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緩和ケアで行こう

へなちょこ緩和ケアナース?!のネガティブ傾向な日記です。

せん妄の世界での生活

2012-06-10 20:48:39 | 患者さん

 長岡さん(仮名)、男性。
 長岡さんはせん妄状態。


 せん妄が悪化しないようにハロペリドールを定期的に使ったり、夜間に眠れるように試みをいろいろ行って…。
 できるだけ、長岡さんにとってストレスになることは軽減してみて…。


 せん妄自体は完全に改善はみられていませんが、「様子をみていいだろう」という状態にあります。


 
 ところで。
 この長岡さんのせん妄、実に面白い。

 長岡さんは、実に見事に、現実である病院での生活と、せん妄の世界での生活を両立させておられます。



 長岡さんはこれまでに電気工事の仕事を一生懸命にされた方。
 その分、ご家族との関係性は薄かったようですが…。

 そのあたりは、ご家族も何とか了解できるところのようです。



 長岡さんは、かなり体力が落ちておられて、うとうと眠りつつも、話しかけると返事はある、くらいの覚醒状態です。




 そんな長岡さんに話しかけてみると、長岡さんはしょっちゅう、仕事をしておられます。
 そして、さらによく話を伺ってみると、私たちの目の前で長岡さんはベッドの上で横たわり、現に存在しておられるのですが、長岡さんの生活は「今、ここ」にはありません。


 ある日、長岡さんに話しかけてみると、鮎釣りにでかけているところでした。
 その次の日、話しかけてみると、畑にでかけるとのことでした。
 その次の日、話しかけてみると、昨日は忙しくて、畑仕事ができなかったとのことでした。
 そして、またしばらくして話しかけると、近所の建築屋さんと話をしているとのことでした。




 長岡さんのお部屋に行くと、私は必ず、こう声をかけます。
 「今日は忙しい?」

 長岡さんは、「いや。」と答えてくれます。



 ご家族によくよく話を聴いてみると、長岡さんはまだ元気に仕事をしていた時期のことを話しておられるようなのです。
 
 そして、よくよく、長岡さんとご家族に話を聴いてみると、長岡さんの「せん妄の中での生活」は少しずつ、時間の経過すらあるようで…。



 ポンは長岡さんの話を聴くたびにいつも思います。

 お、お、面白いっ。
 なんて感動的なせん妄っ。



 終末期のがん患者さんにせん妄が生じたときには、患者さんが今までとは人が変わったようになってしまって、ご家族がとてもつらい思いをすることが多いものです。
 長岡さんの場合には、せん妄に対する理解が得られています。
 それは、
 ・長岡さんの経過が長期に及んでいること
 ・ご家族にできるだけのことはしたという気持ちがあって、患者さんのそばにいる時間があること
 ・経過がゆっくりなので、ご家族に心の準備の時間があること
 ・これまでに家族のつながりは深くなかったけれども、今の状態をきっかけに家族の絆が生まれていること

 こんな幸いな要因があって、ご家族は長岡さんのせん妄にゆったりと向き合っておられます。



 長岡さん。
 あまりにもナースコールの線や点滴のラインをいじくりまくるので、見るに見かねて、ご家族が延長コード(コンセントに差し込むやつね)を使ってもいいかどうかと尋ねてこられました。
 これに関しては、コードが電源につながっているということで、いくら電気工事をされていた長岡さんといえども、危ないかな、と思って、ポンから、別の提案。


 思いっきりいじくれるような「紐」をベッド柵にくくりつけてみては…?


 長岡さんの作業に見合う「紐」は何がいいかな?
 皮膚を傷つけたりするものはだめだし…。


 このことをスタッフに相談しましたところ、点滴のラインのチューブ状になっているところだけを切り取って、その周りにビニールテープを巻いて、2本を縄状に編むのはどうかな?と提案がありました。
 スタッフに作成をお願いして、その「紐」を柵に括りつけました。

 長岡さんはそれを必死に触っておられます。


 
 さてはて。

 長岡さんは、ご家族や医療者からみると、「現実の」病院での生活を送っておられます。
 これは、客観的な世界。
 しかしー。長岡さんはせん妄の世界、長岡さんが健康だった時代で生活をしておられます。
 
 この2重の生活。
 
 ポンはなんだか、長岡さんの器用な生き方に関心してしまっております。
 
 長岡さんに「しんどい?」って聴いたら、「しんどい」っていいつつも、「うちはすぐそこだから、大丈夫。」ってしんどいながらも、何とかなるって長岡さんは教えてくれます。


 長岡さんが2重の生活をしておられるのなら、私たちだって、長岡さんの2つの生活を長岡さんのペースに合わせて、行き来しなきゃね。


 
 こんなに、せん妄に対して興味と感心を湧かせてくれたのは、長岡さんが初めてです。