大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 有為転変は世の習い九

2011年09月24日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 「いずれにしてもだ。親方が決めなすったことにあっしらは口出しはできねえ。それにお前さんには大工は向かねえようだ。観念してくんな」。
 加助が言えば、目を大きく見開き剥きになったのか、
 「あっしは、宮工大工なんでえ。町大工の仕事に慣れていないだけだ」。
 「そうかい。だったら江戸でも日本橋の上谷親方の所へでも行ったらいいんじゃないかい」。
 加助の言葉を耳にした富次の目がきらりと輝いた。
 「日本橋の上谷親方ですね。いいことを聞いた。あそこならあっしの腕も生かせるってもんで」。
 富次はそそくさと帰って行くのであった。
 「床も満足に張れね大工が宮工なんぞ、おかしくってへそが茶を沸かすってもんだ。佐平も災難だったな。まあ、呑みな」。
 ようやく佐平もほっとしたのか、加助の酌を受けるのだった。
 「凄まじいお人だね」。
 千吉は、己は小さな店で妹と二人の商い故、おかしなお御仁と働かずとも済むことに感謝したい思いでいた。
 「それが、長屋の女子衆の前では、そうとうに威張り散らしているって話だそうさ」。
 不意な声の主は、富次の話になるまで話題を締めていた、浪人の濱部主善。
 「濱部様、何時からお出でで」。
 「富次が帰ったのと入れ違い。いや、富次が出て行くの待っておった」。
 濱部はにやりと笑う。
 「さすがに、わしもあの男は口先ばかりで訝っておったのだ」。
 そんな濱部もそうとうに訝しい。
 「濱部様、大店のお内儀と割りない仲ってえのは本当ですか」。
 濱部は頭を掻きながら、てれ笑いを浮かべ、
 「お主たちにもこれからは商いを回してしんぜよう」。
 などとぬかしている。
 「わしは武士故、銭勘定には疎くてな、千吉商いを教えてくれ」。
 「いや、濱部は中々に銭勘定には長けておいでですよ。人の銭で飲み食いすることに関してはね」。
 こんな皮肉も伝わらないのか、すっかり褒められた気分で、濱部は、「大店の主人の修行をせねば」。と顔を綻ばせるのだった。
 「濱部様、余計なことやも知れませんが、お相手は大店のお内儀と噂ですが…」。
 千吉は言い難いことだが、それでも見知らぬ仲ではない濱部が、不義密通などにならぬようにと、口を挟んだのだが、そんな心配はいらぬおせっかいだったのだろう、
 「ああ。だがな、どうにも旦那と上手くいっていなくて、直に離縁して、旦那には小さな店を持たせるのさ」。
 「それで、旦那さんってえのは納得しなすってるんですかい」。
 加助も、そういう一番大切なことを濱部が考えていないこと重々承知している。



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