大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 及ばぬ鯉の滝登り二

2011年08月22日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 「千吉、お前本当に知らねえのかい」。
 加助は惚けた顔の千吉をまじまじと見詰め、目を閉じて今度は己が頭を横に振る。
 そう言われ千吉は昔を思い出そうとするが、どうにも何が重要な事で己が何を見落としているのか皆目見当も付かない。
 同い年でこの年二十三になる千吉と加助は、川瀬石町の裏長屋で産まれ落ちた時からの仲である。
 由造の父・芦田伝八郎は但馬出石藩の藩士だったが、御家騒動に巻き込まれ浪々の身と成り、妻の佳代と、四っつの由造を伴い川瀬石町の裏長屋に住み始めたのだった。それからは内職や日雇いで喰い繋いでいたが仕官の話も無いまま時は流れ、食うや食わずの親子は由造が九つの時、近江屋の丁稚奉公に出したのだった。
 加助は、「理世は一年後に貰われたのだ」。と言い張る。
 「じゃあ、お理世ちゃんの親はどうしたんだい」。
 「両の親とも亡くなったのさ」。
 「由造とは親類なのかい」。
 理世の父は由造の父・伝八郎同様に御家騒動に破れ、浪々の身と成っていた。だが、病いから若くして亡くなると、心労からか母も後を追うように他界。藩の罪人となった者の子である理世を、親族さえも引き取る事を拒み、親友だった伝八郎が我が子として育てていたのである。
 「加助お前、どうしてそんな事を知っているんだい」。
 「お理世ちゃんの婚礼がまとまりかけた時に、境川様が長屋に来なすったのを覚えているかい」。
 千吉は、「うーん」。と腕組みをし天井を見上げて思い出そうとするが、どうにも何ら浮かんでこない。
 「境川様は御武家で同心だ。幾ら藩内の揉め事でも罪人の娘であるお理世ちゃんの素性を隠して嫁がせ、後々知れたら一大事ってんで由造のおとっつあんが境川様に話したのさ」。
 「境川様に話したのは解るが、どうしてそれを加助、お前が知っているのかを聞いているんだよ」。
 加助は片方の眉尻を上げてにやりと笑うと、「聞いちまった」。とだけ言うのであった。
 「盗み聞きかい」。
 同心が長屋に来るなど珍しく、ついつい出来心で外で聞き耳を立てていたことを加助は白状するが、「この話を人様にするのはお前が初めてだ」。そう言った後、
 「お奈美ちゃんも一緒だったぜ」。
 千吉は奈美の名が出て寸の間、己の妹のはしたなさに憤るが、奈美がいやに自信ありげに由造には好いた女子があると言い切った訳がようやく飲み込めたのだった。

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