■『クリスマス人形のねがい』 岩波書店
作:ルーマー・ゴッデン 絵:バーバラ・クーニー 訳:掛川恭子
※「作家別」カテゴリー「バーバラ・クーニー」に追加しました
XMAS本シリーズ
これぞクリスマスのための1冊
物語の最後に「もし・・・」を繰り返し、
すべてフシギな力でつながっているクリスマスの奇跡
少女と奥さんの心の中にぽっかり開いた穴が
聖なる夜の出来事で、その後ずっと傷が痛むことはなかったという
ハッピーエンディングで胸があふれる
一方、人形たちをいつも脅えさせるフクロウ人形もまた
ずっと売れずに寂しかったろうに、最後はゴミ箱行きって
欧米の勧善懲悪は容赦ないなと感じた
売れ残った人形たちの件は、どことなく映画『ラブ&ピース』を思い起こさせる
クーニーの絵は物語にピッタリ
素朴で、温かくて、手のぬくもりが伝わるタッチは
どう生み出されるのかいつも気になる
1950年代の話だけれども、ツリーを飾って
プレゼントを買って、ご馳走を食べてって
今の日本と変わらない
教会には行かないけれども、日本人は年末にお寺や神社に行くし
教会の鐘は除夜の鐘とも通じる
「Happy new year!」「明けましておめでとう」と言い合うのも同じ
遠く離れて、異なる文化圏なのに
みんな年の瀬にはバタバタして、
家族が集まって過ごすことが幸せというのは同じなんだな
【内容抜粋メモ】
これは、願い事のお話です

お人形の名前はホリー(ヒイラギ)
着ているものがクリスマスカラーですから
ガラスの目は開けたり閉じたりできるし、小つぶの歯は真珠のようです
ホリーは昨日箱から出されたばかり
クリスマスイヴの朝
ブロッサムさんのおもちゃの店では、オモチャたちが囁きあっています
「どんなことがあっても、今日中に買ってもらわなくちゃ」

おもちゃの店のウインドウは明るく輝いて、
汽車、ヨット、動物のぬいぐるみもいっぱいいます
ガラスの棚には赤ちゃん人形、水兵さん人形、、、
どれもきれいですが、まだ売れていません
おもちゃたちは、
「クリスマスには、小さな男の子か女の子をもらえる」と考えます
店に修理に連れてこられる壊れたおもちゃから聞いて
“ウチ”というのがどういうものか知っています
「お部屋はステキなものでいっぱい
こどもたちの手が優しく触ってくれるのよ」
「ぼく、もみくちゃにされてみたい」小さなゾウが言いました
「なにが優しくだ!」
大きなおもちゃのフクロウが言いました
名前はアブラカダブラと言います
それは大きくて、威張っていて、店を自分のものと思っています
「買い物は、今日が最後だ 明日は店が閉まってしまう」
お人形たち全員に震えが走りました
ゾウのダブダブは鞍に「売約済み」の札がついているから
あとは包んでもらうだけです
「君たちもみんな、クリスマスプレゼントのくつしたの中に入れてもらえるよ」
「おぉー!」みんなうっとりした声をあげました
ブロッサムさんと店番のピーターが入ってきました 「今日は忙しいぞ」


ある大きな町の外れにセント・アグネスという大きな家があり
30人の男の子と女の子が暮らしていました
子どもたちは親切な家に3日間預けられるのだと
世話をしているミス・シェパードが言いました
1人、また1人、迎えの人が来て、汽車に乗せられていきます
アイビー(ツタ)は6歳になる小さな女の子
どこのおばさまもおじさまもアイビーをクリスマスに招いてはいくれませんでした
「かまわないもん」
アイビーは胸の奥がからっぽになった気がして、そこがチクチク痛みました
そしたら、すかさずなにか言わなくてはなりません
そうでないと泣いてしまうからです
最後まで残っていたバーナバスという男の子がタクシーを待ちながら言いました
「料理番もいなくなるし、ミス・シェパードも妹のところに行っちゃうんだから」
「あたし、おばあちゃんのとこへ行くんだもん」
「オレたちにはそんなものいないんだ」
「でも、あたしにはいるんだもん アップルトンに」
どうしてそんな町の名前を考えついたのは分かりません
ミス・シェパード
「あなたには幼子の家に行ってもらわなくちゃいけないわ
私の妹がインフルエンザにかかったので看病に行かなくてならないの」
「あたし、赤ちゃんじゃないよ」
ミス・シェパードはアイビーを駅に連れて行き、汽車に乗せました
幼子の家の住所を書いた紙切れをアイビーのオーバーにピンで留めましたが
ミス・シェパードが行ってしまうと、それを引きちぎって窓の外へ捨ててしまいました
汽車に乗り、サンドイッチはすぐに食べてしまい
プレゼントを開けると、今年こそお人形をもらえると楽しみにしていましたが
出てきたのは筆箱でした
「おばあちゃんがきっとお人形をくれるもん」
くちびるをぎゅっと噛み締めて、声に出して言いました
前に座った女性が
「まあそうなの アップルトンならあと2つか3つめですよ」と言い
本当にそういう町があるんだと思いました
汽車の中で眠くなり、みんなが降りる音で目が覚めるとそこはアップルトンです
小さな田舎の町は気持ちがよく、きれいに見えました
町の広場には市がたっていて
クリスマス商品を売る店が並んでいます

七面鳥、オレンジ、りんご、陶器、風船、栗を焼いている店もあります
誰もが買ったり、売ったり、笑ったりしていました
おもちゃの店では、15歳のピーターはこれまでにないほどクタクタになるまで働いています
アブラカダブラが「不愉快きわまりない奴め、店中のおもちゃを売りつくす気だ」と言うと
店の前を通ったクルマのライトがその緑色の目に当たって光った途端
ピーターはハシゴから床に落ちました
お人形というのは、誰かが遊んでくれないうちは
本当にお人形になったとは言えません
ホリーは言いました
「誰かに脚や腕を動かしたり、目を開けたり閉じたりしてもらいたい お願い!」
ジョーンズさんという、おもちゃの店の少し先に住んでいる
おまわりさんの奥さんが店の前を通りかかり、ホリーを見て
「きれいだこと!」と足をとめました
奥さんには子どもがいませんでしたが
長い間感じたことのないなにかが胸の奥でむずむずしはじめました
家に帰りご主人に言いました
「今年はクリスマスツリーを飾りましょう」
「なにをバカなことを言ってるんだ」
奥さんは、市に戻り、ツリーと飾りモール、赤いキャンドルも買いました
「こんなもの、誰が見るって言うんだね」
「クリスマスには子どもがつきものよね、アルバート
どこかで小さな女の子が見つからないかしら」
「おまえ、今日はどうしちゃったんだ」
「おもちゃがなくちゃダメなんだわ
小さなお人形を買うと言ったら馬鹿馬鹿しいかしら?」
「今夜は一晩中働かなくちゃならない 仲間が2人とも病気になったんだ
明日の朝、戻ってくるよ 美味しい朝ご飯を用意しておいておくれ」
アイビーは焼き栗を1袋買い、ミルクたっぷりのお茶も買い
まるごとのリンゴを棒にさしてシロップをまぶしたのを買って食べました
セント・アグネスには電報配達の少年が、幼子の家からの電報を配達に来ました
「アイビーガコナイ ソチラデツレテイッタノデスネ クリスマスオメデトウ」
何度もベルを鳴らしても出ないので、ポストに紙を入れて帰ってしまいました
おもちゃの店では閉店の時間になりました
「閉まっちまったぞ! ホー! ホー!」アブラカダブラが言いました
ピーターはブロッサムさんから店のカギを初めて渡されました
「今日はよく働いてくれた 好きなおもちゃを1つ持っておいき」
「おもちゃだって! 僕をなにも分からないチビだとでも?」
ピーターはドアにカギをかけ、走りだすと
ポケットの穴からカギが雪の中に落ちましたが音はしません
その上に雪が積もり、カギは見えなくなりました
市は終わり、店は取り壊され、アイビーはお金を使い果たしました
歩きすぎて、寒さに身震いし、街灯が消え
広場はやけにがらんと見えました
アイビーは胸の奥がからっぽになってチクチク痛みましたが
「さあ、これから、おばあちゃんを探すんだ」と出かけました
窓を覗くと、ある家では、子どもたちがテーブルを囲みごちそうを食べています
もう1軒では子どもたちはプレゼントを包んでいます
「あたしが探しているのは、ツリーが立っていて、子どものいない家だからね」

「わたしはいつだって売れるわ 結婚式は1年中あるもの」花嫁人形が言いました
けれども、ホリーはクリスマス人形です
「お蔵ってわけだ 真っ暗いとこに閉じ込められて埃まみれで転がっている わしも一緒にな」
とアブラカダブラが言いました
ホリーは消えてなくなりたいと思いました
アイビーは疲れてきました
通りの向こうからおまわりさんが来ました
実はそれはジョーンズさんでした
「あのおまわりさんに、どこかの施設へ放り込まれちゃうかもしれない」
アイビーは店の間の路地に隠れました
「おかしいな なにか緑色のものが見えた気がしたが」
路地の突き当たりに小屋があり、アイビーが飛び込むと
そこはパン屋さんのもので、1日中クリスマスのパンを焼き続けていたので
じきにアイビーの震えは止まり、体が温まると
あっという間に粉袋の上で眠ってしまいました
お月さまがのぼると、お人形は光に照らされてずっとステキに見えました
突然、街中の鐘が鳴り始め、ホリーはワクワクしてきました
町や村の教会の鐘がいっせいに鳴り、12時になるとクリスマスです
通りを行く人の数がどんどん増えていきました
突然、値札のピンに刺されたようなチクっとした痛みが走り
「ねがいごとをなさい ねがいごとをなさい」と繰り返されます
「でも、お店は閉まってしまったわ」
アイビーは鐘の音で目が覚めました
まだそこにいたい気がしましたが、チクっとした痛みがして
外に出ることにしました

アイビーはおもちゃの店に近づき、まっすぐホリーを見つめました
「あたしのクリスマス人形だ!」アイビーは言いました
「わたしのクリスマスの女の子!」ホリーは言いました
ホリーもアイビーもそろって願い事をしたのです
「おねがいですから・・・」
願い事には強い力が秘められています
アイビーのかかとの下で音がして、カギを拾いあげました
教会から人が出てきて、アイビーはカギをポケットにしまうと
急いで小屋に駆け戻り、やがてまた粉袋の上で眠ってしまいました
クリスマスの朝
ジョーンズさんの奥さんは、とても早く起きて、掃除をし
テーブルクロスの上にお客様用の上等なお皿やカップを並べ
朝ごはんの用意をして、ツリーのキャンドルに火をつけて、ご主人の帰りを待ちました

パン焼き窯は夜の間に冷えて、アイビーは寒くて目が覚めました
「今すぐ、おばあちゃんを見つけに行こう」
通りは寒いこと!
クリスマス人形を見れば楽しくなるかもしれないと思いましたが
反対の方角に歩き出してしまいました でもそれが良かったのです
100mも行かないうちにジョーンズさんの家の前に立っていたからです

「あたしをあっためてくれる暖炉だ」
テーブルの上にはパン、バター、はちみつ、ミルクが並んでいます
「あたしの朝ごはんだ」
奥さんを見て「あたしのおばあちゃん」とつぶやきました
「もう戻ってくるもんか 今日はクリスマスなんだ もらいたてのおもちゃで遊んでるよ」
アブラカダブラがバカにしました
ホリーの願いの力のほうが強かったにちがいありません
アイビーが玄関のノッカーに手を伸ばすとヒイラギの先が指をさし
「まず、あたしのお人形をもらってこなくちゃ」
「おはよう」アイビーはホリーに声をかけました
重い足音が近づいて、それはジョーンズさんとピーターです
「ポケットに穴が開いているのを忘れていたんです どうしよう どうしよう
ブロッサムさんはオレを信用してくれたのに、もう2度と信用してもらえないよ」
今にも泣きそうな顔を見て、男の子が泣くの?
アイビーは知らなかったと思いました
「拾ったのはあたしよ だから泣かないでちょうだい」
ピーターの顔から涙が消えて、いつものニコニコ顔が戻りました
「そうか、緑色のものはやっぱり存在してたんだ」とジョーンズさんはアイビーに気がつきました
「どうやら迷子になったらしいね」
ジョーンズさんの声がそれは優しかったので、アイビーは胸の奥があんまりからっぽになり
くちびるが震えて閉じられませんでした
「あたし、迷子じゃないの おばあちゃんに会いに行くとこなの」
「そうかい そのおばあちゃんは、どこに住んでるんだい 連れてっておくれ」
アイビーはジョーンズさんの家まで連れて行きました

「ここが、あたしのおばあちゃんのうち
本当よ 朝ごはんを作って、あたしを待ってるの
窓から見てごらんなさい あたしのクリスマスツリーが立ってるでしょ」
「ノックなんかしないでいい お入り」
ピーターが店を開けるとどのおもちゃも自分の場所にいました
「あの女の子のお蔭だ」
なぜかピーターは、アイビーをジョーンズさんの娘だと思いこんでいました
「あの2人にどうお礼できるだろう?」
昨日、ブロッサムさんが好きなおもちゃを1つくれると言ったことを思い出しました
「そうだ! あの子にお人形をあげよう どんなお人形が好きかしら?」
花嫁人形をとろうとすると値札のピンかなにかにチクリとやられました
赤ちゃん人形は、安全ピンが外れていたのか「痛っ!」と手を引っ込めました
「もう頭にきた 誰の仕業だ」
その時なぜかアブラカダブラの目が光り、ピーターにホリーが見えました
「そうだ、きまってる! クリスマス人形さ」
ピーターに言わせると、アブラカダブラが倒れかかり
悲鳴を上げてはたき落とし、「消えてなくなれ!」と蹴飛ばすと
落ちた先はゴミ入れの中でした

ピーターはジョーンズさんの玄関ドアが少し開いていたので
ツリーの下にホリーを立たせて戻りました
ジョーンズさんは「クリスマスおめでとう」と奥さんにキスしました
小さな金のブローチをプレゼントして、胸にとめると
「なんてきれい!」と言いましたが、やっぱりまだ悲しそうな声でした
「クリスマスのプレゼントがもう1つあるんだよ」
声をあげて笑ってからアイビーを連れてきました
アイビーを見た奥さんは笑いませんでした
一瞬立ち尽くし、床にひざまずき、アイビーの肩に手をおきました
「ああ、アルバート!」

奥さんの目に涙が頬をつたって流れ落ちました
アイビーは涙をぬぐい、胸の奥のからっぽな気持ちは消えて
その後、2度と戻りませんでした
「あたしのクリスマスツリーを見ていい?」
「私ときたら、どうして、どうして、あの小さなお人形を買っておかなかったのかしら」
ツリーのそばに来ると、ご主人へのプレゼントと並んで、ホリーが立っていたのです
「なんでまた、どうして!」
ジョーンズ夫妻は、アイビーを自分たちの子どもにすることにしました
奥さんは、おばあちゃんと呼ばれるには少し早すぎましたが

アイビーとホリーは時々おもちゃ屋さんに行き
ピーターとブロッサムさんにもよく会います
「もし君がカギを拾ってくれなかったら・・・」ピーターはよくアイビーに言います
「もしあたしがホリーを見に戻らなかったら・・・」アイビーは言います
「もしオレがジョーンズさんのうちに行かなかったら・・・」ピーターが言います
「もしジョーンズさんの奥さんがクリスマスツリーを買わなかったら・・・」
「もし私が願い事をしなかったら、どうなっていたかしら」ホリーは言います
【訳者あとがき】
今作の原題は「THE STORY OF HOLLY & IVY」
ホリーとアイビーはとても有名な賛美歌♪The Holly and the Ivy
からとられたもので、キリスト教国の人なら誰でも知っています
・クリスマスソング特集
ゴッデンが1958年に子どものために書いた物語に
1985年、クーニーが新たに挿絵をそえて大判絵本にしました
ゴッデンは、1907年イギリス生
幼少期の大半を父の任地のインドで過ごし
ロンドンでバレエの訓練を受け、カルカッタに戻り
バレエ学校を経営するかたわら小説を書き始めました
もっともよく知られているのは、インドの関わりから生まれ
ベストセラーになり、映画化もされた『黒水仙』でしょう
やがて、子ども向けのお話も書くようになり
第1作の『人形の家』など、人形や動物を主人公にした話をいくつも書いています
賞をとった『ディダコイ』ほか、1998年に亡くなるまでに数多くの作品を書きました
特徴はストーリーテリングの上手さにあります
簡潔な言葉で語り、子どもがこれまで受け継いできた言葉をより豊かにするために
貢献するのが作家の役目だと言っています
挿絵を描いたクーニーは、観る人の心を温かく包み込む画風が
ゴッデンの物語の優しさ、ウイット、芯の強さをよく表現しています
心から強く願えば奇跡は起こる
求めれば願いは通じるというメッセージ
人の結びつきが希薄になり、悲しい出来事が世界を覆う今こそ
この愛のメッセージは私たちの心をあたためてくれるでしょう
2001年
作:ルーマー・ゴッデン 絵:バーバラ・クーニー 訳:掛川恭子
※「作家別」カテゴリー「バーバラ・クーニー」に追加しました
XMAS本シリーズ

これぞクリスマスのための1冊
物語の最後に「もし・・・」を繰り返し、
すべてフシギな力でつながっているクリスマスの奇跡
少女と奥さんの心の中にぽっかり開いた穴が
聖なる夜の出来事で、その後ずっと傷が痛むことはなかったという
ハッピーエンディングで胸があふれる
一方、人形たちをいつも脅えさせるフクロウ人形もまた
ずっと売れずに寂しかったろうに、最後はゴミ箱行きって
欧米の勧善懲悪は容赦ないなと感じた
売れ残った人形たちの件は、どことなく映画『ラブ&ピース』を思い起こさせる
クーニーの絵は物語にピッタリ
素朴で、温かくて、手のぬくもりが伝わるタッチは
どう生み出されるのかいつも気になる
1950年代の話だけれども、ツリーを飾って
プレゼントを買って、ご馳走を食べてって
今の日本と変わらない
教会には行かないけれども、日本人は年末にお寺や神社に行くし
教会の鐘は除夜の鐘とも通じる
「Happy new year!」「明けましておめでとう」と言い合うのも同じ
遠く離れて、異なる文化圏なのに
みんな年の瀬にはバタバタして、
家族が集まって過ごすことが幸せというのは同じなんだな
【内容抜粋メモ】
これは、願い事のお話です

お人形の名前はホリー(ヒイラギ)
着ているものがクリスマスカラーですから
ガラスの目は開けたり閉じたりできるし、小つぶの歯は真珠のようです
ホリーは昨日箱から出されたばかり
クリスマスイヴの朝
ブロッサムさんのおもちゃの店では、オモチャたちが囁きあっています
「どんなことがあっても、今日中に買ってもらわなくちゃ」

おもちゃの店のウインドウは明るく輝いて、
汽車、ヨット、動物のぬいぐるみもいっぱいいます
ガラスの棚には赤ちゃん人形、水兵さん人形、、、
どれもきれいですが、まだ売れていません
おもちゃたちは、
「クリスマスには、小さな男の子か女の子をもらえる」と考えます
店に修理に連れてこられる壊れたおもちゃから聞いて
“ウチ”というのがどういうものか知っています
「お部屋はステキなものでいっぱい
こどもたちの手が優しく触ってくれるのよ」
「ぼく、もみくちゃにされてみたい」小さなゾウが言いました
「なにが優しくだ!」
大きなおもちゃのフクロウが言いました
名前はアブラカダブラと言います
それは大きくて、威張っていて、店を自分のものと思っています
「買い物は、今日が最後だ 明日は店が閉まってしまう」
お人形たち全員に震えが走りました
ゾウのダブダブは鞍に「売約済み」の札がついているから
あとは包んでもらうだけです
「君たちもみんな、クリスマスプレゼントのくつしたの中に入れてもらえるよ」
「おぉー!」みんなうっとりした声をあげました
ブロッサムさんと店番のピーターが入ってきました 「今日は忙しいぞ」


ある大きな町の外れにセント・アグネスという大きな家があり
30人の男の子と女の子が暮らしていました
子どもたちは親切な家に3日間預けられるのだと
世話をしているミス・シェパードが言いました
1人、また1人、迎えの人が来て、汽車に乗せられていきます
アイビー(ツタ)は6歳になる小さな女の子
どこのおばさまもおじさまもアイビーをクリスマスに招いてはいくれませんでした
「かまわないもん」
アイビーは胸の奥がからっぽになった気がして、そこがチクチク痛みました
そしたら、すかさずなにか言わなくてはなりません
そうでないと泣いてしまうからです
最後まで残っていたバーナバスという男の子がタクシーを待ちながら言いました
「料理番もいなくなるし、ミス・シェパードも妹のところに行っちゃうんだから」
「あたし、おばあちゃんのとこへ行くんだもん」
「オレたちにはそんなものいないんだ」
「でも、あたしにはいるんだもん アップルトンに」
どうしてそんな町の名前を考えついたのは分かりません
ミス・シェパード
「あなたには幼子の家に行ってもらわなくちゃいけないわ
私の妹がインフルエンザにかかったので看病に行かなくてならないの」
「あたし、赤ちゃんじゃないよ」
ミス・シェパードはアイビーを駅に連れて行き、汽車に乗せました
幼子の家の住所を書いた紙切れをアイビーのオーバーにピンで留めましたが
ミス・シェパードが行ってしまうと、それを引きちぎって窓の外へ捨ててしまいました
汽車に乗り、サンドイッチはすぐに食べてしまい
プレゼントを開けると、今年こそお人形をもらえると楽しみにしていましたが
出てきたのは筆箱でした
「おばあちゃんがきっとお人形をくれるもん」
くちびるをぎゅっと噛み締めて、声に出して言いました
前に座った女性が
「まあそうなの アップルトンならあと2つか3つめですよ」と言い
本当にそういう町があるんだと思いました
汽車の中で眠くなり、みんなが降りる音で目が覚めるとそこはアップルトンです
小さな田舎の町は気持ちがよく、きれいに見えました
町の広場には市がたっていて
クリスマス商品を売る店が並んでいます

七面鳥、オレンジ、りんご、陶器、風船、栗を焼いている店もあります
誰もが買ったり、売ったり、笑ったりしていました
おもちゃの店では、15歳のピーターはこれまでにないほどクタクタになるまで働いています
アブラカダブラが「不愉快きわまりない奴め、店中のおもちゃを売りつくす気だ」と言うと
店の前を通ったクルマのライトがその緑色の目に当たって光った途端
ピーターはハシゴから床に落ちました
お人形というのは、誰かが遊んでくれないうちは
本当にお人形になったとは言えません
ホリーは言いました
「誰かに脚や腕を動かしたり、目を開けたり閉じたりしてもらいたい お願い!」
ジョーンズさんという、おもちゃの店の少し先に住んでいる
おまわりさんの奥さんが店の前を通りかかり、ホリーを見て
「きれいだこと!」と足をとめました
奥さんには子どもがいませんでしたが
長い間感じたことのないなにかが胸の奥でむずむずしはじめました
家に帰りご主人に言いました
「今年はクリスマスツリーを飾りましょう」
「なにをバカなことを言ってるんだ」
奥さんは、市に戻り、ツリーと飾りモール、赤いキャンドルも買いました
「こんなもの、誰が見るって言うんだね」
「クリスマスには子どもがつきものよね、アルバート
どこかで小さな女の子が見つからないかしら」
「おまえ、今日はどうしちゃったんだ」
「おもちゃがなくちゃダメなんだわ
小さなお人形を買うと言ったら馬鹿馬鹿しいかしら?」
「今夜は一晩中働かなくちゃならない 仲間が2人とも病気になったんだ
明日の朝、戻ってくるよ 美味しい朝ご飯を用意しておいておくれ」
アイビーは焼き栗を1袋買い、ミルクたっぷりのお茶も買い
まるごとのリンゴを棒にさしてシロップをまぶしたのを買って食べました
セント・アグネスには電報配達の少年が、幼子の家からの電報を配達に来ました
「アイビーガコナイ ソチラデツレテイッタノデスネ クリスマスオメデトウ」
何度もベルを鳴らしても出ないので、ポストに紙を入れて帰ってしまいました
おもちゃの店では閉店の時間になりました
「閉まっちまったぞ! ホー! ホー!」アブラカダブラが言いました
ピーターはブロッサムさんから店のカギを初めて渡されました
「今日はよく働いてくれた 好きなおもちゃを1つ持っておいき」
「おもちゃだって! 僕をなにも分からないチビだとでも?」
ピーターはドアにカギをかけ、走りだすと
ポケットの穴からカギが雪の中に落ちましたが音はしません
その上に雪が積もり、カギは見えなくなりました
市は終わり、店は取り壊され、アイビーはお金を使い果たしました
歩きすぎて、寒さに身震いし、街灯が消え
広場はやけにがらんと見えました
アイビーは胸の奥がからっぽになってチクチク痛みましたが
「さあ、これから、おばあちゃんを探すんだ」と出かけました
窓を覗くと、ある家では、子どもたちがテーブルを囲みごちそうを食べています
もう1軒では子どもたちはプレゼントを包んでいます
「あたしが探しているのは、ツリーが立っていて、子どものいない家だからね」

「わたしはいつだって売れるわ 結婚式は1年中あるもの」花嫁人形が言いました
けれども、ホリーはクリスマス人形です
「お蔵ってわけだ 真っ暗いとこに閉じ込められて埃まみれで転がっている わしも一緒にな」
とアブラカダブラが言いました
ホリーは消えてなくなりたいと思いました
アイビーは疲れてきました
通りの向こうからおまわりさんが来ました
実はそれはジョーンズさんでした
「あのおまわりさんに、どこかの施設へ放り込まれちゃうかもしれない」
アイビーは店の間の路地に隠れました
「おかしいな なにか緑色のものが見えた気がしたが」
路地の突き当たりに小屋があり、アイビーが飛び込むと
そこはパン屋さんのもので、1日中クリスマスのパンを焼き続けていたので
じきにアイビーの震えは止まり、体が温まると
あっという間に粉袋の上で眠ってしまいました
お月さまがのぼると、お人形は光に照らされてずっとステキに見えました
突然、街中の鐘が鳴り始め、ホリーはワクワクしてきました
町や村の教会の鐘がいっせいに鳴り、12時になるとクリスマスです
通りを行く人の数がどんどん増えていきました
突然、値札のピンに刺されたようなチクっとした痛みが走り
「ねがいごとをなさい ねがいごとをなさい」と繰り返されます
「でも、お店は閉まってしまったわ」
アイビーは鐘の音で目が覚めました
まだそこにいたい気がしましたが、チクっとした痛みがして
外に出ることにしました

アイビーはおもちゃの店に近づき、まっすぐホリーを見つめました
「あたしのクリスマス人形だ!」アイビーは言いました
「わたしのクリスマスの女の子!」ホリーは言いました
ホリーもアイビーもそろって願い事をしたのです
「おねがいですから・・・」
願い事には強い力が秘められています
アイビーのかかとの下で音がして、カギを拾いあげました
教会から人が出てきて、アイビーはカギをポケットにしまうと
急いで小屋に駆け戻り、やがてまた粉袋の上で眠ってしまいました
クリスマスの朝
ジョーンズさんの奥さんは、とても早く起きて、掃除をし
テーブルクロスの上にお客様用の上等なお皿やカップを並べ
朝ごはんの用意をして、ツリーのキャンドルに火をつけて、ご主人の帰りを待ちました

パン焼き窯は夜の間に冷えて、アイビーは寒くて目が覚めました
「今すぐ、おばあちゃんを見つけに行こう」
通りは寒いこと!
クリスマス人形を見れば楽しくなるかもしれないと思いましたが
反対の方角に歩き出してしまいました でもそれが良かったのです
100mも行かないうちにジョーンズさんの家の前に立っていたからです

「あたしをあっためてくれる暖炉だ」
テーブルの上にはパン、バター、はちみつ、ミルクが並んでいます
「あたしの朝ごはんだ」
奥さんを見て「あたしのおばあちゃん」とつぶやきました
「もう戻ってくるもんか 今日はクリスマスなんだ もらいたてのおもちゃで遊んでるよ」
アブラカダブラがバカにしました
ホリーの願いの力のほうが強かったにちがいありません
アイビーが玄関のノッカーに手を伸ばすとヒイラギの先が指をさし
「まず、あたしのお人形をもらってこなくちゃ」
「おはよう」アイビーはホリーに声をかけました
重い足音が近づいて、それはジョーンズさんとピーターです
「ポケットに穴が開いているのを忘れていたんです どうしよう どうしよう
ブロッサムさんはオレを信用してくれたのに、もう2度と信用してもらえないよ」
今にも泣きそうな顔を見て、男の子が泣くの?
アイビーは知らなかったと思いました
「拾ったのはあたしよ だから泣かないでちょうだい」
ピーターの顔から涙が消えて、いつものニコニコ顔が戻りました
「そうか、緑色のものはやっぱり存在してたんだ」とジョーンズさんはアイビーに気がつきました
「どうやら迷子になったらしいね」
ジョーンズさんの声がそれは優しかったので、アイビーは胸の奥があんまりからっぽになり
くちびるが震えて閉じられませんでした
「あたし、迷子じゃないの おばあちゃんに会いに行くとこなの」
「そうかい そのおばあちゃんは、どこに住んでるんだい 連れてっておくれ」
アイビーはジョーンズさんの家まで連れて行きました

「ここが、あたしのおばあちゃんのうち
本当よ 朝ごはんを作って、あたしを待ってるの
窓から見てごらんなさい あたしのクリスマスツリーが立ってるでしょ」
「ノックなんかしないでいい お入り」
ピーターが店を開けるとどのおもちゃも自分の場所にいました
「あの女の子のお蔭だ」
なぜかピーターは、アイビーをジョーンズさんの娘だと思いこんでいました
「あの2人にどうお礼できるだろう?」
昨日、ブロッサムさんが好きなおもちゃを1つくれると言ったことを思い出しました
「そうだ! あの子にお人形をあげよう どんなお人形が好きかしら?」
花嫁人形をとろうとすると値札のピンかなにかにチクリとやられました
赤ちゃん人形は、安全ピンが外れていたのか「痛っ!」と手を引っ込めました
「もう頭にきた 誰の仕業だ」
その時なぜかアブラカダブラの目が光り、ピーターにホリーが見えました
「そうだ、きまってる! クリスマス人形さ」
ピーターに言わせると、アブラカダブラが倒れかかり
悲鳴を上げてはたき落とし、「消えてなくなれ!」と蹴飛ばすと
落ちた先はゴミ入れの中でした

ピーターはジョーンズさんの玄関ドアが少し開いていたので
ツリーの下にホリーを立たせて戻りました
ジョーンズさんは「クリスマスおめでとう」と奥さんにキスしました
小さな金のブローチをプレゼントして、胸にとめると
「なんてきれい!」と言いましたが、やっぱりまだ悲しそうな声でした
「クリスマスのプレゼントがもう1つあるんだよ」
声をあげて笑ってからアイビーを連れてきました
アイビーを見た奥さんは笑いませんでした
一瞬立ち尽くし、床にひざまずき、アイビーの肩に手をおきました
「ああ、アルバート!」

奥さんの目に涙が頬をつたって流れ落ちました
アイビーは涙をぬぐい、胸の奥のからっぽな気持ちは消えて
その後、2度と戻りませんでした
「あたしのクリスマスツリーを見ていい?」
「私ときたら、どうして、どうして、あの小さなお人形を買っておかなかったのかしら」
ツリーのそばに来ると、ご主人へのプレゼントと並んで、ホリーが立っていたのです
「なんでまた、どうして!」
ジョーンズ夫妻は、アイビーを自分たちの子どもにすることにしました
奥さんは、おばあちゃんと呼ばれるには少し早すぎましたが

アイビーとホリーは時々おもちゃ屋さんに行き
ピーターとブロッサムさんにもよく会います
「もし君がカギを拾ってくれなかったら・・・」ピーターはよくアイビーに言います
「もしあたしがホリーを見に戻らなかったら・・・」アイビーは言います
「もしオレがジョーンズさんのうちに行かなかったら・・・」ピーターが言います
「もしジョーンズさんの奥さんがクリスマスツリーを買わなかったら・・・」
「もし私が願い事をしなかったら、どうなっていたかしら」ホリーは言います
【訳者あとがき】
今作の原題は「THE STORY OF HOLLY & IVY」
ホリーとアイビーはとても有名な賛美歌♪The Holly and the Ivy
からとられたもので、キリスト教国の人なら誰でも知っています
・クリスマスソング特集
ゴッデンが1958年に子どものために書いた物語に
1985年、クーニーが新たに挿絵をそえて大判絵本にしました
ゴッデンは、1907年イギリス生
幼少期の大半を父の任地のインドで過ごし
ロンドンでバレエの訓練を受け、カルカッタに戻り
バレエ学校を経営するかたわら小説を書き始めました
もっともよく知られているのは、インドの関わりから生まれ
ベストセラーになり、映画化もされた『黒水仙』でしょう
やがて、子ども向けのお話も書くようになり
第1作の『人形の家』など、人形や動物を主人公にした話をいくつも書いています
賞をとった『ディダコイ』ほか、1998年に亡くなるまでに数多くの作品を書きました
特徴はストーリーテリングの上手さにあります
簡潔な言葉で語り、子どもがこれまで受け継いできた言葉をより豊かにするために
貢献するのが作家の役目だと言っています
挿絵を描いたクーニーは、観る人の心を温かく包み込む画風が
ゴッデンの物語の優しさ、ウイット、芯の強さをよく表現しています
心から強く願えば奇跡は起こる
求めれば願いは通じるというメッセージ
人の結びつきが希薄になり、悲しい出来事が世界を覆う今こそ
この愛のメッセージは私たちの心をあたためてくれるでしょう
2001年