天皇は、退位されるべきである。そうして、今の皇居から天皇家を、いっさい引きはらわれ、今後は適当の官舎に住まわれ、その経済をちぢめられて、人民の負担をへらすの誠意をしめされ、人間として、正しく、たのしく、「健全に生存」せらるべきである。
幕末において、幕府方と朝廷方とは、国際法上の二つの交戦団体となった。海外の列国は当時、局外中立を宣言したのであった。幕府方の主脳であった将軍、徳川慶喜は、戦わずして朝廷方に降伏を申しいれた。その結果として、江戸城は朝廷方に、降伏規約をもって、引きわたされたのである。
幕府方は、俗人史家が論じているような「賊軍」ではなかったのである。すなわち江戸城は、戦争によって天皇方が手にいれた一大戦利品ともいうべきものである。江戸城はこうして朝廷方のものとなった。そうしてそれは、一国の新しい主権者の居城となったのである。徳川家康以来およそ二百七十年間にわたって、江戸城はじつに日本の主権者の居城であった。
しかしながら、今日の天皇は、すでに日本国の元首ではない。権力の主体ではない。ただたんに、シンボル(象徴)にすぎないのである。シンボルの法律的の解釈は、別にこれをおこなうことにするが、そのシンボルには、主権者の居城は、住宅としては、不釣りあいである。もはや、その用法を変えるべき時である。
日本の新憲法によれば、皇室の財産は、すべて「日本の国」にゆずられたのである。(憲法第八十八条「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。」)
天皇は、旧時のように、宮城をそのまま占有して、それを住まいとしておられる権利をもっていないのである。法律をもって、この憲法第八十八条は、それを動かすことは絶対にできないのである。天皇は、憲法にもとづいて、この法理を守らるべきである。(憲法第九十九条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負う。」)すべて憲法に反する行政は、憲法上、無効である。
(蜷川新『天皇 誰が日本民族の主人であるか』光文社、1952年)