読書の記録

評論・小説・ビジネス書・教養・コミックなどなんでも。書評、感想、分析、ただの思い出話など。ネタバレありもネタバレなしも。

望み通りの返事を引き出す ドイツ式交渉術

2021年11月03日 | 実用
望み通りの返事を引き出す ドイツ式交渉術
 
ジャック・ナシャー 訳:安原実津
早川書房
 
 
「ドイツ式」である。どこらへんが「ドイツ式」か。
 
 ドイツっぽいというと、「論理的」とか「順法精神が強い」とか「人情味が薄い」とかそんな印象を与える。
 本書による交渉術は、経済行動学と心理学を駆使したものだ。そこらへんが既にドイツ式なのかもしれないが、人間が心に持つ「筋を通せなばならない」「つじつまがあわなければならない」という本能とでもいうべき心理を使ったり、相手がそれを用いてきた場合はいかに惑わされずにこれを見抜くか、というロジカルなテクニックが次々に出てくる。一例としていちばん大事な交渉事項は最後にもってくるなんてのもある。そこに至るまでに相手にいろいろ調べさせたり動いてもらったりし、最後に、一番大事な金額交渉に臨んだりするのだ。相手はここにたどりつくまでずいぶん労力をつかっているのでそれまでの動きを無駄にしたくなくて交渉決裂にならないように心理が働く(いわゆる「サンクコスト効果」というやつだね)。したがってこちらの言い値を飲みやすくなる。
 
 また、別の例として「相互主義」という心理の活用がある。人は何か相手から「借り」を感じると、どこかでバランスをとろうとして譲歩したり、何かを返礼しようとする。ここで問題なのは、自分が本当に何か身を削って相手に「貸し」をつくったかどうかではなく、相手が「借り」と感じるかどうか、にある。したがって自分は痛くもかゆくもなんでもないことでも、相手が「借り」と感じてしまえば交渉は多いに有利になる。反対に、せっかくこちらが身を削っても、相手がそこに何の価値も見出さなければそれは「借り」感覚にならず、失敗である。
 では、どうすれば自分の犠牲を最小にし、相手への「借り」感覚を最大になるのか。
 そんなことを論理だてて説明している。たとえば相手がいちばん気にしているのは何か。本当にコストなのか、実は時間が迫っているとか、上司にプレッシャーを与えられているとか、実はアフターサービスなのか、とか。そこを探り当てれば、相手が重視していて自分がそれほど持ち出しに負担ではないものが見えてくる。相手が実はもう時間がないのだ、ということがわかればこう言える。「あいにく価格はこれ以下は下がりません。だけど、今ここで決めることができたら本日中の配送手続にぎりぎり間に合います。(実は当日配送の締め切りはまだ数時間後である)」
 
 うーん、恐ろしい。他にも電話で交渉や相談を持ちかけられた時は、むこうは準備万端でこちらは不意打ちになって不利だから折り返すようにしたほうがよいとか、コールセンターでこっちの申し出が通らなかった時は、いっぺん切って同じ番号にかけ直し、別のオペレーターに同じ話をすると良いとか(今度は通ったりすることも多いんだそうだ)、実際には存在しなくても相見積もりの相手がいるよう仄めかせとか実用的な面も記されている。こういう本を早川書房が出すあたりがまた面白い。
 
 
 ところで「ドイツ式交渉術」があるのなら、「アメリカ式交渉術」だって「イギリス式交渉術」だって「日本式交渉術」だってあってもよさそうだ。それってどんなだろうか。
 
 たとえば「アメリカ式交渉術」というのは、タフネゴシエーターの戦いのようなイメージがある。YESかNOか。もちろん映画などの印象に過ぎないが、しかしGAFAの合従連衡なんかをみていると、そこにはどんな交渉バトルが繰り広げられたのだろうかと思わずにいられない。訴訟だらけになりそうだ。
 
 「イギリス式交渉術」ってどんなだろう。いかに紳士としての立ち振る舞いの中で、相手のプライドを維持したまま、表面上はニコニコおだやかにしながら、実は腹の探り合いで双方の利害一致をみつけていくようなそんな感じだろうか。
 
 「フランス式交渉術」とは。なんとなくけむに巻きながらお互いの向こう側にあるものを意識しつつやっていくのだろうか。
 
 「イタリア式交渉術」。なんかいいかげんな感じがするな。適当に調子のいいことをお互いにいいながらまったく穴だらけの交渉になって、いざ実施の面でいやに苦労しそうだ。いやしかし、イタリアといえばマフィアでもある。マフィアの交渉となると、最後の最後で裏切られたときのズドンが怖いから、どこかで見えない一線というのがあるのかもしれない。
 
 「中国式交渉術」。これは難しそうだ。とにかくねばりにねばりながら、表面で涼しい顔をしつつ、時間をかけて行う。人海戦術で、次から次へといろんな人が現れれ、ペースを乱す。しびれを切らしたほうが負けだ。
 
 「ロシア式交渉術」。こわ。ロシアンルーレットならでは。まずは強面をつくるところからスタートだ。笑顔は一切禁止。人のいいところを見せたら負け。交渉前の事前情報活動がモノを言うだろう。
 
 「日本式交渉術」。どこまで根回しできてるか、だろうね。(この「ドイツ式」の本には「根回し」は一切でてこないのだw)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レシピを見ないで作れるようになりましょう。

2018年05月19日 | 実用

レシピを見ないで作れるようになりましょう。

有元葉子
SBクリエーティブ


 ありそうでなかった本。助かる。

 僕は料理はするのだけれど、それは趣味とか得意とかでなくて必要に迫られてやってきたものだ。上手と言える自信もないし、さしてレパートリーがあるわけでもない。調味料はいつも目分量だけど、その目分量はまったくのあてずっぽうであって、どの調味料とどの調味料をどの割合でまぜるとこんな味になる、なんてセンスはまったくない。野菜の切り方も適当である。●●切り、××剥き、なんてのがあるらしいが僕はいつも簡単なざく切りであって、他人様の前に出せるものではない。

 そんなわけで、なにかつくらなければならないような状況におちいったときは世の主婦同様CookPadに行き着くのだが、なんかそこまでレシピと首っ引きなほど真剣にしたいわけでもないんだよなという気もあった。たいして凝るつもりもないし、冷蔵庫にあるもので2、3品あってそれにご飯と味噌汁くらいなんだけどな。キャベツと豚コマがあるからこれ炒めればいいんだけどな、という具合だった。CookPadにはそういうのもたくさん上がっているけれど、それはレシピをみるとよりは、じゃあうちもけっきょくこれにするか、みたいな献立アイデアをもらうという具合だ。
 しかし、キャベツと豚コマの炒め、つくってみてもたいして美味くない。まずくはないが、なんか肉がもそっとしたり、キャベツがべちゃっとしていたり。そのくせ、塩だけでは物足りない気がして、味の素とか中華味とかにんにくとかいろいろ足してみたりして。で、まあこんなもんかといいながらもそもそ食べる。

 というわけなのでタイトルにつられて開いてみたら、いきなり美味しいキャベツの炒め方だ。なるほど!! そういうことだったのか。目ウロコ100枚落ちである。自分は何十年も何をやっていたのだろうということだ。それで本書を購入して言われていた通りにやってみたら、たしかにこれでいいのである。美味いのである。塩だけでもいいのである。
 野菜と肉の炒め合わせもこうやればいいのだ。単純である。煮物だって煮つけだってこれで済むのだ。

 以上。ここにその詳細を書くと業務妨害になるけど、要するに理にかなった工程さえ守れば、素材の味と最小限の調味料でいけるということなんですね。料理がCookPadをはじめとするレシピ文化になって、工程の妙というのが後景化してたことを思い知らされた次第である。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界性科學事典(昭和26年発行)

2010年04月03日 | 実用
世界性科學事典(昭和26年発行)
WORTERBUCH DER SEXUAL WISSENSCHAFTEN

小林秀雄(編著者)

 前回に続いてあやしげな本。これは50円で放出されていたが、奥付をみると、当時は「定価200円」で売られていたそうだ。また、その横にカッコ書きで「地方売価は210円」と書かれている。そんな時代があったのだろうか。出版社名は「土曜文庫」というところである。
 ちなみに、「世界性科學事典」でも「世界性科学事典」でも、ググったら1件もヒットしなかったから、そうとうな珍本かもしれない。

 ・・というか、編著者の名前が、小林秀雄ってのが、え? あの小林秀雄? それとも同姓同名? 昭和26年って、例の「モオツァルト」が昭和21年である。偶然の一致かな?

 だが、本書の「序文」が非常に格調高いのだ。この序文を引用してみる。なお、旧漢字は、現代のものに改めている。

----------
 太平洋戦後の民主的自由主義の台頭にともなう性の解放は、街頭におびただしい数のエロ雑誌、タブロイド判エロ新聞、エロ演芸を氾濫させ、肉体の文学まで発生させた。
 それはどこの敗戦国にも見られるデカダンス的現象だと云われていえるが、そればかりではない。原因はより深く、日本でこれまで性に関することをおしなべて一切猥褻として隠蔽していたための反動性も否定することはできないだろう。もしも日本の文化がより正しくまともに人間の自然性を明らかにしていたならば、このような惨たんたる頽廃はなかったのではあるまいか? 秘められたいたが故に一切が珍奇に見える。その国民大衆の好奇心を悪業者が巧みにねらい、煽りたてた傾向が多分にある。もしも大衆が今少し性科学に関する知識をもっていたならば、これほど軽々しくそれに釣られ、踊らされることはなかったのではあるまいか。
 人間生活と性の問題は切り離せないものである以上は、その科学知識の積極的普及こそはむしろ今日の頽廃や堕落や淫卑を放遂する最高の政策であると私は信じる。
 (以下略)
----------

 これ、やっぱ「あの」小林秀雄なんじゃなの?

 ちなみにこの事典(タイトルでは「事典」、序文では「辞典」となっている)によると

 【性愛技巧[前戯・後戯・探宮]】
 性交はその方法の如何によっては女子に恐怖または嫌悪感を興えることがあり、終生女子の精神感情からはなれぬようになり、病症化することがある。また、性感のハーモニーを合わせるためにも、男子は性愛的技巧をほどこしてこれにあたらなければならない。この技巧がないばかりに妻がヒステリーその他の婦人病にかかったり、夫婦生活に和合が得られない例はいくらもある。一体に日本人は男子が独善的で、快美感を増す技術に乏しい。外国では生体の悦楽として性行為を尊重しその悦楽を正しく享受するように努めており、文化的なものは寝室の色彩配光、衛生設備を十分にし、酒その他軽い興奮剤まで用意しているものもある。(以下、色々用語が具体的になるので略)


 【腹上死】
 交接中における男子の頓死。主として色欲亢進症に起こるものである。原因は動脈硬化、心臓内膜炎等による急激な充血や血管硬張によって、血管の破裂溢血を起し、あるいは末梢血管の破壊またはエンボリーのためにも起る。

 【コキユ(佛)】
 語義は妻を寝とられた男の意。妻が他の男、すなわち姦夫と関係していることが明白である場合、普通ならば嫉妬、面目等のため追及、離婚等の手段をとるのであるが、自虐的にそれをこらえ、むしろそれを性的満足を感じている変質者もある。そういうのは一種のマゾヒズムである。

 【空想的淫虐症(象徴的淫虐症)】
 ノーマルな性交状態でなく過激な淫虐的性交場面を想像することによって性欲を起し性的興奮を感じる変態性欲で、実行性はないから手淫過度と神経疲労のため神経衰弱になる。


 この他にも、避妊の仕方とバリエーションを懇切丁寧に説明していたり、妊娠と出産についても一章を割いて説明していたり、カーマスートラなども出てくる。驚くべきことに、これが実はポケットサイズ。まさに一家に一冊、いつでも持ち出し可能で、日本の「頽廃や堕落や淫卑を放遂する最高の政策」として手掛けられた、小林秀雄(本人かどうか結局不明)の一大事業なのである。時に「三丁目の夕日」の前夜。まさか、草食系なんて時代がくるなんて思ってもいなかっただろうな。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする