ホワイトカラー・エグゼンプションの議論が相変わらず熱いのですが、議論の前提となる「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の詳細ついては、「残業代ゼロ」ばかりが強調されており、報道等できちんと触れられていない部分があるように感じています。そこで、本日は、
現在厚生労働省が導入しようとしているホワイトカラー・エグゼンプション制度について詳しく分析してみたいと思います。
「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の審議はどこで行われていたのか?
現在、厚生労働省の
労働政策審議会で審議が行われている「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」とは、労働契約法制・労働時間法制の整備の一環として行われているものです。具体的な審議は同審議会の
労働条件分科会で行われており、その第70回資料には
「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)(案)」という形で、これまでの議論をとりまとめた報告の原案が掲載されています。最終的には、この原案から若干の変更が行われて「報告書」という形で取りまとめられますが、具体的な法律案の起草はこの「報告書」の内容に沿って行われることになるため、「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の詳細を知るには、まず本報告書(≒原案)の内容を読むことが必要になります。
「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」導入した場合の効果は?
本報告書原案から
「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の詳細が書かれた部分を読むと、同制度は次のような効果をもたらすものとして設計されていることが分かります。
●ホワイトカラー・エグゼンプション導入の効果
(1)1日8時間以内・1週40時間以内という労働時間に関する制限が適用されなくなる(深夜労働・休日労働に関する制限は残る)
(2)時間外労働をさせる場合に必要な労使協定(いわうる36協定)がなくても時間外の労働が認められる。
(4)時間外労働に対する割増賃金の支払が不要となる(休日割増・深夜割増は従来通り必要)
(3)業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関して、使用者は具体的な指示ができない
(5)4週4休の完全履行と週休2日以上の休日を与えなければならなくなる(法定休日が増える)
もともとの労働基準法では、労働時間とは1日8時間以内・1週40時間以内」が大原則であり、
時間外労働は「労使協定の締結(≒包括的な労使の合意)に基づく例外措置」とされています。今回審議されている「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」とは、一定の要件を満たす場合には、この制限を無くすようにしましょうというものであり、この制限がなくなることによってもたらされるものが主に上記の(2)と(3)という2つの効果になります。
ここで注意しなければならないのは、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入でもたらされるのは、あくまでも「割増賃金の支払が不要」と言うことであり、「現状の労働条件の切り下げ」ではないということです。通常の月給制の賃金体系の場合には「1ヶ月間において所定の労働時間だけ勤務することに対する対価」であることから、所定外の労働時間に対しては「余分に働いただけの報酬を請求する権利」が生じることになります。即ち、単にホワイトカラー・エグゼンプションを導入しただけでは、いわゆる残業手当(時間外労働手当)の計算で「時間単価の1.25倍」とされる部分が、「1倍」として計算されるに過ぎないということになってしまいます。したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入にあたっては、歩合給や年棒制などの「労働時間と対価報酬が連動しない賃金体系」の導入を同時に行わなければならないことが想定されます。
一方、導入要件の裏返しにもなりますが、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入した場合、使用者側は「何時から何時までは働きなさい」といった労働時間の指示はできなくなります。深夜・休日労働に該当する場合を除けば、ホワイトカラー・エグゼンプションの適用を選択した労働者は、仕事に支障がない範囲であれば、好きな時間に出社し、好きな時間に帰ってよいことになりますし、勤務時間の長短を昇給や賞与等の「考課項目(査定)」に含めることも許されなくなります。(例えば、勤務時間が短いことを持って「規律性」「協調性」「責任性」の評価を下げることは許されないと想定されます。)
この他、ホワイトカラー・エグゼンプションには、現在議論されていように「長時間労働が恒常化するリスク」を孕んでいるのは言うまでもありません。そこで、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入に当たっては、健康確保措置の一環として
「4週4休の完全履行と年間を通じて週休2日相当の休日の確保」が義務付けられることになります。
「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」導入するための要件は?
一方、本報告書原案から
「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」の詳細が書かれた部分を読むと、ホワイトカラー・エグゼンプション制度を導入使用とした場合には、かなりの「要件」をクリアしなければならないことがが分かります。
●ホワイトカラー・エグゼンプション制度導入の要件
(1)一定以上の年収が支払われる労働者が対象
(2)対象となる労働者については、仕事の進め方や勤務時間について、使用者から具体的な指示は行わないこと
(3)一定の要件を含む労使委員会の決議が必要
(4)対象労働者の個別同意が必須(不同意への不利益取り扱いは禁止)
まず大前提としては、「年収要件」です。現在の議論では年収総額800万円以上を軸として、様々な意見が見られますが、「もともとある程度十分に年収が得られる人」というのが大前提となります。したがって、新卒入社後すぐにホワイトカラー・エグゼンプションの対象となることは考えにくいのが現状であり、「それなりのポスト」に処遇されている人が対象となるでしょう。
また、ホワイトカラー・エグゼンプションの対象となる労働者については、仕事の進め方や勤務時間について、使用者から具体的な指示を行うことができなくなります。これを考えると「ある時間帯において勤務に就くことが、会社全体の業務を回していく上で必ず必要」とされる職種については、たとえ事務系ホワイトカラーだとしても対象者とすることは困難です。
したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションの対象にできるような職種とは、従来から裁量労働制の適用が認められていた「企画業務(経営企画、マーケティング、営業企画など)」や「専門業務(研究開発職、クリエイター系の技能職、高度専門職)」といった職種のほか、
「主として外勤業務を行う営業・購買系の職種」や「高度とまではいえないが、比較的専門性が高く、一人で行い得る職種」までといった範囲であることが想定されます。経理や労務といったルーチン業務中心の事務的な職種については、ホワイトカラー・エグゼンプションの対象とはなりにくいと考えられます。また、小売店・飲食店などの店長や副店長についても、現場業務と抱き合わせで従事しており、時間拘束性が強いようであれば、適用することは難しいでしょう。
さらに、ホワイトカラー・エグゼンプションの対象となりうる労働者について、実際に制度を適用としたときには「労使委員会の決議に基づく社内制度の構築(≒集団としての包括的な同意)」と「対象労働者との個別同意」という2つのハードルをクリアしなければなりません。裁量労働制については労使協定や労使委員会の決議という「集団包括合意要件」のみであるのに対し、ホワイトカラー・エグゼンプションは「個別同意」が加重されています。さらに、報告書案の中に「不同意に対する不利益取扱いをしないこと」が明記されていることから、現状の労働者に対して、現状の延長線上で「ホワイトカラー・エグゼンプション」を取り付けるには、相当なハードルが待ち構えていると考えた方がよさそうです。また、労働契約条件の重要な変更にあたることから、労働契約法制の整備で求められる「労働契約の書面化」も合わせて行うことが求められるでしょう。
結局「ホワイトカラー・エグゼンプション」とは何なのか?
ここまで見てきたとおり、ホワイトカラー・エグゼンプション制度を「現状の働き方と給与体系」のまま導入することは、とても高いハードルが要求される上、導入にあたっては相当モメることが想定されます。また、実際に導入したとしても、運用上で「モメる要素」となり得る部分が多々潜んでいるため、安易な導入は困難でしょう。
では、ホワイトカラー・エグゼンプション制度を作る意味が無いかといえばそうではないと私は考えます。なぜなら、ホワイトカラー・エグゼンプションは、
これまでの正社員とは一線を画した“プロ・サラリーマン”を生み出す制度となるポテンシャルを秘めているためです。。
本来の「ホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受け得る人」とは、そもそも
専門性を買われてプロとして働く人々が中心です。このような“プロ・サラリーマン”に類似した働き方をしている人たちは、保険や不動産等の分野における「外交員」や、専門能力を持って直接個人として業務を請負う「独立請負人(Indipendent Constractor)」など、現状でも既に多くの場面で活躍しています。ホワイトカラー・エグゼンプション制度は、「請負と労働の間」の制度設計に、「一つのオプションを与えるもの」とすれば有効に機能させることができると私は考えます。
ホワイトカラー・エグゼンプションとは、あくまでも「働き方の選択肢を増やす制度」であり、「現状の働き方のままで残業代を無くす」ものでは決してありません。しかし、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入で
「働き方」が増えれば、そこから必然的に「格差」は生じます。、ホワイトカラー・エグゼンプションに関する議論でまず考えなければならないのは、
「会社勤めにおける働き方のオプションを増やして多様な働き方を認める」のか、それとも、「会社勤めをする以上は同じように働かせて同じような結果(対価)を支払う」のか、どちらを選択することが、自分自身とこれからの日本にとって望ましいことなのか?ということであると、私は考えます。
とても長くなりましたが、本日はここまで。別の機会に「ホワイトカラー・エグゼンプションの導入シナリオ」ついて考えてみたいと思います。
参考:今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)(案) (抄)
5 自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設
一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとすること。
(1)制度の要件
1)対象労働者の要件として、次のいずれにも該当する者であることとすること。
労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること
業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること
業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること
年収が相当程度高い者であること
2)制度の導入に際しての要件として、労使委員会を設置し、下記(2)に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとすること。
(2)労使委員会の決議事項
1)労使委員会は、次の事項について決議しなければならないこととすること。
対象労働者の範囲
賃金の決定、計算及び支払方法
週休2日相当以上の休日の確保及びあらかじめ休日を特定すること
労働時間の状況の把握及びそれに応じた健康・福祉確保措置の実施
苦情処理措置の実施
対象労働者の同意を得ること及び不同意に対する不利益取扱いをしないこと
その他(決議の有効期間、記録の保存等)
2)健康・福祉確保措置として、「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することとすること。
(3)制度の履行確保
1)対象労働者に対して、4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数(104日)以上の休日を確実に確保できるような法的措置を講ずることとすること。
2)対象労働者の適正な労働条件の確保を図るため、厚生労働大臣が指針を定めることとすること。
3)2)の指針において、使用者は対象労働者と業務内容や業務の進め方等について話し合うこととすること。
4)行政官庁は、制度の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、使用者に対して改善命令を出すことができることとし、改善命令に従わなかった場合には罰則を付すこととすること。
(4)その他
対象労働者には、年次有給休暇に関する規定(労働基準法第39条)は適用することとすること。