大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話24

2014年12月01日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「そうだねえ。娘さんが助かって何よりでしたよ」。
 「まあ、田所の旦那も安堵したこったろうよ」。
 (田所…田所の旦那…。何処かで聞いた様な)。
 話を合わせておいたほうが良い。
 「田所の旦那のお嬢さんでしたか」。
 (田所って誰だっけ)。
 「それがねぇ、八丁堀の娘が身投げなんか外聞が悪いってんで、足を滑らせたって話になっているんだけどね、欄干から足なんか滑るもんかね」。
 話に熱がこもり、番太の女房は身を乗り出してきた。
 「しかし何でまた身投げなんかなすったんでしょうね」。
 お紺は出涸らしの茶で喉をうるおし、ほっと溜め息をつく。
 「詳しい事は分からないけどね、まあ、人には色々あるってこった」。
 その詳しい事が知りたいのである。
 「あたしら町屋のもんには分からない、御武家さんには御武家さんの悩みってえのがあるんでしょうね」。
 「そうさねえ。まあ、あのお嬢さん…」。
 女房は何か言いた気だが、口をもぐもぐさせて語尾を濁す。
 こういった場合、「お嬢さんがどうかしたのですか」。などと聞き返してはいけない。さも知った振りをして、同調するのが話を聞き出すこつだ。
 「そうかも知れませんね」。
 何がそうかもか分からないが。
 「そうだよねぇ」。
 (もうひと押しだ)。
 「聞いた話ですけどね、あのお嬢さん、何かこう引っ掛かるものがあったらしいじゃないですか」。
 お紺は、胸を押さえながら水を向ける。焼き芋をもう一本追加するのも忘れずに。
 すると、女房の重い口が少しだけ、滑らかになる。
 「こういっちゃあ、何だけど。いえね、噂だよ。あたしはちっともそうは思っちゃいないけど、気立ては良いらしいけどねぇ」。
 こういう言い回しは女独特である。飽くまでも自分は悪者にはならず、逃げ道を作っておくものだ。聞いた話でも、口に出した瞬間、己の意見にあるとお紺はそう思う。
 (思い出した。火消しの娘と茶汲み娘の喧嘩の際に居た武家娘だ)。
 「そうかも知れませんね」。
 こういった手合いには、同調仕様ものなら噂の発信源にされ兼ねない。どっち付かずの返答が良い。





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