物語と感情移入１

※この記事は「理解と共感」「反体制という呪縛」の内容を前提に書いている。

二言目には感情移入、感情移入と繰り返す感想やレビューが多すぎるように思う。確かに、そういう読み方が許される、あるいは要求される話もあるだろう。例えば童話などは、単純な構造であるが故にそこへ自分の体験や考え方が投入できるという特性を持っている。

しかし当たり前のことだが、虚構の世界の住人は、本を読んでいる私ではない。別の出身、人生、性格、行動原理を持った人々なのである。これに対し、「そういう異なった存在に感情移入できるようにするための演出なのではないか」という反論もあるだろう。それは一理ある。人に理解されようという意図が込められていない作品など、自己満足の産物に過ぎないからだ。極論すればそれは、夢に見た内容を記憶の限りで書き止め、セリフなどをそのままにして映画で上演するようなものだ。

だが一方で、受け取り手は理解する努力をどれだけしてきたと言うのだろうか？頭を使わなくても理解できるような換骨奪胎された(＝「わかりやすく」加工された)内容のみを求め、その挙句に加工されたものの上澄みだけを見たり聞いたりして「理解した気になっている」のではないか？いやもっと酷いことに、そんな吹けば飛んでしまうような「理解」に基づいて「この主人公の気持ちはわかる」とか「感情移入できた」などと感じてしまう二重・三重の誤りを犯してはいないだろうか？

実際には、現実のある状況や行動を正確に描写しようとすればするほど、受け取り手には理解が困難になっていくものである。なぜならそこには、様々な文脈や(その日の気分といったものまで含めた)複雑な感情が関わっている。しかも往々にして、状況や行動に関係しているのは複数の人間や生き物であったりするのだ。ゆえにただ一つの現象でさえ、その裏側には混沌とした背景が存在し、時にそれは現象その自体をも複雑怪奇なものとする。「事実は小説よりも奇なり」という諺は、まさにこのような現実を的確に表現したものといえよう。