大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話74

2015年03月11日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「木挽屋さんに…どうしてそんな目と花の先に」。
 「それさ。その男はね、木挽屋の桜花の間夫(まぶ)なのさ。そもそも、桜花を身請けする銭欲しさにほかの女を騙してるってな寸法さ」。
 「それもお信さんに伝えたので」。
 おすがはこくんと頷く。お紺の頭の中では糸がぐるぐると巻き付いていった。
 木挽屋と目と花の先の胡蝶にお信を売ったのは、ほかに引き取り手のないご面相だったからだとも言う。胡蝶は、年増や不器量でも親身に世話をしてくれるので知られていたのだ。
 「桜花以外には情の欠片もない男だからね。手前ぇで売り飛ばした女のことなんか三日も経てば忘れちまうのさ」。
 それで桜花の部屋で付け火をした訳が分かった。だが、お信が殺めたかったのは己を騙した男だったのか、それとも恋敵の桜花だったのだろうか。
 「でも、どうして付け火なんかしたんでしょうねえ」。
 「ああ、簪を髷から引き抜いて『殺してやる』って叫んでたから、揉み合っている内に行灯を倒したんだろうさ。お信だってまさか、手前ぇが死んじまうとは思ってもみなかったろうよ」。
 「殺してやるって、どっちをでしょう」。
 「さあて。桜花の方じゃないかい」。
 憎むべきは男ではないか。どうして桜花をと、お紺が言い掛けた時、それまで憎々しい物言いだったおすがが、ふと寂しげな眼差しを伏せた。
 「お紺さんって言ったかねえ。お前さん。好いた男はいるかい」。
 「えっ、あたし…あたしは」。
 予期せぬ問い掛けにお紺はどぎまぎとして、声が尻上がりに上ずった。するとおすがは、含み笑いを浮かべた。
 「女ってえのはねえ。真底好いた男は、どんな奴でも憎めないものなのさ。だからその憎しみの先が、ほかの女に向かうものなのさ」。
 「それで桜花さんを」。
 桜花にしてみれば良い迷惑である。
 「大方、桜花さえ居なくなれば、男の心変わりが止むとでも思ったんじゃないかね。どこまで馬鹿な女なんだい。お信ってえのはさ」。
 「ひとつ分からないことがあるんですがね。お信さんはどうして火消しの助けを断ったんだろう」。
 「さあて、まんいつ助かったとしても火炙りのお仕置きが待ってるんだ。火の中で死んじまっても同じだとでも思ったんだろうよ」。
 おすがは投げやりにそう言うと、煙管をつかう。
 「全く、良い迷惑さね」。
 それはそうだろう。
 「あんた、存外に良い奴だからひとつ教えてあげるよ」。
 そう言うと、懐からきちんと折り畳んだ一枚の紙切れを取り出し、お紺に差し出した。それを手に取ったお紺は、腰を抜かしそうになった。





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