを思い出しました。時間というのはあっという間に経ってしまい、全てのものは変わっていくことを実感しました。
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