日本の戦争責任があいまいになったもうーつの理由は、アメリカの国益を最優先させた日本占領政策のなかにある。
GHQ(連合国軍総司令部)は日本占領のコストを軽くするために、当時まだ大きな力をもっていた天皇の権威を利用しようと考え、彼の戦争責任を免責した。また、日本の官僚機構を温存し、占領統治に利用した。一方で民主改革を要求しながら、他方で天皇や官僚の責任を不問にするこうした矛盾した政策が、戦争責任の追及をさまたげたことはたしかである。
くわえて日本政府が、文部省の教科書検定などに見せたように、戦争についての公平な、世界史のなかに日本を置いて過去を見直すという歴史教育を排除し、むしろ日本の大陸侵攻を「侵略」ではなく「進出」と教えさせるなど、歪(ゆが)んだ教育を強制してきた。そのことが、戦後世代に大きな歴史認識の欠陥と空白をもたらした。(中略)
日本政府は第二次世界大戦中の戦争責任を十分に認識し、その犠牲者ヘの国家的補償を十分に行なおうとする意志を持たなかった。それどころか、国の内外からの批判を永い間、かたくなに忌避してきた。しかし、近年「従軍慰安婦」にされた韓国婦人はじめアジア諸国の女性たちから告発されて、はじめて政治課題となり、国内でも論争の焦点となっている。こうしたことは「慰安婦」問題にとどまらない。日本が怠ってきた戦争による多くの未解決の問題を浮上させている。
核廃絶の問題にしてもそうであろう。日本は唯ーの被爆国でありながら、国際舞台で積極的に核廃絶の運動のリーダーシップをとろうとしてこなかった。それどころか、米英など核大国の側に立って、核爆弾の全廃を求める第三世界の国連総会ヘの動議に反対票を投じてきた。こうした態度も戦後の日本のあり方からきているものといわざるをえない。
日本が世界から尊敬される国家になるためには、こうした問題解決を21世紀に先送りしてはならない。この点で日本の政府がいつまでもしっかりした自覚と対策をもたないのは、それを監督する主権者たる人民がしっかりした歴史認識をもって、政府に実行を迫らないからである。
今からでも遅くない。日本の近代の戦争と戦後の歴史を、世界史のなかに置いて、しっかりと学び直そう。そのとき、いちばん大切なことは国家指導者や政治家や評論家などの国家本位の言動にまどわされることなく、民衆の視点に立って歴史を見直すことだと私は思う。
21世紀のこの国の運命や人類の未来は、若い人びとの肩にかかっているのだから、まず若い人びとの学び直しと、その行動力に期待したい。
色川大吉『近代日本の戦争』(岩波ジュニア新書、1998年)
GHQ(連合国軍総司令部)は日本占領のコストを軽くするために、当時まだ大きな力をもっていた天皇の権威を利用しようと考え、彼の戦争責任を免責した。また、日本の官僚機構を温存し、占領統治に利用した。一方で民主改革を要求しながら、他方で天皇や官僚の責任を不問にするこうした矛盾した政策が、戦争責任の追及をさまたげたことはたしかである。
くわえて日本政府が、文部省の教科書検定などに見せたように、戦争についての公平な、世界史のなかに日本を置いて過去を見直すという歴史教育を排除し、むしろ日本の大陸侵攻を「侵略」ではなく「進出」と教えさせるなど、歪(ゆが)んだ教育を強制してきた。そのことが、戦後世代に大きな歴史認識の欠陥と空白をもたらした。(中略)
日本政府は第二次世界大戦中の戦争責任を十分に認識し、その犠牲者ヘの国家的補償を十分に行なおうとする意志を持たなかった。それどころか、国の内外からの批判を永い間、かたくなに忌避してきた。しかし、近年「従軍慰安婦」にされた韓国婦人はじめアジア諸国の女性たちから告発されて、はじめて政治課題となり、国内でも論争の焦点となっている。こうしたことは「慰安婦」問題にとどまらない。日本が怠ってきた戦争による多くの未解決の問題を浮上させている。
核廃絶の問題にしてもそうであろう。日本は唯ーの被爆国でありながら、国際舞台で積極的に核廃絶の運動のリーダーシップをとろうとしてこなかった。それどころか、米英など核大国の側に立って、核爆弾の全廃を求める第三世界の国連総会ヘの動議に反対票を投じてきた。こうした態度も戦後の日本のあり方からきているものといわざるをえない。
日本が世界から尊敬される国家になるためには、こうした問題解決を21世紀に先送りしてはならない。この点で日本の政府がいつまでもしっかりした自覚と対策をもたないのは、それを監督する主権者たる人民がしっかりした歴史認識をもって、政府に実行を迫らないからである。
今からでも遅くない。日本の近代の戦争と戦後の歴史を、世界史のなかに置いて、しっかりと学び直そう。そのとき、いちばん大切なことは国家指導者や政治家や評論家などの国家本位の言動にまどわされることなく、民衆の視点に立って歴史を見直すことだと私は思う。
21世紀のこの国の運命や人類の未来は、若い人びとの肩にかかっているのだから、まず若い人びとの学び直しと、その行動力に期待したい。
色川大吉『近代日本の戦争』(岩波ジュニア新書、1998年)