読書の記録

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不安に克つ思考 賢人たちの処方箋

2021年11月07日 | 環境・公益
不安に克つ思考 賢人たちの処方箋
 
クーリエ・ジャポン編
講談社現代新書
 
 
 ここに出てくるのはリンダ・グラットンに、ダニエル・カーネマンに、トマ・ピケティに、ユヴァル・ノア・ハラリに、グレタ・トゥーンベリに、カズオ・イシグロなど。
 
 当初、この手の本をみたときに「超豪華なシンポジウムか神々の競演」と思ったが、その後に何匹めのドジョウのごとく、次々と同じようなコンセプトの本が出てくるのを見て、この種の企画は見かけ以上にコスパがいいんだろうなと思うようになった。原稿料だと破格になるのかもしれないが、ZOOMでインタビューしてこちらでまとめるだけだと、これだけのビッグネームの集合でも収支があってしまうようだ。
 
 本書においては、それぞれのインタビューの長さや深堀り具合が登場人物によってまちまちで、わずか数ページかつ浅いコメントで片付けられてしまっているものもあり、その出来は玉石混交といったところではあろう。その中にあって個人的に興味深かったのをあげるとすると
 
 ・行動経済学「ファスト&フロー」のダニエル・カーネマン→人間は指数関数的な予測が本能的に苦手である、したがって人間はAIの予測には叶わないのに、やはり人間的な心理バイアスでAIに命を預けることをためらう(自動運転など)。
 ・「レス・イズ・モア」のバーツラフ・シュミル→カーボンニュートラルの収支計算だけ解決しても地球のサステナビリティは本質的に解決しない、レアメタルの枯渇や生物多様性の損失は二酸化炭素とはまた違う動きで進んでいる。
 ・ジェイムズ・スタヴリディス→米中戦争の必至を予言。テクノロジーもGDPもアメリカを抜くのは時間の問題。台湾統一は計算範囲内。
 ・例のグレタさん(なんともう18才なのね)→二酸化炭素排出量を何年に何%という指標設定をした瞬間に、単なるゲームになってしまい、手段と目的が逆転する。
 
 これ以外にも、経済指標より物語のほうが感染力強く人を動かすと看破する「ナラティブ経済学」のロバート・シラーの話や、政治の対立軸は階級闘争に持ち込んだほうが健全に機能するというトマ・ピケティの話も気になったが、もうちょっといろいろ深堀してほしかった気がする。人間の判断力の限界点を彼らなりの専門領域で指摘したところと言えようか。
 
 
 この手の本は、今の世の中の課題や論点をさっと見渡す意味で都合いい。
 本書の場合、なべてみれば「格差の拡大」こそがいま世界におこっている問題の諸元と言えそうだ。しかもこの格差拡大のメカニズムはロックオンされてしまっていて容易には解消しない。本気で政治行動で変えようとしても、なぜか庶民層が保守派を支持するという謎の傾向が西洋諸国でも日本でも90年代以降続いており、階級闘争が政治のメインの対立軸になっていないのである。
 じゃあ、富裕層がこの世界を維持するのに重要なポジションにいるのかというと、これまたそうでもないよね、というのがこのコロナで判明したことであった。たとえば富裕層の代名詞GAFAは本当にこのコロナ後の世界で必要なのか。彼らはリモート禍において生活インフラを用意したと主張するが、でも実際において我々が生きていくこの社会において真の要になっているのは結局のところ配送や衛生や食料やエネルギー管理などの「エッシェンシャル・ワーカー」ではなかったか。
 しかし、エッシェンシャル・ワーカーこそが経済的に優遇されるという話にはけっきょくのところならない。これも不思議な経済のからくりとしか言いようがない。富裕層を富裕層を垂らしてめているのは単に税制優遇のためだけである、という指摘が本書にはある。本当はそういう税制こそしっかりと議論しなければならないのだが、今日の政治の対立軸では、どうも税制について熟慮できないまま決まりやすいところがある。(政局や族議員の都合によって決まるのは日本も世界も同じのようだ)。
 
 しかし、そんな格差社会に憂いている中でひしひしとしのびよっているのが、地球温暖化による気象異常の激甚化と中国のヘゲモニー国家化なのだ。どちらも2030年あたりが重要タームである。このときの日本は国民の3分の1が高齢者だし、東京には大地震が来てそうだしと思うとお先真っ暗な気分になってくる。このままいくと一部の富裕層だけが安全地帯を確保できて、それ以外は大いに時代に翻弄されかねない。
 
 本書のタイトルは「不安に克つ思考 賢人たちの処方箋」だが、全体的には望み薄な印象が強い。タイトルとは裏腹に、したり顔で議題を投げかけておいて処方箋は提示しない話者も多い。課題を示すには長けていても解決の方向性を示唆できないのは本書に限らずこの手の本の弱点なのかもしれない。なんとなく行間から透けて見えるところは、DXとかカーボンニュートラルといった当世流行るキーワードに惑わされることなく、何がこの先の社会で「エッセンシャル」かの透徹した視線だろう。

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