「銀と金」アニメ化

2010-08-17 00:11:22 | レビュー系

デスノート」関連の本や映画はあらかた目を通し、映画や「L change the world」についても覚書はできたので、次にカイジのアニメでも見ようかと思っている今日この頃。


ところで、高校の頃に「カイジ」を知ったのをきっかけに福本作品を読むようになったが、当時ハマったのはむしろ「アカギ」や「銀と金」だった(ちなみに「銀ヤンマ」や「熱いぜ辺ちゃん」などマイナーなやつも大体読んでいた)。特に「銀と金」は、麻雀に限らず政治的なやり取りやポーカー、人の買収、果ては殺し合いとった様々な視点で人間心理を巡る駆け引きを描いていて非常におもしろかったし、得意の福本節、例えば銀二の「籠絡の決め手は、彼らがこう理解してほしいという思いのとおりに彼らを理解してやることだ」というセリフなどは今でも印象に残っている。


しかし、だ。そんな福本作品の中でも珠玉と言える「銀と金」が、未だにアニメ化されていないのは一体どういうわけか。まあ色々な理由を予想することはできる。例えば、すでに実写化しちゃったので、一々またアニメ化すんのかいという話。まあでもアカギやカイジも実写とアニメがあるから、あまりクリティカルな問題じゃないと思うが。その他、凄惨な描写が二度出てくるということ。言うまでもなく通り魔に仲間がどんどん殺られていく話と一族での殺し合いの話だが、これがネックになっている可能性は十分考えられる(ちなみに実写版を見てないのでどこまで改変しているのか、してないのかは知らない)。しかも、前者は何とかスキップできる内容だけど、後者は物語の進行に重大な影響を及ぼすので省くわけにもいかないので、避けて通ることはできませんよと。さらに言えば、オチが今一つスッキリしないこともあるだろう。一見打ち切りにも見える内容は、果たしてどこで終わらせればいいのかを迷わせるかもしれない。とはいえ、「アカギ」は鷲巣麻雀が原作で途中でもアニメ化したし(そして闘い半ばで終わった)、「銀と金」も「皆殺し」の話で終わらせれば、心が晴れるかは置いといて(笑)区切りとしては悪くないのではないか。要は、これもあまり本質的な問題のようには思えない(もっとも、福本自身は気にするかもしれないが)。とすると、最大の原因は「何か自分に関係のない勝ち組の話が垂れ流されている」と感じる受け手が結構いる、といったあたりか(あるいはスポンサー・製作者サイドがそう予想しているとか)?なるほど確かに、「銀と金」と同じく「涯」や「カイジ」もアウトローを扱っているが、銀二がいる分だけ前者は「いかにして欺き、勝ち、支配するか」というテイストが強くなっており(特に最後のが重要)、逆境を逆境として受け入れるであるとか、逆境から何とか抜け出す部分に焦点の置かれている後二者とは異なっている。あるいは、「天」で語られるような「熱い三流なら上等」というセリフとの違いを考えてみるのも有効だろう(「銀と金」ならば、「いかに熱かろうが、結果を残さなければクズっ!」とかなりそう)。また強者という意味ではアカギも天才的ではあるが、「銀と金」に比べるとちょっとあっち側にイっちゃい(浮世離れし)すぎており、逆にそれが「自分と隔絶していることを全く気にしない」という反応に繋がっているのかも、と思わせる。


まあ実際には、この辺のことが色々と絡み合って未だアニメ化に到ってないんじゃねーかと邪推していたりする。
しかしね、このおもしろい作品を広めないのはマジ罪ですぜダンナ(←誰だ)。まあせっかくパチンコのCRにも採用されたことだし、この機会にアニメ化の話が進めばいいのだが。


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