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メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

『飢餓列島』 眉村卓・福島正実/共著(角川文庫)vol.1

2018-03-11 13:31:13 | 
『飢餓列島』 眉村卓・福島正実/共著(角川文庫)
眉村卓・福島正実/共著 カバー/木村光佑(昭和53年初版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。

[カバー裏のあらすじ]

「聞け、世界の終りはもう近いぞ!」
破滅論者の若者が、デパートの上で叫んだ。
それを機に充満していたヒステリー症状に火がつき、暴動が日本全国に波及しはじめた。

〈世界的な人口爆発〉〈氷河期の到来〉〈食糧生産力の低下〉
そんな中にも生活水準向上への欲求が肥大し、ついに社会のバランスが崩れたのだ。

瀕発するゼネストに暴徒の襲撃、武装コンミューンの誕生に、恐るべき人肉食い…。
この苛烈な生存競争の中で、もしあなたなら生き残れるか?
現実に刻々と迫り来る飢餓パニックを、共同執筆で警告する近未来小説の傑作!



私の好きな木村光佑さんの表紙デザインのシリーズは、これ1冊となって
ずっととっておいたけれども、とうとう手をつけてしまい、
話の展開が現代とあまりに酷似していることで、また読むのが止まらなくなった

1点だけ違うのは、温暖化ではなく「小氷河期」であること
昔から、地球には「氷河期」が定期的に数回訪れていることからの発想か

共著だから、眉村さんのテイストが若干変わってしまうのでは、という不安も
冒頭から引き込まれる文体でまったく違和感がなかったのが驚き
どうやって共同で書いたのか気になるくらい

よくゾンビ映画とかで必死に生き残ろうとするストーリーを見ると
先にゾンビになっちゃったほうがラクなんじゃないか?と思う

人肉を食べるぐらいなら、先に体を提供したほうが、後々のPTSDよりラクじゃないかな
そう言ってる人ほど、実際そうなったらしつこく生きたがるのか?
その場になってみなきゃ分からないけれども

途中、途中、脱字が多くて驚いた
いくら古くても、これほど多いと、買った人が取り替えてもらうレベルでは?
そういうのが流れ流れて古書としてamazonに行き着いたのかな
こんなハプニングも含めて、古書は愛おしい



あらすじ(ネタバレ注意
朝から天気予報は、不快指数が86(全員不快)を示し、それでも街には人があふれていた
無気力なのは人間だけではなく、街そのものが惰性で生きていた
繁華街のゴミの山も、長いこと生きて、疲れきってしまった生物の醜い老廃物といった感じだ

慢性の電力不足の中、根上要吉は人の流れのまま超高層デパートに入る
エスカレータの軋む音が、2ヶ月前までいた大干ばつのカンボジアで見たバッタの大群を思い出させた

小屋の中まで入ってくるのを止められず、襲来との闘いは3時間も続いた
衝突や共食いで落ちた瀕死のバッタが地上を覆う様子など
彼は今でも悪夢を見て飛び起きることがある

屋上では、東南アジア諸国からの技術研修者たちが乱チキ騒ぎをしているが気に留める者もいない
裸にボディペインティングをした連中は、以前は夜更けの時間だけだったのが
今では真昼でもさほどグロテスクとも思われていない

(こんなことをしていていいのか?)

そこに珍しく白Yシャツの男が来て、フェンスをのぼりはじめた
ガードマンが止めても、最近ほとんど見られない穏やかな微笑を見せて
次の瞬間には視界から消えた

「ちきしょう これで今週はもう3人目だ オレの勤務評定はめちゃめちゃだ!」

投身自殺など日常茶飯事にすぎなくなっていた


根上は、ヴェトナム、カンボジア、タイ、インドと日本語教師をして周ったこの2年ほどの間に、
洪水、干ばつで起きる暴動、飢饉、疫病で、たちまち腐敗していく死体は嫌になるほど見てきた

人口問題、食糧問題、民族主義運動、、、国連、先進国の努力にも関わらず、アジアの人口は増える一方で
「バース・コントロール」も「緑化革命(グリーン・レボリューション)」も成果をあげられなかった

開発途上国の個人の欲望指向は急上昇し、「先進国中心型」に対する反撥をもたらした


根上は、かつて彼の小説などを買ってくれたジャーナリズムの友人を訪れては、現地の実状を訴えて回ったこともあった
これらを解決できるのは、同じアジア人である日本人だけだと喋りまくった

マスコミは反論せず、いざとなると「そうした話題は語り尽くされた いまさら取り上げるに値しない」と断った
時には熱っぽく応ずる者もいた

根上:
もう一度、根本的に考え直さなければならない
それには、今の超大国中心主義の国連方式ではなく、「パン・アジア方式」とでもいうような新しいアプローチが必要だ

ジャーナリスト:
かれらは、どの国も、日本を心の底では憎み、軽蔑しているか
何か売りつけるか、買い漁る国としか見ていない 実際そうだったからだ
時間しか解決する方法はないと諦めるしかない

根上:
我々には時間はあるが、かれらにはないのだ
こうしているうちにも、1日数千人で餓死していく

ジャーナリスト:
それより、向こうでの生々しい体験を書きませんか
今、企画してるのはアフリカでは人食い騒ぎが再発しているから


彼らはけして意識が低いのではなく、むしろ、何かもっと大きな不幸の予感に気をとられているように見えた

帰国3日目に、目の前で、若い男がホームから飛び降りるのを目撃し、
彼は故国のヒステリックな状況に順応していく自分、
慢性の焦燥感さえ耐えれば、けっこう生きていける自分を意識した


デパートのショーウインドウに長髪の若い男がよじのぼった

みんな聞け! 世界の終わりはもう近いぞ!
 大災厄に巻き込まれて虫けらのように殺されるか、自ら防衛するか
 政府など当てにするな やつらはオレたちを騙している!

 今までは生殺しだが、今度は皆殺しだ
 食の備蓄は、とうの昔に底をつきかけている 供給は全面ストップする
 我々は痩せさらばえて死ぬんだ!」

彼はハンマーでショーウインドウを叩き割った

「破滅論者だわ・・・」


破滅論、終末論はすでに繰り返されて慣れていた
飽きられては復活し、また流行しては下火になる

今では1つの流行として売文的デマゴーグたちは商売にしていい稼ぎにしているのを根上は許せなかった
ジャーナリズムに迎えられない原因の1つがそれだからだ
慢性化した破滅ムードは、現実の危機感を薄め、行動に移る意欲をそぐ

だが、新聞などで「破滅論者」という名の過激派グループがいると読んだ記憶があった


周囲は暴徒と化し、ショーウインドウのものを盗む者、逃げまどう者に分かれた

この暴動が「破滅論者」によって引き起こされたのは確かだ
しかし、いったい、何のために?

機動警察が来て、無差別的に催涙ガスを発射した 「全員逮捕!」
「こっちよ! まだ逃げられるわ」という若い女の声がして、
人々はその方角へ走り出した

破裂音がして、指示していた女が倒れていた 抱き上げると気を失っている
負傷者がいると知らせようと片手をあげると、いきなり警棒で殴られた


気づくと主任らしい刑事から何度も同じ尋問をうけていた

「あんたは、世界の食糧危機が末期症状だと書いているね」
「僕のはほとんど何の反響もなかった」
「あんたは、破滅論者の海外連絡員だったんじゃないのか?」

これはまるで太平洋戦争の特高警察だ
いつごろからこうなったのだ?


「我々は合法的に自白剤を注射する」


その後、根上は釈放された
「お前には結構なコネがあるらしいが、こっちにはちゃんと分かっているんだ」


ふと並んで歩く女に気づき、昨日助けた女だった
「お礼を言おうと待っていたのよ」
「君は破滅論者とやらなんだろう?」

2人の前に数人の男が現れた 最近、白昼の都市で頻発している強盗だ
女はバッグからコルト拳銃を出すと、男たちはひるみ、その隙に2人は逃げた

「日本ではまだ銃器所有は禁止のはずだ」
「父が死んだ母に贈ったものなの」

「君は相当な金持ちらしいな」
「私、三輪美子 あなたには現在の日本に関する情報が欠落しているようね」

***

長谷川康彦は間引き運転しているせいで混雑した列車の指定席に乗った
「指定券が手に入る人って、結構でんなぁ」

東京から名古屋まで、通常なら2時間だが、補修用資材の不足で遅れる可能性が高い
紀伊半島を巡り、会社が買収できそうな土地をできるだけ多くあたることになっているが
本当に役目が果たせるのか?

平均気温が下がり、農作物を育てられそうな土地を確保し
会社の人間が生き続けられるような居住地域をつくる計画のために
何十人も各地に出された


死んだ父が、20年ほど前に見た夢の話を思い出す
戦時中の日本に戻る夢 一緒に聞いていた母も2年前に他界した


今では飛行機も1回のフライトに申請と認可が必要だ
そこでは民間企業より政府機関が優遇される

同じ大学出身の鍋島毅もその1人で、昨夜の同窓会で長谷川は彼と2人で飲んで語ったのを思い出す

長谷川は、関西系巨大商社の西日本商事で、異例の抜擢といっていい最年少課長
鍋島は、キャリアとして警察に入り、公安部の警視
互いの格差はいよいよひらいていく

鍋島:
飢餓地獄を救えるのは能力のある人々による権力だけだ
1980年末には間違いなく「小氷期」になる もう始まっているという者もいる

「破滅論者」なんて、むしろ利用すべき対象だ
現場では、片っ端から検挙して調べている
だが、それだけじゃない そんなものじゃない いくら君でも、これ以上の説明はできない


列車はやはり遅れ、名古屋で泊まるのをやめ、夜行の急行に乗った
混雑した車内で立ったまま、何のアナウンスもなく、発車したのは定刻の40分後だった
ともかく新宮には出張所がある そこを拠点にすればいい

眠り込んでしまい、アナウンスで目が覚めた
「この列車は熊野市駅で運行停止となります 新宮方面の方は国鉄バスをご利用ください」

1台きりのバスには長い行列ができ、駅員に聞くと
「ま、2時間ぐらい待てばいいんじゃないか?
 オレたちも精一杯やってるんだ! ろくに資材もないのに保守をやり
 都会でまだ消費生活とやらをやっているお前らに勝手なことを言われてたまるか!


新宮の正木所長に電話し、クルマで迎えをよこして欲しいというと
「この辺で、ガソリンの割り当てがあるのは官公庁の緊急用だけですよ!
 23キロ足らずなんか歩いてきてください 我々はそのくらいいつも徒歩ですよ!」

「世の中は、いまや、あんたら大企業の社員中心に回っているワケじゃないんだ 土地買い屋さん」
声をかけてきたのは、若い男女3人から「先生」と呼ばれる初老の男だった

「我々と途中まで同じ道だから、話しながら行きましょう」


先生:
あんたは、やがて到来する食料飢饉に備えて、会社の一党を食わせるための土地を探しに来たんだろう?
他のいろんな会社の連中と同じように

あんたらの考えているのは、一見現実的のようで、夢物語だ
あんたらに農業ができるかね?
法学科で生物圏は勉強したのか?

あんたらの計画では、専門家を連れて調査する ここに落とし穴がある
同じことをもくろむ連中が事実殺到し、血みどろの争いが始まる
近い将来に残るのは、武装し、農業を営める訓練された集団だ

彼は飢餓時代を予告して、大学を辞めさせられた新免猛教授だと分かった
共鳴者を集めて、山奥に入り、実験的共同体をつくり、自然環境で容易に手に入る材料のみを使い
飢餓時代でも生き延びられる場所を築いているという

新免:最終的には、人間同士が食いあうことになるかもしれん

彼らは相当な山奥である「どろ峡」あたりの方面に曲がるため分かれることになった
女:どこかのグループに合流したほうがいいわよ 1人だと強盗が出るし、野良犬が人を襲うから

ひょっとすると・・・今の自分のような会社サイドのために働くことで
おのれの生活を保つという発想が、完全に無意味になる時代がくるのではないか

だが当面は自分は最年少課長なのだ 任務を遂行しなければならない

***

根上は、あれからまる2日、美子のマンションで泥のように眠り、抱き合った
美子:へんなことになったものね

社会では「フリーラブ」が広がっていたが、まだ個人差も大きかった
しかし美子はそうした一人とは思えない

テレビをつけると、大流氷のニュースが流れている

「異様です 水平線が動いています アイスランドの湾が全部流氷に埋め尽くされています しかも今は真夏なのです!」

チャンネルをかえると、オーストラリの高速増殖炉事故のニュース
炉心が制御不能の臨界状態となり、ウラン燃料が溶けて、周辺が放射能汚染を受けた

サブリミナルCMでは「ゼロ・ポピュレーション運動に協力しましょう」と流している

美子:いや、康二さん、いやよ!
と叫んで起き、根上を見て「あなたは誰? 出て行って!」と絶叫したため
玄関を出ようとすると引き止められる

あてもなく外を歩き、美子は「私、お芝居を見に行く 新宿へ」
「ぼくも行こう そこで別れよう」
「いっしょに来て」


新宿副都心の裏側に入ると、一瞬、過去へ迷い込んだ気がした
まるで首都圏整備計画実施以前の新宿だ

10年前、町の小店舗は、ブルドーザーの群れに強制執行で押し流され
新しい、現代的なビルや広場を建設しはじめたが、3年目にはあらゆる事情で早くも破綻し
1/3も実現されないまま挫折したが、そこは昔よりさらに凄んだ活気があった

1つのアングラ劇団の劇場に行くと、異様な絵看板がある
土まんじゅう、卒塔婆、人骨が散らばり、餓鬼たちが腐肉を貪り食っている


美子:『餓鬼草紙』よ 正法念処経に描かれている餓鬼の芝居をやっているの

根上は帰ろうとすると「観なくてもいいけど、石光康二には会って行って この劇団の演出家よ」


中は意外に1、2階とも満員に近く、暗がりから長髪で長身の康二が隣りに座った
康二:おやじさん、例の話を引き受けたか?
美子:いいだろうと言ってたわ 彼よ 根上さん 私の頼みは聞いてくれるのね?

康二は自分がふった女のあて馬として根上を見ていた
その時、呪文のような声が場内に響いた

舞台には半裸の女の死体などがあふれ、やがて死体や餓鬼は蠢きだす
その特殊効果は見事で、牛頭馬頭、鬼婆などの百鬼夜行の世界となり
地獄の鬼らは餓鬼らをムチで本気で打った
これは芝居か? サディスティックショーなのか?

「やめてくれ! これはオレへの見せしめなんだろう!」

叫んで立ったのは、友井商事専務・中原一士だった

中原:
人を誘拐同然に連れてきて、なんてナンセンスだ!
資源のない日本は、高度工業国を指向して何が悪い
それだけが1億2000万人が暮らす唯一の道だと私は信じている


鬼:
科学・技術の夢で酔わせた連中に餓鬼の苦しみを与えるのだ
現代文明は野垂れ死にして当然だ

人口過剰、公害による自然環境破壊、地球の寒冷化、
みんなそれを利用して肥えてきた企業のせいだ

中原:
たしかに60~70年代には、産業公害は大きな問題だった
だから今は企業も政府も環境対策に一番費用を使っているじゃないか
アフリカなどでいまだに続く焼畑農業の煙に比べたら量もはるかに小さい

要するに、この窮迫の元凶は自然そのものなんだ
温暖期が終わろうとしているんだ

今、破滅論がまた流行っているのも、クスコの遺跡に立って
文明のセンチメンタルな夢に浸る観光客と変わりはしない

席を立とうとする中原を周りの客が止め
鬼のムチが中原の鼻先をかすめた

オペラ歌手の竹里啓ほか、ここには意外に多くの著名人がいることが分かった

康二:
あなたは昨日、私に会うのを断った
私は、あなたが先日の連絡会で喋った内容を確かめたかった
政府の打ち出した物価安定政策に協力しようという

あなた方はマスコミを軽蔑している
批判の声を流している間は、大衆は自由があると錯覚する、その程度の役には立つと思っている
我々が本当に何を求めているか知らせるには、こうして相対して話を聞く必要があるんだ

あれは政府をつなぐ秘密の情報ルートから入った重要な秘密会議だった
政府は、異常気象研究グループが、小氷期が想像以上に早く到来し
日本の人口の半分は餓死すると結論した
政府の黙認のもと、あんた方は、必要な物資の出庫停止を指令した


政府はこれまで、小氷期を流言飛語だとさえ言ってきた
その裏で自分たちだけ生き抜こうと、国立農場の建設計画をしている

アジア諸国は毛嫌いしてきた日本に食糧輸出を認めたがらない
援助の名を借りたプラント輸出、輸入開発しかせず
金さえ出せばなんでも買えるという国に誰が同情する?

日本農業はここ50年間、GNPの犠牲になってきた
おそらく1年以内に深刻な食糧難になり、2年以内に餓死者を出す大飢饉となる

太平洋戦争のような配給制度のひまもない
食える者と食えない者ができる

今からコントロールするには遅すぎる
われわれ自身の力で生き抜くしかない


劇場から出た観客は、強烈な宗教儀式をしたオカルト信者たちのようだった
根上は、どうして公安のあの刑事たちは、この本拠を放っておくのか疑問に思う
どこかに巨大なウソがあるのでは?

根上:こんなことして一体何になるんだ?

康二:
民衆が絶望的な状況に気づくこと
一切のシステムは当てにならない 当てにできるのは自身だけだと徹底的に覚らせることもね

オレたち同士殺し合わなければならない
動物はそれを本能的に知っていて、大発生すると、生き延びる個体だけが生き延びて種を支える

ここに残った者たちは、その資格を自ら勝ち取った者ばかりだ
破滅論を民衆に説き、警察に追われている

君も殺され役の一人だった 君は決心しなければならない
仲間になるか、再び路傍の人間になるか

美子:彼はもう私たちの考えにコミットしている だからメンバーに推薦したのよ

康二:
彼女のおやじさんと取引した 運動資金増額の代わりに、お前をコンミューンのメンバに加える討議をすると
我々はコンミューンをつくる計画をしている そのための食料その他の物資の貯蔵も、自衛の武器もある

これまでの暴徒たちはライフル、小銃、手投げ弾で暴動を起こしたが
警察や軍隊の装甲車、戦車、ヘリ、ジェット戦闘機の前では蟷螂の斧だった

政府も大企業も、まず買いだめ、別荘や田舎への避難を考える
町ではそれぞれのコミュニティをつくる それが何十万、何百万となれば国家は崩壊する
そうすれば警察も軍隊も統一的な行動はとれない

政府が与える曖昧な安心感こそ幻想なんだ

美子:
私は三輪財閥のワンマン経営者・三輪秀作のわがままな一人娘よ
秀作自身が破滅論者だから、私たちの運動資金も父が出している

私やあなたが簡単に釈放されたのも父の差し金
警察や司法関係の上級幹部にいる破滅論者とコネがあるから

根上は美子を見て、彼女が依然、康二に所属していると分かった
愛の不毛に耐えられず、オレと寝て、康二に見せつけたのだ
それでも何もしないよりはマシだ

根上は仲間になると決める

***

長谷川はしばらく携帯用電卓をもてあそんでいた
1人1人が贅沢なエレクトロニクス機器を所有する時代は終わったのだ

妻・紀子の父・千光寺衛は西日本商事の取締役で、実家は麹町にあり、かなりの物資が蓄えられている
長谷川が大阪に転勤になると父から聞き、自分と一人息子・雄彦は千光寺邸に残ると話し出した

政府は国営農場を次々建設している
通貨価値の信用は落ちるばかりで、金と機動力で勝負する商社は退潮しはじめた

それを見越したのが今度の計画なのだ
大型救命ボートを手伝いながら、己たちのためにコンパクトなボート建造をする
巨大企業のどこも着手している
政府は窮極のところ、自力ではできないのを暗黙に認め、民間が補うのを期待していたのかもしれない

こうした救命ボートは、温暖で多雨な西日本が大部分だった
他の企業も似たような土地に殺到していた


紀子:雄彦の学校のことを考えると・・・
もはや学歴優位社会もあったものじゃないと、長谷川は苦笑したが
紀子:父がそう言ってるもの ととどめを刺すように言った

紀子:
万一、最悪になったら自活村に行くだけの資格は私たちにあるでしょ? 西日本商事の経営陣の家族ですから
あなただって、会社に好きな人がいたんでしょう どうせ私は道具・・・

長谷川は婚前前に付き合って別れた石井みずえを思い出した
あの女、いまごろどうしているだろうか・・・


地下鉄のラッシュは、運行回数が減り、一層激しくなった
丸の内オフィス街への通路は、依然、己をエリートと思う人間が
飼い慣らされた犬の大集団のようにプライドを保っていた

ビルによりどこに対して威張っているとか、どこに対しては肩身が狭いなどの
企業間格差や奇妙な序列がまだ生きながらえている

西日本商事の本社はもはや形骸で、実質的にはこの東京支社が本社だった
まだ10月なのに雪が降っている

そこに海老名という若い部下が来て、西日倉庫に近い大井埠頭で掠奪が起きたと知らせてきた
倉庫はストックでふくれあがっている
長谷川は、若い社員を連れて3人で飛び出した

首都圏で唯一残った旧式モノレールは停電でとまり、埠頭の黒煙が見えた
何十人もの男女をパトカーが追い、麻酔銃で撃っている

それを見ようとする客が無理やり窓を割って外に出はじめた
残った長谷川は、1組の不釣合いな男女を見かける

十数名の警官が入ってきて、外に出るのをとめた
根上は警官と小競り合いになり、長谷川は見かねて名刺を見せると
政府とつながりのある大企業が警察から保護されているのを知る指揮官は手を離し
西日倉庫なら大丈夫だろうと言った


10日後 長谷川は大阪への異動命令を受けた
「ライフ・ボート作戦」と呼ばれる計画では、買収したはずの土地がよそへ売られたり
誰が乗るのかと社員が囁きはじめた

大阪に発つ前、鍋島を訪ねると

鍋島:
君は、その仕事がうまくいくと信じているのか? いくつか重要な条件を忘れていないか?
1つ、そんなにたくさんの専門家がいるかどうか
2つ、収容しきれない人々はどうする?
3つ、不十分な生活共同体が互いに争い合うことになるだろうが戦闘力はどうする?
4つ、文化もなく、ただ生きるだけになりはしないか?

君、この間、破滅論者に会ったろう? モノレールで助けた2人だ
身を滅ぼすかもしれないから気をつけてくれ


雪が降り続き、10度目のハイジャックが起きた
モザンビークとギニアの連合人民救済戦線ゲリラで、国連の無限に遅延する
アフリカ諸国への食料救済を即刻実施しなければ自爆すると報告
緊急会議が開かれたが、着陸態勢に入った直後謎の大爆発を起こして墜落した

600人の無惨な遺体は四散し、未然に防げなかった国連の弱体、
現状を固定させている超大国、先進国の無為無策を攻撃された


AA諸国は全外国資産を国有化すると宣言し、暴動が起き、日本への反響も大きかった
株が大暴落し、市民はあらゆるモノの買占めに狂奔した

農相は配給制を維持するのは不可能だと言い、閣内の不一致を暴露した
関東南部が5回もドカ雪に見舞われ、そのたび交通麻痺が起きた



根上は、美子に武装コンミューンの本拠地に案内され軽く失望した

美子:
これでも暴徒の100、200人は防げるし、2、3ヶ月の包囲に持ちこたえる用意はあるわ
庭にはドーベルマンが2頭、ガードマンもいる
塀には高圧電流が通り、死角のない監視用テレビもある
鉄筋コンクリート2階建ての邸は、地下道で連絡ができる
食料も20、30人なら、2、3年くらい大丈夫

父が15年以上前に建てたの まだ飢餓時代が来ると観念的にしか考えられていなかった頃
一種の気違いと言ってもいいわね

応接室には70を越えた老人がいた「私が三輪だ」
その柔和で平凡な風貌に隠れているグロテスクさに寒気を覚えた

三輪:
もし私が一般人と違うとすれば、想像力があるところだろうね
海外への逃避行を真剣に考えたこともあるが、この災厄は世界的だ

康二:
君(野上)には想像力はあるが、実行力がない
疑問を持つばかりで、アジテーターとしてはまったくの失格者だ

康二は三輪の弱点をついていた
三輪はまだそれは起きないだろうと恐れていることを見抜いていたのだ


つづく



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