「何故だ。そなたはわしを好いておったではないか」。
静江の元には連日、松本真之介が足を運んでいた。奉行所への届け出はふいに目眩がし足を滑られて川に落ちたとされている。だが、己から断りを入れる事があっても、四方や静江が、身投げをする程に己を嫌っているなど、あろう筈もない。
真之介が膝を詰めれば詰める程、静江は俯いて身を固くするばかりであった。
「わしのどこが不満なのか、聞かせてはくれまいか」。
幾ら口裏を併せようと、いつしか事は露見する。奉行所内で縁組を嫌っての身投げと、解れば真之介の立つ瀬は無い。また、現に奉行所内で訝っている同輩もいる。何としても早々に祝言を挙げて面子を保ちたいのだ。
次第に真之介の膝に置いた拳が小刻みに震え出す。
「どうあっても訳を話してはくれぬのか。そなたわしに恥をかかせたいのか」。
静江のうなじがぴくりと動き、微かに横に振ろうと動く。真之介に問い質されればされる程、己が惨めになってくるだけだった。己の器量が悪いばかりに、家名迄も巻き込み、姉と真之介の仲を裂いた結果になってしまった事に、ただただ恥じ入るばかりなのだ。
身の置き場がないとはこの事だろう。真之介が言うように、姉との仲を知らずに確かに真之介に淡い思いを抱いてもうた。だから尚更、姉が手に入れる筈だった幸せを己が全て手に入れる訳にはいかないのも事実。
「あなたなど産まれてこなければ良かったのに」。
あの優しかった姉に、そこまで言わ示したのは誰あろう自分なのである。
父・平三郎は、初江にとっても静江にとっても、最善と思い下した決断だったのだ。反れが全て裏目に出たと言っても過言ではない。
初江は好いた相手との仲を引き裂かれ、泣く泣く異に沿わぬ相手に嫁がされ、静江はそんな姉への自責の念に胸を押しつぶされ自らの命を絶とうとした。
もし、静江の相手が真之介でなければ、万事が丸く納まっていたのかも知れない。運命の悪戯としか言いようの無い真実。静江は、この現実から逃れる為に平三郎にこう申し出た。
「真之介様を御養子に迎えられ、しかるべき嫁を迎えられ御家を継いで頂いてくださいまし」。
そして己は武家屋敷に奉公に出ると。
平三郎にとっては青天の霹靂であった。静江の行く末を慮ってので真之介との縁組だったのだ。それを静江が拒もうなどとは思いもしないことである。
ならば何故に初江を嫁に出したのだ。平三郎の意をくみしない静江に怒りが込み上げるのだった。
「ええい、武家の娘が親に逆らうなど言語道断」。
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真之介が膝を詰めれば詰める程、静江は俯いて身を固くするばかりであった。
「わしのどこが不満なのか、聞かせてはくれまいか」。
幾ら口裏を併せようと、いつしか事は露見する。奉行所内で縁組を嫌っての身投げと、解れば真之介の立つ瀬は無い。また、現に奉行所内で訝っている同輩もいる。何としても早々に祝言を挙げて面子を保ちたいのだ。
次第に真之介の膝に置いた拳が小刻みに震え出す。
「どうあっても訳を話してはくれぬのか。そなたわしに恥をかかせたいのか」。
静江のうなじがぴくりと動き、微かに横に振ろうと動く。真之介に問い質されればされる程、己が惨めになってくるだけだった。己の器量が悪いばかりに、家名迄も巻き込み、姉と真之介の仲を裂いた結果になってしまった事に、ただただ恥じ入るばかりなのだ。
身の置き場がないとはこの事だろう。真之介が言うように、姉との仲を知らずに確かに真之介に淡い思いを抱いてもうた。だから尚更、姉が手に入れる筈だった幸せを己が全て手に入れる訳にはいかないのも事実。
「あなたなど産まれてこなければ良かったのに」。
あの優しかった姉に、そこまで言わ示したのは誰あろう自分なのである。
父・平三郎は、初江にとっても静江にとっても、最善と思い下した決断だったのだ。反れが全て裏目に出たと言っても過言ではない。
初江は好いた相手との仲を引き裂かれ、泣く泣く異に沿わぬ相手に嫁がされ、静江はそんな姉への自責の念に胸を押しつぶされ自らの命を絶とうとした。
もし、静江の相手が真之介でなければ、万事が丸く納まっていたのかも知れない。運命の悪戯としか言いようの無い真実。静江は、この現実から逃れる為に平三郎にこう申し出た。
「真之介様を御養子に迎えられ、しかるべき嫁を迎えられ御家を継いで頂いてくださいまし」。
そして己は武家屋敷に奉公に出ると。
平三郎にとっては青天の霹靂であった。静江の行く末を慮ってので真之介との縁組だったのだ。それを静江が拒もうなどとは思いもしないことである。
ならば何故に初江を嫁に出したのだ。平三郎の意をくみしない静江に怒りが込み上げるのだった。
「ええい、武家の娘が親に逆らうなど言語道断」。
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