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【みんな生きている】瀋陽総領事館脱北者編

2011-04-04 18:10:45 | 日記
北朝鮮から脱出して中国・瀋陽の日本総領事館に保護されたものの、2年以上にわたって中国政府から出国を許可されず足止めされていた女性2人が、このほど出国を認められて以前暮らしていた日本に戻ったことが明らかになりました。
日・中両国の複数の関係筋によりますと、日本に戻ったことが明らかになったのは、かつて在日朝鮮人やその日本人家族が北朝鮮に渡った「帰国事業」によって日本から北朝鮮に渡った女性2人です。
2人はその後、北朝鮮から脱出して2008年に中国東北部の瀋陽にある日本総領事館に保護されていましたが、中国政府から出国の許可が得られず、2年以上にわたって総領事館内に足止めされていました。
しかし、中国政府はこのほど2人の出国を認め、2人はすでに日本に戻ったということです。
中国は脱北者を難民とは認めず、見つければ北朝鮮に送り返しているうえ、最近では外国の公館が保護した脱北者についても出国を認めない方針を打ち出しており、今回、中国側が2人の出国を認めた背景はわかっていません。
瀋陽の日本総領事館にはまだ数人の脱北者が足止めされているということで、日本政府は今後中国側が脱北者の取り扱いについて方針を改めるのかどうかを注目しています。



※日本国内の脱北難民問題は、1959年に日本赤十字社と北朝鮮の赤十字社が在日朝鮮人の大規模な移住について協定を結んだことから始まった。
1959年~1984年までの間に在日朝鮮人93,340人が帰還船で北朝鮮に渡ったが、予想とは異なり故国であるはずの北朝鮮でまともな待遇を受けられず、日本よりもひどい差別を受けて強制収容所に送られた者もいた。
※「帰国当時、10代だった兄がいた。北朝鮮の風景を見て落胆し、“日本に帰る”と言って泣くと、北朝鮮の人たちが兄を連れて行った。兄と再会したのはその5年後、私が8歳のときに山奥にある収容所で会った。まるで動物園の檻のようで、鉄格子の中には20人ほどいたと思う。みんなライオンのように髪が長かった。大小便の上で寝そべったり、這い回ったり…そのうちの1人が引っ張り出された。顔は浅黒く、髪が腰まであった。顔を見た父は、私たちを連れてすぐにその場を離れた」
(高政美<コ・ジョンミ>さん)
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