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「科学的」は武器になる 世界を生き抜くための思考法

2024年05月01日 | 生き方・育て方・教え方

「科学的」は武器になる 世界を生き抜くための思考法

早野龍五
新潮社

 浅学にして著者の名前を知らなかったが、科学者としていろいろ知られた人のようである。福島原発事故のときはTwitterで中立的なデータ情報を発表し続けてたというから、僕も目にはしていたのかもしれない。

 「科学的」とは何かーーいろいろな人がいろいろなことを言ってきたように思う。数字で証明できれば「科学的」なのか、再現性を担保することが「科学的」なのか。
 本書では「科学的」という言葉を、役に立つことを前提に結果から逆算して取り組むのではなく、どうなるかわからない、何に役に立つかわからないけれど、ただ仕組みや仕掛けの解明に追求したいという気持ちでの取り組みを「科学的」としている。科学的態度といったほうがいいのかもしれない。過去の偉大なる科学的発明発見の多くは、当初の目的から外れたところでなかば偶然に見つかったものだったり、とにかく無暗矢鱈にトライ&エラーを繰り返すその行き当たりばったりの中でなぜかよくわからないけど一つだけ成功したものだったりすることが多い。
 であるから、目標定めて最短距離で最大成果に到達させるようなコスパタイパ思考の持ち主は「科学的」とは言えないわけである。どうなるかわからないし、何の役に立つのかわからないけど、なんか面白そうだからとにかくあれこれやってみる。このモチベーションが実はイノベーションのとっかかりになる。このあたりの考えは「役に立たない研究の未来」も別の角度から同様の主張が為されていた。

 実は、このような概念はよく言われてはいるのである。セレンディビティピティやブリコラージュといった思考にも通じるし、スティーブ・ジョブズの名言のひとつ「stay foolish」はこれに通じるように思う。寺田寅彦は「科学者とあたま」というエッセイで、あまり先が読めてしまう賢い人は無駄撃ちや遠回りを避けるから偉大な科学者にむかないということも言っている。
 これを計画的に経営に取り入れるとチャールズ・オライリーの「両利きの経営」になる。

 これだけ言説があるのに、現実の世の中はなかなかどうして「科学的態度」を許してくれない。目論見と勝算を尋ねられ、結果のコミットを求められる。我々だって自分の税金が国のなにかの研究や開発に使われるとき、どうなるかわからないけれど面白そうなのでいろいろやらせてください、では納得できないだろう。

 つまり、「どうなるかよくわからないけれどなにかおもしろそうだからとにかくいろいろやってみよう」という科学的態度は、誰もが思うものすごく魅力的なユートピアでありながら、でも、誰だって自分の負担で他人にそれをやらせるには抵抗がある、という極めて難しい理想なのである。

 思うに、「科学的態度」を貫くには庇護者が必要ということではないか。サントリーの創業者である鳥井信治郎の矜持は「やってみなはれ」であったことは有名で、これは今でもサントリーの社訓になっているという。(これに対し「見ておくんなはれ」と返すことでワンセットになるのだと、同社の人が言っていた)。
 科学的態度が必要なのは、科学者ではなくてマネージャーやスポンサーの立場の人なんだよなー。昔の芸術家のパトロンは偉かったんだなーと思う。


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