「陰謀論」の歴史と背景:『魔女に与える鉄槌』・『シオンの議定書』

2021-04-15 11:26:26 | 本関係

地獄への道は、善意で敷き詰められている

 

 

 

 

 

 

前回の読書会では『全体主義の起源』を取り扱ったが、その背景の一つは、今日陰謀論が猖獗を極めるようになった(より正確に言えば、分断で歯止めがきかなくなった結果、一つの潮流として無視できないレベルにまで成長している)ことになる、というのは以前述べたとおりだ。

 

そこでは『シオンの議定書』にも触れたが、そのものの成立を扱った動画がちょうど最近アップされていたので紹介させていただいた次第(なお、動画では『シオン賢者の議定書』となっているが、本記事では『シオンの議定書』で統一する)。

 

ちなみに前掲書だけでなく『魔女に与える鉄槌』の紹介も挙げた理由は、こういったレッテル貼り・悪魔化がひとりユダヤ陰謀論やユダヤ人差別のみにとどまるものではない、と考えるからである(なお、偽書については日本にも様々存在し、このブログでも「椿井文書」を紹介したことがある。気軽に見れる動画としてはこちらなどを参照)。

 

そういった言説が成立しただけでなく広がりを見せてしまった背景には、社会不安や不全感というものが社会に強く存在していたことを見て取ることができる。それが『魔女に与える鉄槌』に関してはペストの流行、宗教改革と宗教戦争などとして説明されており、『シオンの議定書』では(おそらく尺の都合で)動画内ではそこまで詳しく説明されていないものの、第一次世界大戦による敗戦への疑念(いわゆる「背後の一突き」論)、多額の賠償金、世界恐慌による生活苦のような形による中間層の没落と社会不安があり、そういった層がナチスの支持基盤となったことはよく知られている(そこに「台頭する共産主義への対抗」という、「敵の敵は味方」的な資本家たちのコミットなどがごった煮のように加わり、ナチスの台頭を形成していったわけだ)。以上を踏まえると、流動化による分断と不安定化の今日において、陰謀論が力を持つのはある種の必然ですらあることが理解されるのではないだろうか。

 

なお、動画内でも言われているがs、これを見て「こんなものに騙されるなんて愚かな人間たちだ」と高みの見物をしている心持ちの人間は、自身も容易にその奈落へ足を踏み外すことを理解していないという点で、同じ穴の貉と言わざるをえない(そのような者たちは、「自分が信じるものだけは他と違うのだ!」とでも強弁するに違いない)。

 

馬鹿げた杞憂だと思うだろうか?ならば試みに考えてみよう。あなたは「自分が認知症には絶対ならない」と思うだろうか?そして「認知症になった人間は、もはや元のその人とは別人である」と思うだろうか?

 

私がこの問いで何を言いたいかというと、物事を理解・判断する十全な理性なるものがこれからも発揮し続けられると思うのは、あたかも自分だけは事故に遭わぬと過信するドライバーのようでもあり、自分は病気に罹らぬと根拠なき自信の元に生きる者たちと同様に救いがたく愚かである、ということだ。

 

人間というものは脆弱である。極限状況での振る舞いを例に出すまでもなく、例えば家族の不幸や経済的ひっ迫によって精神的疲弊や視野狭窄が生まれれば思考パターンは大きく変わりうるし、あるいは肉体的な変化が精神に大きな影響を及ぼすこともあろう。逆に言うなら、そのような「病気に罹りやすい状態」になることが容易に起こりうるがゆえに、(それが差別主義であれ陰謀論であれ)その病がどのようなものかを知り、それらに侵されんとする事態を把握・対処できなければ、いつでも破滅の扉は開いているのである(だからこそ、私自身学びを止めることを止めてはならない、と日々思うのだが)。

 

というわけで今回はここまで。

 

【補足】

動画内でも触れられているが、『シオン賢者の議定書』の成立はナチスドイツ台頭前後ではなく、19世紀後半のことである。この時期ついてはそれこそ『全体主義の起源』第一巻などが参考になるわけだが、中世・近世におけるユダヤ人商人と王権の結びつき、近代における国民国家の形成と民族主義の台頭の中においてアンチセミズムが醸成されていったわけで、それはフランスのドレフュス事件からもわかるようにドイツだけの話ですらなかった。

この点は、ありがちな話として「ナチスドイツだけが」狂ったことを唱えだしたのだと考えるととんでもない勘違いになるので、ぜひ様々な書籍にあたっていただくことをお勧めする(ナチスドイツを悪魔化すればそれで問題が解決する、というのは問題を矮小化したい人間にとってのありがちな誤解である。『自由からの逃走』や「THE WAVE」が参考になるが、かかる異常な現象の構造分析をしなければ、何ら現実社会において意味のあるものとはなりえない)。

というのも、「ユダヤ人=完全悪」と考えるのが馬鹿げているのと同様に、「ユダヤ人=全きの善」であり、彼らに対する批判的言説が全て無根拠でいわれなきものだとする理解も端的に言って誤りだからである。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ウマい話に乗ってみる | トップ | アガサ=クリスティ『五匹の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

本関係」カテゴリの最新記事