大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話29

2014年12月11日 | のしゃばりお紺の読売余話
 だが、お紺が手を引いたのは、理由が分からなかったからではなく、むしろ知ってしまったからである。静江の辛い心境を察し、他人が面白おかしく噂するべきではないと感じ入っていた。
 真実を掴んだのは、絵師の朝太郎。どこでどう耳にしたのか、この男は得体の知れないところがあった。あの日も、良い男と評判の金次の顔を見に行くのだと、お紺と離れてから、その翌朝にはお紺にこう言ったのだ。
 「お紺ちゃん。どうにも面白くないねえ」。
 「何がさ」。
 名前に似ず、朝太郎には珍しく、お紺が井戸っ端で米を研いでいる時分の訪いだった。
 「あの、お武家の娘さんの飛び込みさ」。
 人の生き死にである。そりゃあ面白い筈がない。
 「だから、あたしは手を引くよ」。
 そう言いながら、ほつれた鬢を撫で付ける。
 「手を引くよって、一度引き受けた仕事を断るなんざ、朝さんらしくもない。それよりも、面白くないってえのは、何か分かったんだろう」。
 よくよく見れば朝太郎の目の下には隈が出来ている。夜っぴいて調べてその足で来たのだろう。
 「まあね。人様には色々事情ってもんがあるってことよ」。
 「そんなことは分かってるさ。身を投げたんだ。事情が無い方がおかしいじゃないか」。
 もったいぶった朝太郎に、お紺は思わず米粒を投げ付けたくなった。
 「良いかえ、人様に知られちゃ拙いことには蓋をしながらも、霞が掛かったかのように書いて、それでいて、人様の気を引くように仕上げていくのがいくのが読売さ。あたしだってそこんとこは分かっているさ。さあ、話しておくれな」。
 気を持たせるのは好きではない。白か黒かはっきりさせないことには気が済まない質である。
 「んじゃあ、言うけど、絶対に読売にしねえって約定出来るかい」。
 朝太郎は端正な顔の目を引き締める。その目の奥には有無を言わさぬ光を宿しながら。読売に出来ないなら知ったところで何ら意味もない。ところだが、のしゃばりと噂されるだけあり、首を突っ込まずにはいられないお紺。取り敢えずは知りたいのだ。
 「それは出来ないね。読売にしてなんぼの商売じゃないか」。
 「なら話せねえな」。






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