佐々木さん(仮称)の体力が落ちてきました。
もともと、家に帰りたい、家に帰りたいと話されていたのですが、主にお世話をしてくださっている息子さんが、家族のやむにやまれぬ事情で家に連れて帰ってあげられない状態でした。
息子さんに迷惑をかけちゃならん…。
体がしんどくて、不安でたまらない佐々木さん。
できるだけ看護師がそばにて、お話を聴いたり、マッサージをしたりして時間を作るようにしていました。
けれど、特に夜になるとその不安な気持ちがどっと押し寄せてきて、言い方は悪いですが、看護師を離さない毎日を過ごされていました。
ある日、佐々木さんは言いました。
「もう、さみしーてしゃーないんや。家に帰りたいゆうたら、息子に迷惑をかけるからゆうたらあかんと思てたけど、もう、自分からゆうてみます…。」と。
私たちは、佐々木さんがおうちに帰るのは難しいとわかっていたから、おうちに帰りたいと切に願っている佐々木さんには申し訳ないけれど、できるだけ病院で過ごせるようにと思って、できるだけ佐々木さんのそばで過ごすようにしていました。
それは、帰りたいといっている佐々木さんの気持ちに応えられないご家族のつらい気持ちを少しでも和らげるためでした。
勇気を振り絞って、息子さんに打ち明けた佐々木さん。
それでも、その勇気は重々わかっていても、この気持ちに応えることは息子さんにはできませんでした。
そこで、息子さんは決心されました。
「僕は、父親の面倒をみるために仕事を辞めました、これからは、僕が毎日、泊まり込みます。」
それを耳にして、私たちはとても複雑な気持ちでしたが、佐々木さんは何とか、この息子さんの提案に思いとどまったようでした。
さて。
そこから、佐々木さんの息子さんの奮闘が始まりました。
佐々木さんは夜になると睡眠を十分にとりきれない状態だったので、息子さんがそばにいても、看護師がそばにいることを望まれました。
おそらく、佐々木さんは、ご自分の体の声を聞いておられ、この体力の落ち具合は尋常じゃないと感じておられたために、どうしようもないさみしさや不安を感じておられたのだと思われました。
気持ちの不安定さは、回復することのない病気から来ているのだから、完全に和ぐといったことは期待できません。
でも、その日その日を少しでも、その時その時を少しでもいいから、ほっとして、安心して過ごしてもらいたいと思っていましたから、息子さんがそばにいても看護師はそばにいつづけました。
けれど、息子さんにしてみれば、その状態は心休まるものではありませんでした。
自分がついているのに、どうして看護師さんを呼ぶのか、以前はとても温厚で、辛抱強い父親がどうしてこんなに甘えたれに変わってしまったのか…。
そんな思いをもっておられたので、佐々木さんのそばで過ごしていた息子さんは、いらいらいらーーっとされていました。
そして、看護師に、すみません、すみませんと謝り続け、気を遣いつづけ…。
そんな日々が続きました。
いよいよ、佐々木さんの体力が落ちてきたある日。
佐々木さんはせん妄になってしまいました。
つじつまの合わないことを話されたり、同じ行動を何回も何回も、必要以上にとるようになりました。
原因の一つが貧血とわかっていましたので、輸血をすることにしました。
普通、緩和ケア病棟では何がなんでも輸血という方法は取らないのですが、この場合の輸血は、体力を回復するというよりも、せん妄で「わけのわからない」ことを話している佐々木さんと一緒に過ごす息子さんの気持ちを考慮したことと、
残りの時間をできるだけ、佐々木さんらしく過ごしてもらいたいということからでした。
けれど、輸血はせん妄を解決することはできず、体力低下の進行は駆け足のごとく、せん妄はさらに悪化しました。
トイレに行った後、すぐにまたトイレに行くという佐々木さん。
そのうち、トイレに行かせろーーーといって、看護師に殴ってかかってきました。
連日の付き添いの疲労と、父親の変わり果てた姿をみて、息子さんはショックを受けておられました。
息子さんの付き添いによる疲労をなんとかしたいと思い、私たちは何度も何度も話し合って、あれこれとお手伝いをしてきました。
息子さんとは他愛もない会話から、父親に対する思いなどなど、たくさんたくさんお話をしました。
みんなで、一晩でもいいから、家に帰ってゆっくり休んできては…、とお伝えしました。
息子さんはにこにこしながら言います、「昔は営業をしてましたから、2~3時間の睡眠なんて、慣れてますから、大丈夫です!」と。
声をかけたのは、私もなのですが…。
私は、息子さんの奥さんにも声をかけました。
ちょっと…、いえ、かなり率直に…いいました。
「あの…、息子さんのお体が心配です。あまり休めない日が続いてますから…。昔はお仕事で忙しくされてて、慣れてるとおっしゃってますが…。あのー。それは、お若い時の話で、今はその時よりも年を取られてるし、かつてのようにいかんところもあるんやないでしょうか…。ごめんなさい、ぶっちゃけ、ゆうて…。」
奥さんは、ふむふむとうなずいて下さり、「伝えときます」と笑顔で答えてくれました。
残念ながら、佐々木さんは亡くなられました。
付き添い続けられた息子さんはきっぱりとおっしゃってました。
「もう、僕には悔いはありません。」と。
本当によくがんばられたと思います。
ここからが余談。いや、本題かも。
息子さんの奥さんに、「旦那さんはもう、若くはないのだから」のようなことをお伝えしてしまったポン。
ある日、夜の病棟の廊下を歩かれていた息子さんとお話をしていました。
息子さんはにこにこしながら、私にいいます。
「嫁から聴きました。僕のことを心配してくれて、すんません。嫁がゆうてました、ポンさん、ゆうてたで!ビールばっかり飲んで、運動もせんと、ぶくぶく太って腹も出て。そんなんやから体力もたんって、ゆうてたで、って。」
なーんですとーーーーっ!!!???
佐々木さんの息子さん、体格ががっしりしてますが、確かに、臨月のお腹に近いくらい、お腹が出っ張ってます。
「いやいやいやいやいや・・・・・・・・・・・・っ、(手を超高速でぶんぶん振りながら)そんなん、ゆうてませんって!!!
」
・・・奥さんたら・・・。なんて懐の深い?人っ。
それ以来、息子さんはポンは息子さんの腹が出ているから…といった人、ということになり、ことあるごとに、
「座ってばっかりやから、腹がでてきますわ。」
などなど、息子さんは「腹ネタ」を繰り広げ…。
そんな冗談?を言いながら、息子さんといろんな話をさせていただくのって、息子さんのちょっとした気分転換になっていいかも??と思っていました。
佐々木さんが亡くなられた後に病棟に来てくださった息子さんの表情は、少し疲れの色は見えましたが、とてもにこやかでした。
お見送りをしているときにいただいた言葉は…。
「これ以上、腹がでんように、気を付けますっ」
佐々木さん。佐々木さんのご家族さん。
本当にご苦労さんでした。