だが、お紺が手を引いたのは、理由が分からなかったからではなく、むしろ知ってしまったからである。静江の辛い心境を察し、他人が面白おかしく噂するべきではないと感じ入っていた。
真実を掴んだのは、絵師の朝太郎。どこでどう耳にしたのか、この男は得体の知れないところがあった。あの日も、良い男と評判の金次の顔を見に行くのだと、お紺と離れてから、その翌朝にはお紺にこう言ったのだ。
「お紺ちゃん。どうにも面白くないねえ」。
「何がさ」。
名前に似ず、朝太郎には珍しく、お紺が井戸っ端で米を研いでいる時分の訪いだった。
「あの、お武家の娘さんの飛び込みさ」。
人の生き死にである。そりゃあ面白い筈がない。
「だから、あたしは手を引くよ」。
そう言いながら、ほつれた鬢を撫で付ける。
「手を引くよって、一度引き受けた仕事を断るなんざ、朝さんらしくもない。それよりも、面白くないってえのは、何か分かったんだろう」。
よくよく見れば朝太郎の目の下には隈が出来ている。夜っぴいて調べてその足で来たのだろう。
「まあね。人様には色々事情ってもんがあるってことよ」。
「そんなことは分かってるさ。身を投げたんだ。事情が無い方がおかしいじゃないか」。
もったいぶった朝太郎に、お紺は思わず米粒を投げ付けたくなった。
「良いかえ、人様に知られちゃ拙いことには蓋をしながらも、霞が掛かったかのように書いて、それでいて、人様の気を引くように仕上げていくのがいくのが読売さ。あたしだってそこんとこは分かっているさ。さあ、話しておくれな」。
気を持たせるのは好きではない。白か黒かはっきりさせないことには気が済まない質である。
「んじゃあ、言うけど、絶対に読売にしねえって約定出来るかい」。
朝太郎は端正な顔の目を引き締める。その目の奥には有無を言わさぬ光を宿しながら。読売に出来ないなら知ったところで何ら意味もない。ところだが、のしゃばりと噂されるだけあり、首を突っ込まずにはいられないお紺。取り敢えずは知りたいのだ。
「それは出来ないね。読売にしてなんぼの商売じゃないか」。
「なら話せねえな」。
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真実を掴んだのは、絵師の朝太郎。どこでどう耳にしたのか、この男は得体の知れないところがあった。あの日も、良い男と評判の金次の顔を見に行くのだと、お紺と離れてから、その翌朝にはお紺にこう言ったのだ。
「お紺ちゃん。どうにも面白くないねえ」。
「何がさ」。
名前に似ず、朝太郎には珍しく、お紺が井戸っ端で米を研いでいる時分の訪いだった。
「あの、お武家の娘さんの飛び込みさ」。
人の生き死にである。そりゃあ面白い筈がない。
「だから、あたしは手を引くよ」。
そう言いながら、ほつれた鬢を撫で付ける。
「手を引くよって、一度引き受けた仕事を断るなんざ、朝さんらしくもない。それよりも、面白くないってえのは、何か分かったんだろう」。
よくよく見れば朝太郎の目の下には隈が出来ている。夜っぴいて調べてその足で来たのだろう。
「まあね。人様には色々事情ってもんがあるってことよ」。
「そんなことは分かってるさ。身を投げたんだ。事情が無い方がおかしいじゃないか」。
もったいぶった朝太郎に、お紺は思わず米粒を投げ付けたくなった。
「良いかえ、人様に知られちゃ拙いことには蓋をしながらも、霞が掛かったかのように書いて、それでいて、人様の気を引くように仕上げていくのがいくのが読売さ。あたしだってそこんとこは分かっているさ。さあ、話しておくれな」。
気を持たせるのは好きではない。白か黒かはっきりさせないことには気が済まない質である。
「んじゃあ、言うけど、絶対に読売にしねえって約定出来るかい」。
朝太郎は端正な顔の目を引き締める。その目の奥には有無を言わさぬ光を宿しながら。読売に出来ないなら知ったところで何ら意味もない。ところだが、のしゃばりと噂されるだけあり、首を突っ込まずにはいられないお紺。取り敢えずは知りたいのだ。
「それは出来ないね。読売にしてなんぼの商売じゃないか」。
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