生身の人間との性愛を「常識」とする限り、インセル的なるものは加速する

2020-05-23 12:20:04 | 生活

さて、Vtuberの話をしたことだし、次は「インセル」を取り上げようと思う(なぜ私が「VRテンガ」なんて冗談とも本気ともつかない記事を書いてきたのかにも繋がるからだ)。インセルとは、「involuntary celibate」の略で、「不本意の禁欲主義者」などと訳されるが、端的に言えば「恋愛やセックスをする権利があるにもかかわらずそれが剥奪されており、その原因は相手(≒女性)にあると考える」集団のことである。

 

この思想はミソジニーなどとも関係が深いが、根本的には承認の枯渇と相対的剥奪感を抱えた人々であると言ってよい(なのではっきり言えば、その思想そのものの妥当性を論理的に探究したり反駁したりしたところで、問題が解決されると少なくとも私は思わない→ジョナサン=ハイトの著作を参照)。そしてこのインセルの活動は、すでに2014年や2018年に大量殺人のテロを起こしており、先ごろ2020年2月に起こった女性刺殺事件は殺人事件ではなくテロ容疑で訴追されたという。

 

日本ではここまでの事件は起こっていないが、各所のコメント欄やSNSでミソジニー的なものを見つけるのは非常に容易であり、インセル的な発想が広がりうる土壌を読み取ることは難しくない。また、中国では一人っ子政策の弊害などもあり、男女のバランスが大きく崩れて3000万人の男性が結婚相手がおらず、海外にパートナーを求める動きが起きている。また、イギリスで「孤独担当相」なるものが設置され、ニュースになったことを覚えている人も多いだろう(念のため書いておくと、これはインセル的な発想を持つ人間をケアすることを目的として設置されたものではない)。

 

何が言いたいのかというと、急速にグローバリズムが進むのと同時に、社会は急速に分断が進んでもいる。その中で、社会の流動化が進むとともに、個人のモナド化と不安・不満の拡大、包摂の欠落、ルサンチマンの増大といった現象があり(何度も指摘しているが、これはナチス・ドイツ台頭時と似ている部分がある)、その「居場所」としてインターネットが機能した結果、ネットの特徴とされるサイバー・カスケードによって蛸壺化と過激化が生じ、不安・不満を持った人間の怨念が集約・増幅された結果がインセルと言えるのではないだろうか。

 

典型的なインセルは白人男性の異性愛者という、本来マジョリティとされる存在であるのは非常に興味深いが、要するに「本来社会の中である程度恵まれた立場にいるはずの自分たちがなぜこんな目に遭わなければならないのか?それは持っている権利が不当にも剥奪されているからである」とまあそういう理屈なのだろう(だから「相対的剥奪感」があるという話になるわけで、これはトランプ支持者やかつてナチスを指示した没落中間層にも当てはまることである)。

 

とまあ色々書いてきたが、結論を言うと、生身の人間に拘る限り、こういったルサンチマンを抱えた人間は増えることはあれ、減ることはないだろう、というのが私の予測である。例えば日本においては「無敵の人」をどう包摂するかという問題が取り沙汰されているが、社会の分断と貧富の差の拡大が進む限り、不安と不満の増幅とそのハレーションの過激化が進行し、いずれは社会インフラそのものを破壊することは十分考えられる。

 

というわけで冒頭の話に戻るわけだが、私は「VRテンガ」の話をした後で「半分冗談で半分本気」だとも書いた。その理由は今述べたような未来予測に基づいている。つまり、社会が急速にプリズム化していく中で、それにもかかわらず「あるべき姿は~だ」などというものに固執するような社会・教育を続けるようであれば、それが満たされない人間たちによって巨大なコストを払わされることになる、ということだ。

 

そんな状況を真剣に防遏しようと思うのであれば、社会的包摂機能を整えると同時に、オルタナティブを用意するべきである。つまり、Vtuberへのコミットでもいいし、映画「her」のサマンサ的なものへの愛着でもよいが、「生身の人間とのパートナーシップでなければならない」という束縛・信仰から解放する道筋を作っておかないと、己らの作った「常識」から疎外された人々のテロールにより、社会そのものの運営が危うくなる(そこまでいかなくても、巨額の人的・金銭的コストを払うことになる)可能性を考慮しておくべきだろう。

 

これまで書かれてきた深刻な未来予測は、コロナ禍で奈落の底が垣間見えたことにより、ようやく現実的なものとして少なくない人々に認識されることになったのではないかと思うが、インセルにまつわる問題は今のうちに手をつけておかねば同じ道を辿ることになるだろうと考える次第である。


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