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「戦後経済史 私たちはどこで間違えたのか」野口悠紀雄

2020年07月26日 10時24分21秒 | 読書(経済)
「戦後経済史 私たちはどこで間違えたのか」野口悠紀雄
 
とても興味深く、面白い。
なぜバブルの後、停滞し続けているのか?
日本経済史の総括と考察が述べられている。
核となるテーマはサブタイトルに示されている。
いったい、「私たちはどこで間違えたのか」、と。
安倍内閣「成長戦略」の誤りも指摘している。
ぜひ読んでみて。
 
P24
なお、当時の日本では、敗戦を「終戦」、占領軍を「進駐軍」と呼び替えたように、さまざまな言い替えが行われていました。占領軍の総司令部は、アメリカの文献を読むとSCAP(Supreme Commander for the Allied Power:連合国軍最高司令官総司令部)となっていますが、日本では「GHQ(General Headquarters:総司令部)と呼ばれました。
 
P35
日本型経営の企業は「経営トップから現場の作業員まで、全員が共通の目的のために協力する」という意味で、軍隊と同じ性格の組織です。
 
P62
一万田尚登日銀総裁は、「法王」と呼ばれました。その権力を象徴するのが、川崎製鉄問題です。ドッジ・ライン実施後まもなく、川崎製鉄が千葉県に巨大な一貫製鉄所を造ろうと計画しました。しかし、一万田総裁は「引き締め政策に逆行する」としてこの計画に反対し、「建設を強行するなら千葉にペンペン草を生やしてみせる」と言ったとされてます。
 
P105
日本よりさらに賃金が低い中国がこの時代に工業化されていれば、日本の成長はありえなかったでしょう。ところが、中国は、70年代半ばまで鎖国状態にありました。「大躍進政策」という愚かな政策で中国を鎖国にとどめおいた毛沢東こそが、日本の高度成長の恩人です。
 
P193
「日本発の世界恐慌を起こすわけにはいかない」との懸念から、日銀は利上げを見送りました。
公定歩合は、87年2月から89年5月まで、2.5%という非常に低い水準に押し下げられたままだったのです。こうして、異常な金融緩和状態が放置されることになりました。これがバブルを引き起こすことになったのです。
 
P237
この当時の経済学者の多くは、「株価は変動するものであり、暴落もある。しかし地価は違う」と主張していました。
 
P241
株価と地価の下落が始まった1990年から91年にかけて、「イトマン事件」「富士銀行不正融資事件」、興銀「尾上縫事件」などの金融不祥事が立て続けに発覚しました。
 
P295
経済学に「要素価格均等化定理」というものがあります。「貿易が行われる世界において、二つの国が同じ技術で生産活動をしていれば、労働などの生産要素が国境を越えて動かなくとも、賃金が均等化していく」という定理です。この定理によれば、中国が工業化して日本と同じ生産活動を行うようになれば、日本の賃金は、長期的には、中国並みに低下していくことになります。これこそが、90年代以降現実の世界で起こっていることの本質です。賃金下落過程から逃れたいと思えば、中国ではできない経済活動を行うしか方法はありません。つまり、生産性の高い新しい産業が誕生することによってしか、問題は解決できないのです。
 
安保闘争、全共闘、連合赤軍について
P305
これらの運動の主導者たちは革命を目指したかもしれませんが、実質経済成長率が10%を超える社会で革命が起きるはずがありません。「明日が今日より確実に豊かになる」と分かっていれば、人々は体制の変更を決して求めないのです。これらの運動の主導者に欠けていたのは、そうした歴史認識でした。
 
P324
政府がなすべきことは、競争環境を整えることです。事実、アメリカには、政府の「成長戦略」といったのものは存在しません。この意味で、成長戦略の基本的な考え方を見直す必要があります。また、これも先に述べたことですが、「金融緩和をして円安にすれば、株高になるから、働かなくても豊かになる」という考えも誤りです。
 
【ネット上の紹介】
著者が自らの体験談を豊富に織り交ぜて戦後史を語った、異色の経済書。日本経済の変貌が著者個人の視点と経済学者としての大きな視点の両方から描かれます。最初の記憶は、4歳のときに遭遇した東京大空襲。戦後復興期に過ごした少年時代、1964年の大蔵省入省、アメリカ留学、そして80年代のバブル、90年代・2000年代のグローバリゼーション--。日本経済は、ダイナミックな成長と成熟を遂げる半面で、経済思想や政策手段の中に、戦時経済体制的なものをいまだに残している、と著者は指摘します。戦後70年を迎え、日本経済を改めて理解するための必読書です。
第1章 戦時体制が戦後に生き残る―1945‐1959
第2章 なぜ高度成長ができたか?―1960‐1970
第3章 企業一家が石油ショックに勝った―1971‐1979
第4章 金ぴかの80年代―1980‐1989
第5章 バブルも40年体制も崩壊した―1990‐1999
第6章 世界は日本を置き去りにして進んだ―1980‐
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