SMILEY SMILE

たましいを、
下げないように…

くじら、ねこ 3

2007-02-25 04:40:55 | くじらねこ
しばらく、くじらさんはお一人で黙って例のドイツワインを三本、お空

けになりました。ゆっくりと味わって、つぶれているねこさんにお手本

を見せるように召しあがっておりました。とは言ってもものの17分42秒

で飲み干してしまうような量で御座います。くじらさんの特製ワイング

ラスはボトル一本が丁度はいるようになっておりまして、しかもギリギ

リ、表面張力で無理やり注いで一杯。日本酒ではないのですからとて

もお行儀が悪いことのように映りますが、くじらさんは、これに注ぐこ

とに無上のスリルを感じるようで、少ないと、ちっ、といまいましげに

舌打ちをし、多くて、あと数滴のところで溢れてしまったりしても、や

はり舌打ちですが、そのお顔は恍惚、といってもいいような表情をお浮

かべになるのです。

それから、ワインの、その輝きを3分半、長いときは4分を超えるほど、

じっとお眺めになります。ドイツワインは白といってもクラスの高いも

のほど黄金色になってゆきますので、その高貴とも言える色彩を印象

派を見るような目でご覧になるのが常でございます。照れ屋で見栄坊

なくじらさんは、他に知らないお客様がいらっしゃるときは決してなさ

いませんが、今のような時間で、いい気分にお酔いになるとこのような

ことをなさるのです。

お酒を注ぐこと、その色彩を愛でること、そしてそれをこころゆくまで

堪能すること。お酒を飲むというのはこういうことだよ、とまさにここ

において実践なさっているくじらさんでありますが、ねこさんは相変わ

らず、異界にて浮遊する悦びでご満悦の様子。

ひつじさんは「Days of Wine and Roses」をスローに、やがて軽快

に、そしてまだ艶っぽく、テンポを自在に操って、絶妙の演奏をいたし

ました。


「わたしも、あまりお酒はあまりいける口ではないのですが、酔うとい

うのは、今、演ったように一杯目のとろりとした気分から、やがて快活

になってゆき、そして心地よい疲れのような倦怠にたどり着く、そんな

感じでせうね」

普段は寡黙なひつじさんが、くじらさんをうれしがらせることを仰るの

で、くじらさんはまた、うれしはずかし、お話をおはじめになりまし

た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・。



突然、音もなく、ミルクが溢れてまいりまして、私たちは、・・・・。






ミルクの海






しろく、白く、呑み込んで、沈んで、暗転。





都は、もう嫌になってしまっていた。無駄に大きくなった身体横たえ、

うつらうつらしながら、終わりの来るのを待っていた。

都の老舗カフェでは、眠れなくてイライラしているねこがくじら相手に

やつあたりしている。

「いったい、どれが、夢なんだろう。僕が、いつ眠ったと言うんだい」

くじらはなにも言わず、ただ曖昧にうなずいている。

ねこは気持ちを落ち着かせるために、ピアノの上ですねるように丸くな

っている。

「ひつじくんなにか、弾いてお呉れ」

ひつじは、2分半思案してから、あの曲を27回繰り返して弾いた。

そう、あなたが、ここに相応しいと思う曲を。

最後に、こう、弾き語った。

「赤かったね、君の嫌いなトマトより赤かった。

 それに、嘘をついた血よりみどりだったさ。

 君のせいではないよ。

 きみのせいではないんだよ。

 伝わるべきものは、結局、僕らの意思に依るしかないんだもの」

ねこは、眠らない。

くじらが、ビールを勧める。ありがとう、と言って首を振る。

ねこには、苦くて呑めないし、呑んだところでくじらの気持ちを汲むこ

とはできないから。悲しいことだけれども。

ねこは、ナア、と鳴いた。

このなきごえが、今のきもちに一番相応しかった。確かに。ミルクは足

りていなかった。

確かに、ミルク不足は深刻だった。新聞は連日、テレビでは緊急特番、

ありとあらゆるメディアが騒ぎ立てる。

当然配給になる。かれこれ、69日そんな日々が続いている。そのよう

な状況下、当然ここにもミルクはほとんどない。ねこは週1で無理を言

って飲ませてもらっている。

じっと白を見つめる、目をつむってゆっくり、飲み干す。

ためいき。

「しかし、ね、どいつもこいつも、ミルクのせいだと言うんだ、足りな

いのが原因なんだってね。違うよね、それは違う、僕は違うと思うん

だ」

とねこは憤慨。

「そうさね。わしらはミルク要らずだから、わかるよ」

くじらは82杯目のビール片手に眠そうな目で言う。

ひつじは、「MY FOOLISH HEART」をいかに弾くべきかずっと考えなが

ら、同じフレーズを82回も繰り返している。

「ミルクのことなんて、ほんの些細なことだよ、」

飽き飽きしたような口ぶりでくじらは言う。

「そんな大騒ぎすることでもない。どうかしている。もっと深刻な不足

があるってぇのに、ミルクのせいにばかりしていやがる」

ねこは、考えた。わからない、わからない。これは、夢、なのか。ねこ

のひげはひっきりなしに、神経質に動く。

「くじらさん、出来ました。私のMY FOOLISH HEARTが。いきますよ」

ひつじは唐突に弾き始める。

くじらは陶然と聴き入る。そして、言う。

「きっと、身体の大きな僕にしかわからないことなんだろうけど、夢か

ら醒めても、まだ夢のしっぽが、まだ身体のどこかに残っていて、ココ

ロをくすぐるんだ。だからわかる。かすかな感覚。そんな感じ、君には

あるかい?」

「じゃあ、これは、夢なの?どうしたら、わかるの?僕にはわからない

よ。さっきから、おかしいとは思っていたんだ。突然醒めるのかい?コ

インが転がっているような、頼りない心持ち。表?裏?それとも?僕の

この実在が信じられない。どうにもしっくりこないんだ。でもどうした

ら、抜け出せるんだ?」

慌てたねこは、ミルクの瓶、倒す。空の瓶から、ミルクがとめどなく溢

れ出す。沈む。




ミルクの海。

                               (続)

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