もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】中村三奈子さん/新潟日報

2014-04-09 04:56:49 | 日記
北朝鮮に拉致された疑いのある新潟県長岡市の特定失踪者・中村三奈子さんの母・クニさん(70歳)と支援者が4月7日、新潟市東区の新潟空港で韓国に向かう人に手がかりを求めてチラシを配りました。
三奈子さんは16年前のこの日、新潟空港から出国し、韓国に入国した記録を残して行方不明になっています。

《特定失踪者・中村三奈子さんについて》
◆氏名:中村 三奈子
(なかむらみなこ)
◆失踪年月日:平成10(1998)年4月6日
◆生年月日:昭和54(1979)年9月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:163cm
◆体重:56Kg
◆当時の身分:高校を卒業して予備校に行く準備中
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆特徴
1)硬式テニスをやっている
2)その他のスポーツも好き
3)色白、えくぼがある
◆足のサイズ:24cm
◆失踪場所:新潟県長岡市の自宅

【失踪状況】
4月6日午前中、予備校に入学金50万円を納めに行く予定がそのまま帰宅しない。
後日入学金の中から「3万円借ります」というメモとともに47万円が見つかる。
身支度は普段着のまま。持ち物は自分の白い財布だけ。所持金は5万円~8万円程度と思われる。
通常出かけるときは自転車を利用するがこのときは置いていった。
3月25日に自らパスポートを申請し、4月3日交付。長岡ではなく新潟の旅券センターまで行っている。
大韓航空で出国状況を問い合わせると、7日9時にソウルへ出国していた。搭乗券を購入していた旅行会社によると、中村三奈子の名前で中年のハスキーな声の女性で搭乗券の依頼あり。
旅行は慣れているので新潟空港で出発当日搭乗券を受け取る。帰りの便やホテルは必要ないと言った。
出発当日の朝、中村三奈子の名前で派手なブラウスを着た女性に搭乗券を渡したとのこと。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和53(1978)年7月31日
アベック拉致容疑事案
被害者:蓮池 薫さん(拉致被害時20歳)
被害者:蓮池祐木子さん(旧姓奥土)(拉致被害時22歳)
蓮池さんは「ちょっと出かける。すぐ帰る」と言って外出したまま失踪。同様に奥土さんも外出したまま失踪。
2人は昭和55年に結婚。平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子1人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称チェ・スンチョルについて平成18年2月に、また、共犯者である自称韓明一(ハン・ミョンイル)こと通称ハン・クムニョン及び通称キム・ナムジンについて平成19年2月にそれぞれ逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※埼玉県川口市の藤田 進さんとは別人
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年3月26日
◆生年月日:昭和23(1948)年3月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:17歳
◆身長:160cm
◆当時の身分:新潟県立糸魚川高校1年生(休学中)
◆当時の住所:新潟県糸魚川市
◆特徴:
1)おとなしい性格
2)やせ形
3)眼鏡せず
4)前歯がケガで欠けたのでつないでいる
◆失踪場所:信越・新潟県西頸城郡青海町内、自宅から15分、海岸から5分位の映画館

【失踪状況】
自宅から徒歩15分ほどの映画館で開かれる演奏会に、一人で歩いて出かけた。猛吹雪だった。
学生服の上にブルーのアノラックを着ていた。
高校は休学中で登校拒否のようだった。

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。

《特定失踪者・山本美保さんについて》
◆氏名:山本 美保
(やまもとみほ)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年6月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆身長:160cm
◆体重:51kg
◆当時の身分:大学受験生(元看護学校生)
◆当時の住所:山梨県甲府市
◆特徴:
1)左目の下に3針縫った跡
2)左手にしもやけの軽いケロイド
◆靴のサイズ:23.5cm
◆失踪場所:山梨県甲府市の自宅を出て以来消息不明

【失踪状況】
「図書館に行く」と言ってバイクで出かけたまま失踪。甲府駅前にバイクが置かれているのが発見された。
4日後、新潟県柏崎市荒浜海岸にセカンドバックが落ちていたとの連絡。
失踪半年後の11月6日から無言電話が4年半ほど続く。
無言電話はほとんど数秒で切れるものだったが、失踪から3年4ヶ月後と3年6ヶ月後の2回の電話は10分~15分ほど続き、相手はじっと聞いている様子だった。
3年6ヶ月後の電話はすすり泣くような声が聞かれた。
平成16年1月29日、山梨県警に告発状提出。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】古屋圭司編/NHK

2014-04-09 04:52:28 | 日記
古屋圭司拉致問題担当大臣は閣議のあとの記者会見で、拉致被害者の横田めぐみさんの両親が、5月に北朝鮮を訪問するよう打診されたことについて、拉致被害者の家族会は訪朝しないことを決定しているとして、否定的な見解を示しました。
横田めぐみさんの父親の滋さんは、4月2日に開かれた自民党の拉致問題対策本部で、先月モンゴルで孫のウンギョンさんと初めて面会した際、横田さん夫妻にとってひ孫に当たるウンギョンさんの娘の1歳の誕生日に合わせて、来月北朝鮮を訪れるよう打診されたことを明らかにしました。
これについて古屋拉致問題担当大臣は記者会見で、
「あくまで、お孫さんとおばあちゃん、おじいちゃんが会った中での話だ。そういう話があったことは冷静に受け止めているが、これによって政府が対応することは一切ない」
と述べました。
そのうえで古屋大臣は、
「家族会として訪朝しないということは決定しており、当然そのことは横田さんご夫妻もよく承知されていると思うし、考え方に全く変わりはないと思う。訪朝することはないと思う」
と述べ、2人の北朝鮮訪問に否定的な見解を示しました。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・田辺真理子さんについて》
◆氏名:田辺 真理子
(たなべまりこ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年9月27日
◆生年月日:昭和43(1968)年11月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆身長:155cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:販売員(ブティック)
◆当時の住所:広島県広島市中区
◆特徴:
1)髪は染めていないが少し赤茶けている
2)コンタクトレンズ使用
◆失踪場所:広島県広島市中区

【失踪状況】
平成8年9月27日午後8時頃、勤務先のブティック閉店後、同僚に売り上げ等のメールを発信し帰宅したものと思われるが、翌日から出勤しないまま行方不明となる。
勤務先のあった広島市中区本通りから自宅までの間の道でいなくなったと思われる。
田辺さんが1人で店にいることが月の半分くらいあり、失踪当日も1人だった。
両親が毎朝モーニングコールをしていたが、28日はいくらしても出なかった。
両親が広島に行き部屋を見たが、帰った様子がない。
現金50万円が置いてあった。

《特定失踪者・酒井勇夫さんについて》
◆氏名 酒井 勇夫
(さかいいさお)
◆失踪年月日:平成11(1999)年12月23日
◆生年月日:昭和45(1970)年5月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆身長:170cm
◆体重:90kg
◆当時の身分:会社員(食品関係機械製造業)
◆失踪場所:広島県広島市

【失踪状況】
平成11年12月18日より同僚2名と広島市の食品会社に出張(牛乳製造ラインの移設作業)。
本人が責任者で作業を行う。
20日に主たる工事が終了したので同僚2名は帰京、以後1名で22日まで微調整作業のため勤務。
23日午前4時46分ホテルをチェックアウトしたが食品会社には出社せず。
同日12時35分にホテルより北東方向17km先の広島県安芸高田市のATMコーナーで1万円、5万円の2回に分けて本人名義の口座から現金が引き出されている(本人かどうかは確認できず)。
以後消息なし。
なお、早朝のチェックアウトはそれまでも同じ(工場ラインの稼働にあわせるため)。

《特定失踪者・和田佑介さんについて》
◆氏名:和田 佑介
(わだゆうすけ)
◆失踪年月日:平成14(2002)年5月7日
◆生年月日:昭和52(1977)年1月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆身長:172cm
◆体重:80kg
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:広島県広島市佐伯区
◆失踪場所:広島県広島市佐伯区

【失踪状況】
5月7日、会社から無断欠勤していると連絡がある。
その後行方が分からず。
アパートは、冷蔵庫湯沸しポットなど、全て電気も入れてあり、普通どおりの生活感があり、ちょっと外へ出ると言ったような様子。
携帯電話、銀行通帳、キャッシュカード、ガソリンカード、免許証、タバコ入れは無かった。
失踪前日まで、全く変わった様子はなかった。

《広島県警公開特定失踪者・花田昭博さんについて》
◆氏名:花田 昭博
(はなだあきひろ)
◆当時の年齢:18歳(昭和59年当時)
◆当時の住所:広島県大竹市
◆当時の職業:高校3年生
◆身長169cmくらい
◆特徴:
1)痩せ形
2)左眉毛上に米粒大のホクロ

【失踪状況】
昭和59年11月24日、自宅のテーブル上に「釣りに行きます」と書き置きを残したまま行方不明となっています。
1週間後,山口県の大島大橋に本人の自転車と釣り道具が放置されていました。

《広島県警公開特定失踪者・古川 龍さんについて》
◆氏名:古川 龍
(ふるかわりょう)
◆当時の年齢:22歳(昭和61年当時)
◆当時の住所:京都府京都市右京区
◆当時の職業:大学生
◆身長167cmくらい
◆特徴:痩せ形

【失踪状況】
昭和61年8月、語学勉強のため、短期滞在の在留資格を得てイギリスのエクスター市に渡航しましたが、在留期限が過ぎスペインに退去した以降、連絡が途絶え行方不明となっています。

《広島県警公開特定失踪者・西本研一さんについて》
◆氏名:西本 研一
(にしもとけんいち)
◆当時の年齢:48歳(平成元年当時)
◆当時の住所:広島市中区
◆当時の職業:会社員
◆身長163cmくらい
◆特徴:中肉

【失踪状況】
平成元年11月12日、単身赴任先の千葉県市川市内の社員寮に同僚と2人で居住していましたが、本人が休日のため同僚の方だけが出勤して帰寮した時には姿がなく行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】国連決議案編/産経新聞

2014-04-09 04:48:32 | 日記
日本人拉致事件等、北朝鮮の人権侵害を継続調査する新組織が国連内に設置される見通しであることが3月25日、分かった。日本と欧州連合(EU)が国連人権理事会に提出した北朝鮮による拉致被害者の帰還や政治犯収容施設の撤廃等を求める決議案に新組織の設置が盛り込まれたためで、決議案は一部修正の上、27日か28日に賛成多数で可決される見通しだ。
新組織は拉致事件を含めた北朝鮮による人権侵害を継続調査するため、監視や情報収集を行う。活動拠点はアジアの近隣諸国に設けられ、国連の関連機関がサポートする。
日・欧が共同提出した決議案は理事国47カ国によって採決される。中国やロシア、キューバは反対か棄権するとみられるが、賛成が反対を上回る見通しだ。
決議案は、人権侵害に関与した個人を処罰するため、国連安全保障理事会に国際的な司法措置を検討することも求めている。
ただ、人道犯罪等を裁く国際刑事裁判所(ICC)への付託は安保理決議が必要で、中国が拒否権を行使する可能性が濃厚だ。
決議案の採択を受け、政府は日本人拉致問題の解決に向け、日・朝の外務省局長級協議を30、31両日に開催して対話を進める一方、国際社会からの圧力を強める方針。
安倍晋三首相と各国首脳との会談や、国連の場での議論を通じ、拉致事件解決に向けた協力の呼びかけを強化していくことにしている。

◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(拉致被害時22歳)
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)

◆昭和55(1980)年6月中旬
辛光洙(シン・グァンス)事件
被害者:原 敕晁さん(拉致被害時43歳)
宮崎県内で発生。
本件については、北朝鮮工作員・辛光洙(シン・グァンス)が韓国当局に対し、原さん拉致を認める証言をしている。
捜査当局は辛光洙について、これまで原さんに成りかわった容疑で逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求してきたが、平成18年4月には、新たに拉致容疑の主犯として逮捕状が発付されている。
北朝鮮側は身柄の引渡しに応じていないどころか、同人を「英雄」として称えている。
また、捜査当局は原さん拉致容疑の共犯者である金吉旭(キム・キルウク)についても逮捕状の発付を得ており、国際手配を行うなどの所要の措置を講じている。
北朝鮮側は、原さんは1984(昭和59)年に田口八重子さんと結婚し、1986(昭和61)年に肝硬変で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

※「辛光洙は原 敕晁さんになりすますために、原さんについてのあらゆることを調べあげた。それこそ、チャーハンの作り方まで調べあげた」
(石高健次さん)

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】マルナカホールディングス編/産経新聞

2014-04-09 04:44:29 | 日記
在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の土地・建物の競売で、22億1000万円で落札した不動産投資業「マルナカホールディングス」(香川県高松市)。今回の落札で一気に名が知られるようになったが、一体どんな会社なのか。
同社は、食品スーパーの多店舗展開で「瀬戸内の暴れん坊」の異名を取った地域経済の雄として知られる。
民間信用調査機関によると、マルナカホールディングスは1973年設立で、年商は24億円規模(2011年6月期)。中国、四国地方を地盤に200店舗超の食品スーパー「マルナカ」を展開していたが、スーパー事業は2011年秋にスーパー大手のイオンに約450億円で売却した。
マルナカホールディングスは現在、投資業に特化してゴルフ場、ホテル、商業ビル等不動産を中心に事業を展開している。
「マルナカ」の名は中国、四国地方で広く知れ渡っている。大正年間に中山政市氏が始めた青果問屋が源流。1960年代にスーパー事業へ参入し、奉公からのたたき上げで養子になり、社長に就任した芳彦氏が岡山県への進出を果たした。
芳彦氏は四国と本州を自家用ヘリコプターで往来して指揮をとり、急成長したマルナカは「瀬戸内の暴れん坊」として恐れられた。
現在の社長は芳彦氏の長男、明憲氏(56歳)。慶応義塾大卒業後にアメリカの大学院で経営学を学び、スーパーのライフコーポレーション勤務を経てマルナカ入り。28歳で社長に就任している。
関係者は

「即断即決の人。柔道で鍛えた貫禄ある体格で、ブルドーザーのような迫力がある」

とその人物像を語る。
同社の顧問弁護士は

「所有権取得後は明け渡しの申し入れを行う」

と強調。
暴れん坊のDNAを受け継いだ同社の対応が注目される。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・正木冽子さんについて》
◆氏名:正木 冽子
(まさきれつこ)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年9月24日
◆生年月日:昭和17(1942)年12月23日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:157cm
◆当時の身分:看護師
◆当時の住所:香川県内
◆特徴:丸ぽちゃ
◆失踪場所:徳島県徳島市眉山公園山頂

【失踪状況】
徳島市の眉山公園山頂で行方不明。
前日9月23日、香川県大川郡引田町のバーで友人が目撃。

《特定失踪者・岡内正三さんについて》
◆氏名:岡内 正三
(おかうちまさみ)
◆失踪年月日:昭和45(1970)年12月下旬
◆生年月日:昭和16(1941)年12月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆身長:165cm
◆体重:65kg
◆当時の身分:焼肉店従業員
◆当時の住所:香川県高松市
◆特徴:眼鏡着用
◆失踪場所:香川県高松市

【失踪状況】
勤務していた焼肉店から失踪。
仕事着(白い割烹着)で所持金も免許証も持っていなかった。
皆近くへでも行っているものと思っていた。

《特定失踪者・松永正樹さんについて》
◆氏名:松永 正樹
(まつながまさき)
◆失踪年月日:平成7(1995)年8月28日
◆生年月日:昭和40(1965)年1月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の身分:無職
(以前は運送会社などに勤めていた)
◆当時の住所:香川県内
◆失踪場所:香川県善通寺市~福井~北海道か?

【失踪状況】
1995(平成7)年8月28日未明、「福井へ10日から2週間、仕事で行ってくる」とメモを残して車で香川県善通寺市の自宅を出たまま行方不明となる。
クレジットカードの支払い明細から8月28日に福井県三方五湖でガソリン34リットル給油。
9月1日以降網走、阿寒湖などで給油。
9日に足寄で29リットルを給油。
同月14日北海道の消印で、本人が本人宛に書いた封書が届く。
本人の部屋へ置いておくが、3週間過ぎても帰らないので開封すると、車番号、銀行口座番号、印鑑、暗証番号、車のキーが入っていた。
9月12日、青森で預金5万円が引き出されている。
同年12月19日、北海道苫小牧市の会社所有地に車が放置されているのが発見される。

《特定失踪者・永本憲子さんについて》
◆氏名:永本 憲子
◆失踪年月日:昭和56(1981)年5月10日
◆生年月日:昭和39(1964)10月2日
◆性別:女性
◆当時の年齢:16歳
◆身長:160cm
◆体重:50kg
◆当時の身分:高校2年生
◆当時の住所:高知県宿毛市
◆特徴:
1)中肉
2)眼鏡使用
◆失踪場所:高知県宿毛市の片島公民館前バス停から

【失踪状況】
5月10日の午前10時30分頃、自宅近くの片島公民館前のバス停で、本人の伯父が見かけて声をかけたところ「もうすぐバスが来る。母の日だから宿毛に買い物に行く」と言っていた。
所持金は、現金2万円と、郵便貯金通帳(残高約5万円)のようだったが、その通帳から現金を下ろした形跡はなかった。

《特定失踪者・亀谷博昭さんについて》
◆氏名:亀谷 博昭
(かめたにひろあき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年1月11日
◆生年月日:昭和37(1962)年7月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:会社員・精密機器組み立て
◆当時の住所:大阪府寝屋川市
◆特徴:左横に直径2mmくらいのほくろ
◆失踪場所:大阪府

【失踪状況】
朝自宅から交野市の会社へ出勤したまま行方不明。
いつもと全く変わった様子はなかった。

《高知県警公開特定失踪者・鎌倉 司さんについて》
◆氏名:鎌倉 司
(かまくらまもる)
◆当時の年齢:22歳(昭和59年当時)
◆当時の住所:神奈川県川崎市中原区
◆当時の職業:無職(元会社員)
◆身長:170cmくらい
◆特徴:
1)痩せ形
2)面長

【失踪状況】
昭和59年8月ころ、川崎市の自宅に荷物を残したまま行方不明となっています。
同じ月に東京都隅田川河口で鎌倉さんが使用していたバイクが発見されていますが、行方不明者の発見に至っていません。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】横田めぐみさん/産経新聞

2014-04-09 04:40:57 | 日記
北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん(拉致当時13歳)の父の滋さん(81歳)、母の早紀江さん(78歳)が3月24日、日本外国特派員協会(東京)で記者会見し、モンゴルで面会しためぐみさんの娘、キム・ウンギョンさん(26歳)に、めぐみさんの生存を確信していると伝えたと明らかにした。
横田さん夫妻は3月10日~14日にウンギョンさんや、その夫、娘とされる乳児と初めて面会。17日の会見で、めぐみさんの安否について北朝鮮の公式見解以上のやりとりはなく「政治的な問題が絡むので、あまり触れなかった」と説明していた。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・二宮喜一さんについて》
◆氏名:二宮 喜一
(にのみやよしかず)
◆失踪年月日:昭和37(1962)年9月頃
◆生年月日:昭和13(1938)年1月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆身長:156cm~157cm
◆体重:52kg
◆当時の身分:会社員。夜は専門学校生
◆当時の住所:東京都品川区小山
◆愛媛県西宇和郡保内町出身
◆特徴:
1)やせ形
2)面長
◆失踪場所:東京都品川区

【失踪状況】
「ちょっと頭を冷やしに十和田湖に行ってくる」とメモを残して失踪。
1ヶ月位後に下宿先から「帰ってこないが、実家に帰っていないか」と家族に連絡が来た。
将来は無線通信士を目指していた。

《特定失踪者・山下綾子さんについて》
◆氏名:山下 綾子
(やましたあやこ)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年4月
◆生年月日:昭和17(1942)年9月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:28歳
◆当時の身分:看護師
◆当時の住所:愛媛県今治市石井町
◆失踪場所:愛媛県今治市

【失踪状況】
4月のある日、自宅から出たまま行方不明となった。
翌日、国鉄今治駅(当時)に自転車が置いたままになっているのが発見される。
自宅から勤務先の病院には自転車で通勤しており、鉄道は使っていなかった。
また、その病院も失踪一週間前に自ら辞めていたことがあとからわかった。
自転車の前カゴに桜の小枝が一本入っていた。
普段着のままの外出で、家には預金通帳・印鑑などがそのまま残っていた。

《特定失踪者・大政由美さんについて》
◆氏名:大政 由美
(おおまさゆみ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年3月28日
◆生年月日:昭和42(1967)年4月5日
◆性別:女
◆当時の年齢:23歳
◆身長:150cm
◆当時の身分:三重大学研究生
◆愛媛県伊予市出身
◆特徴:下唇の下に縫合跡(2歳6カ月の時に5針くらい)
◆失踪場所:韓国慶州市

【失踪状況】
同年3月に三重大を卒業。考古学専攻。
3月27日夜、慶州ユースホステルにチェックインし、翌朝10時に荷物を置いたまま外出し、その後消息不明。
現地、慶州警察署で捜索。
1991年3月~1994年10月の間に数回無言電話。
正確な日付は不明だが、午後から夕方にかけてがほとんど。
受話器を取ると人の息、生活音も聞こえず受話器を置くまで一言も話さなかった。
北朝鮮にいるとの複数の不確定情報がある。

《愛媛県警公開特定失踪者・槙野國貞さんについて》
◆氏名:槙野 國貞
(まきのくにさだ)
◆当時の年齢:19歳(昭和38年当時)
◆当時の住所:大阪府大阪市
◆職業:会社員(運送業)
◆身長:155cmくらい

【失踪状況】
昭和38年12月6日の午後6時30分頃、大阪市内で運送の仕事を終え、同市内の道路上に自動車を放置したまま、行方不明になっています。

《愛媛県警公開特定失踪者・仙波照男さんについて》
◆氏名:仙波 照男
(せんば てるお)
◆当時の年齢:38歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛媛県新居浜市宮原町
◆当時の職業:工員(製作所勤務)
◆身長:170cmくらい
◆特徴:
1)右鼻横にホクロ
2)眼鏡使用

【失踪状況】
昭和43年1月12日、家族に黙って新居浜市の自宅から出て行ったまま行方不明になっています。

《愛媛県警公開特定失踪者・兼井仲由さんについて》
◆氏名:兼井 仲由
(かねいなかよし)
◆当時の年齢:30歳(行方不明当時)
◆当時の住所:大阪府大阪市西成区
◆愛媛県西条市丹原町出身
◆職業:理容師
◆身長:165cmくらい
◆特徴:
1)面長顔
2)浅黒

【失踪状況】
昭和42年頃から大阪市内の理髪店で勤務していましたが、昭和53年4月初旬、荷物をまとめて当時の自宅を出て以来、そのまま行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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