松井さん(79歳、男性)は、緩和ケア科外来を受診する予定になっていました。しかし、その手前で体調が思わしくなく、一般病棟に入院されました。
緩和ケア病棟に入院される予定の患者さんだったので、医師もそのつもりにしていました。
松井さんに病状の説明のご希望を確認すると、「家族に伝えてくれたらいい」とおっしゃいました。
ご家族は、「本人は緩和ケア病棟がどんなところか、近所の人がそこで亡くなったので知ってます。今になってそちらに移ることは、もうだめだと伝えるのに等しいことだし、このまま緩和ケア病棟には行かずに、お願いします…。」と話されました。松井さんは、ちゃんと、自分の病気はもう良くならない、自分は長くないということをわかっていらっしゃると思われました。
そこで、一般病棟のままでケアをさせていただくことになりました。
一般病棟の担当医は「最期まで、よろしくお願いします。」と私にケアの「同伴」を頼んできてくれたので、快く引き受けることにしました。
松井さんは、とてもお話好きです。入れ歯をはずしたまま、調子よく喋るので、聞き取れないことが多々あるのですが、お嫁さんがいつも通訳をしたり、補足説明をしてくれます。
実は、私に話してくださることは、家族はすべて「聞いたことがあって、オチも知っている」内容みたいです。松井さんが私に話をはじめると、「あー、あー、あれね?」といって、ニコニコされます。
松井さんは、自分の職人芸並みの仕事ぶりに誇りをもっていらっしゃいます。そして、もうひとつ、松井さんには誇りに思うものがありました。
それは、「邸宅の庭」。
なんと、庭にどでかい灯篭を建てたのだそうです。
松井さんは、「自分が死んでも、自分がいたのだと思い出してもらえるように建てた」と話されていました。
この灯篭は、松井さんにとって、生きていた証であるだけではないと思いました。何度か、そのお話を耳にしているうちに、「生きている証」なのだと私は思いました。
で。
今日は、松井さんのおうちの見学に行ってきたのでありました。
まるで、ストーカーのようですが、私がこうすることは、松井さんも、ご家族も喜ばれると思ったからです、敢えて言わせていただきますと。
ナビに翻弄されながら、山に近い街にある松井さんの家の灯篭を眺めてきました。
ごめんくださーーーい、といって、お邪魔させていただくわけにもいかず、門前でうろうろきょろきょろしていた私は、まるで不審者でした。
その代わり、ちゃんとデジカメにおさめてきたので、その写真を「見てきた証拠」として、また松井さんとお話をしたいと思っています。
ちょっとした楽しみを提供し、その人の生きてきた歴史をともに振り返ることも、私の役割だと思っています。