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伊豆の国市 江川邸とさくら

2018-04-08 19:15:17 | 日記

                                        重要文化財

                                     江川邸住宅(江川邸)

                                       史跡韮山役所跡

                                                                       〶 410-2143 静岡県伊豆の国市韮山韮山 1 番地

                                                                       ☎ 055-940-2200 (江川邸公開事務室)

                           2018.03.29  撮影

                           表門

                           

                           元禄9年(1696)建築、三間一戸の薬医門。文政6年(1823)に一度修復されている。

                           平成12年に屋根の葺き替えと部分補修が行なわれた。

                           正面玄関

                           

                                   

                           ↑ 表門を正面玄関内部より見る。 (この正面玄関は主(あるじ)と客人しか使用されず、家族でも利用出来なかった)

                           玄関内部より見た時、表門が右に寄っているのは、【枡形=ますがた】と言い、一般には戦国時代から近世にかけての

                           城郭で用いられた出入り口の一形態で、二つの城門の間に挟まれた広場のこと。江川邸の場合、代官が外出する際

                           人数を揃えるのに使われていた。幕末には農兵の訓練場としても利用された。

                            土間

                            主屋の土間は、約50坪の広さ、天井板が張られてない為、、屋根裏の架構(かこう=小屋組み)をそのまま目に

                            することができます。北側中央に釜戸、何故か大砲があり東側には【生き柱】が有りました。

                                   

                            パン焼き鍋と鉄鍋

                                   

                                   

                           台所の囲炉裏

                           

                           架溝 (かこう=小屋組み)

                           

                          ↑ この画像には写っていないが、小屋組み中央の最上段に、【棟札箱=むねふだばこ】がある。この箱には日蓮上人

                           直筆の曼荼羅(まんだら)が棟札として納められており、その霊験により江川邸は今日まで火災にあったことが無いと

                           伝えられています。

                                     

                             生き柱 (いきばしら)

                             江川氏がこの地に移り住んできた時、はえていた「けやき」の木をそのまま柱として利用したとされる柱。

                                   

                            江川邸内部の庭には、桜の木が5~6本位しかなく、桜の木の撮影には不向きです。

                            

                            

                            パン祖の碑

                            江川英龍は、天保13年(1842)頃、パン(今日の乾パンのような保存性の高い物)を兵粮(ひょうろう)として用い

                            ようと考え、配下の者にパンの製造法を学ばせるとともに、自邸内にパン窯を築いて実際にパンを焼かせた。

                            (このパンは韮山反射炉の土産物店で、5枚入り500円位で売っているが、歯が折れるほど固い)

                            

                           ここ江川邸と韮山反射炉・沼津御用邸記念公園は、ブログネタが無くなると、出掛ける場所で春の桜・秋の紅葉その他

                           の撮影に出掛ける場所で背景の桜や紅葉以外は特に変わった画像でもなくご免なさい。