文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

西洋文明と等置できる自由、人権、法治という価値観とその実践において、習近平政権の人民中国やその傀儡の香港政府が、はるかに劣ることをはっきりさせた。

2019年09月20日 07時53分35秒 | 全般

以下は昨日の産経新聞に、香港デモで考える植民地化の功罪、と題して掲載された、東京大学名誉教授平川祐弘氏の論文からである。
英国のサッチャー首相は1988年9月、ブリュッセルで全欧の政治家に向けて演説し、西洋人の歴史体験にふれた。
「ヨーロッパ人がいかにこの世界の多くの土地を探検し、植民地化しー私はなんら釈明することなく申し上げますー文明開化したかは、まことにすばらしい勇気と才覚の物語でありました」。
植民地主義を謝罪する必要はないとの発言に驚いた。
詩人キプリング同様、自分たち西洋人は「白人の責務」を担って野蛮な民の世話を焼くために文明の事業をした、と言ったも同然だ。
なるほどコロンブス以来の米国植民地化は人類史上の大事業だし、ロシアのシベリア開拓も文明開化だろう。
そんなコロニアリズムにプラス面はあろうが、英首相のあまりに露骨な自己肯定に私は鼻白んだ。 
漢民族専制より英植民地統治? 
私が子供の頃の日本では次のような英米批判が盛んだった。  
「欧米近代社会ノ支柱ガ、実ハアジアノ隷属ニアリ。如何ニ欧米ニ於テ人道、人権、自由、平等、法ノ支配等ガ唱エラルルトモ、コレラハ有色人種ニハ、無縁ノ標語ニシテ、民族主義ノ世紀トイワレタル十九世紀ハ、正シク欧米ニヨルアジア隷属化ノ世紀ニ他ナラズ。欧米ガ、ソノ資本主義文明ナイシ世界自由経済ニヨリテ如何ニ文明卜繁栄ヲ享受シタルニセヨ、ソノ陰ニハ原料産地及ビ製品市場トシテ単一耕奴植民地ナイシ半植民地タル地位ヲ強イラレ、愚民政策ニ依リ民族意識ヲ抑圧セラレタルアジア・アフリカ十数億ノ有色人種ノ隷属アリシコトヲ忘ルベカラズ」 
日本人の多数は実は今でもこの意見に賛成ではないか。
1941年、日本軍の攻撃で英領香港が陥落したとき「東亜侵略百年の野望をここに打ち砕く」と喜んだ。
だがそれから80年、人民中国に呑み込まれることを嫌って香港人がデモをする。
漢民族の専制支配より、英国の植民地統治の方がまだしもましということか。
だとするとサッチャー氏の方が日本の元首相の獄中手記より正しいか。
そんな疑念も生じかねない。
そこで外国文化の影響と植民地化の功罪を改めて巨視的に再考しよう。 
デモ参加の若者は、香港が中国に返還された1997年後に生まれた者も中国語と英語を話す。
大陸中国人はそんな香港人を毛嫌いしているだろう。
だが香港が金融・貿易センターとして国際的に高い地位を維持するのはバイリンガルな法治の土地なればこそだ。
英語がワーキング・ラングージとして機能しない深圳は代われない。 
日本は外来文明を平和的吸収 
日本は香港ほどではないが東西の文化が交ざりあって、外に向かって自由に開かれている。
日本列島は大陸の周辺にやや離れて位置し、物は入ったが、人が支配者として入ることはなく、他国の植民地にならなかった。
奈良・平安から千数百年、大陸から学んできた。
漢字を習ったが仮名を発明。
漢字仮名交じりはすばらしい。
日本の過去について「漢文明によって汚染された」と非難する気は私にない。
同様に「西洋文明を排除せよ」と主張する気もない。
紫式部は「大和魂をいかに生かせて使うかは漢学の根底があってできることと存じます」と『源氏物語』で和魂漢才について述べた。
それが幕末維新以後は和魂洋才となった。
過去に純粋の日本を想定して復古を唱える気はない。
平川家には仏壇も神棚もある。
雑種文化としての日本の歴史的実態を肯定して、良いものを求めている。 
衣食住について、わが家は祖父の代は家屋は和風、父の代は和洋折衷、私の代で和室は1間きり。
父は帰宅すると和服に着替えたが、私が帯を締めるのは温泉に泊まるときだけ。
和食に限るなどとぜいたくは言わない。
洋食も中華も可。
ワインも飲む。
精神面でも外国の影響を受けた。
戦争中は『家なき子』や『十五少年漂流記』、戦後は『風と共に去りぬ』など翻訳物に夢中だった。
蔵書は和書と洋書と半々だ。 
コロナイゼーションとは好むと好まざるとにかかわらず外来文化を強制されることである。
文化的影響は広い意味での植民地化だが、軍事支配によって植民地化が強制されると、不満は残る。
日本は外来文明をおおむね平和的に取り入れてきた。
しかし主体的に選択できず、外来の文化を力ずくで押し付けられると問題だ。 
西洋文明と等置できる価値観  
「欧米近代社会ノ支柱ガ、実ハアジアノ隷属ニアリ」という西洋帝国主義批判の言葉は、七十数年前は、大東亜の人の共感を呼んだ。
しかしいま香港は外来の力で押し付けられようとしている。 
「中国社会ノ支柱ガ、実ハ人民ノ隷属ニアリ」という言葉が、より実感がある。
香港市民の逃亡犯条例反対のデモや主体保衛運動は、西洋文明と等置できる自由、人権、法治という価値観とその実践において、習近平政権の人民中国やその傀儡の香港政府が、はるかに劣ることをはっきりさせた。 
中英文明共存の土地香港で進行中のデモは、東西の価値観の優劣を示す比較文化的な事件となっている。 
(ひらかわ すけひろ)


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