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章魚庵つれづれ通信

日ぐらし硯に向かひて、遊墨三昧、遊印三昧??

だんじり

2018年12月18日 | イチロウの画窓から

年末の一日、兄弟3人がホボ50年ぶりに東京M田市に集まったわけで
久しぶりの小田急M田の駅はもう記憶の駅ではなくすっかり大都会のステーション。
昔と同じなのは走ってるバスの色だけだった。
そんなこんなで②兄宅で故郷の話などしていると
②兄が「こんなものがある!」と言って出してきたのがこれ。
祭り屋台「だんじり」の手のひらサイズのミニチュア。
うちの親父が昭和30年頃に作ったもの。
そういえば色々作っていた。その中の一つ。

「だんじり」と言えば岸和田が有名なんだけど。
これは四国牟岐町の「だんじり」岸和田みたいに過激
じゃなくて温和しいものだった。
結構細かく作ってあってちゃんと中の人間も作ってある
太鼓叩いていたり……オッ!ふすまにも絵描いてある……
針金にちり紙を巻いて小さい人形作ってる親父を思い出した。

でもってこれは章魚庵少年が描いた「だんじり」
途中で飽きちゃったか?遊びにでも行ったか?……未完成!

で、これが実際の祭りの「だんじり」の様子こんなにも人が子供が
わじゃわじゃいたのか?凄い!脇のミゼットが時代を感じさせます。
昭和30年代我が家の前の道はまだ舗装されていなかったのかぁ。

 

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芝居関係

2014年03月31日 | イチロウの画窓から

先日(と言ってもだいぶ前)
④兄から親父の描いた絵のデータが送られてきましたので
久しぶりの親父の絵です。

これは親父が見た芝居小屋を思い出して親父が描いたもの
>満徳寺の下に作られた假小屋芝居
>荒むしろと荒板で建てられていた
>旧正二十日頃まで行われた。
満徳寺というのは章魚庵も通った小学校のそばでした。
今は子供も少なくなって小学校も引っ越したそうですが。

これが芝居小屋の中。
お~何となく東京ドーム。
この時代はお巡りさんが監視していたのですねぇ

そしてこちらは②兄が比較的最近に描いたもの
バリ島の芸術祭に参加した時のスケッチらしいです。

最後は章魚庵が子供会でやった人形劇の様子。
「おおきなだいこん わけわけ」
確か小学2年生の時で「おさる2」をやった。
「おさる1」は久保山君(仮名)だった。
あとの配役は誰だったのかすっかり忘れた。
それぁもう半世紀以上も前の話ですもん……

 

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夏ですねぇ

2013年07月27日 | イチロウの画窓から

暑中お見舞い申し上げます
 
最近暑すぎて絵なんか描いてられんのです。

それで、ここはひとつ手抜きをして
夏らしい絵でも無いもんかとガサゴソ……。

ありました。一つは晴雄青年19歳の絵
ちょっと竹久夢二あるいは滝田ゆうの様なテイスト
の浴衣美人(?)
これが19歳の絵?……

そしてもう一つは晴雄青年の弟正幸さん
つまりうちの親父の一番下の弟が
晴雄青年の絵を模写したものらしいのです。

どうです?涼しくなりましたか?なりません?……

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ポチと桜と母さんと私

2013年04月11日 | イチロウの画窓から

春らしい絵をどうぞ。
描いたのは晴雄君です。
晴雄君は弱冠二十歳の若者です。

実は私の叔父さんに当たる人で昭和2年に
21歳で亡くなったのです。
だからこの絵は20歳ぐらいの作なのです。
(正確にはわからないのですがそんなものです)
晴雄作品と記録して残したのは兄である私の父です。

「ポチと桜と母さんと私」と名付けたのは私です。
ポチの足がなんともかわいいのです……。
ちょっとほっとする平和な絵です。

晴雄君の自画像1925

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親父の俳画「夏」

2012年07月13日 | イチロウの画窓から

雨です。九州方面ではとんでもない雨
今までに経験したことのない雨が
降っているみたいです。
これ以上の被害のでないことを願いながら……。

「山陰や 蕗の広葉に 雨の音」
江戸中期の俳人高桑蘭更の作

雨は蕗の広葉をぬらすこの程度にして欲しい……

この絵は冷茶漬けのコマーシャルに使えそうな風情……
まぁ暑いときはコレに限るって……

正確には「麦飯に なにも申さじ 夏の月」鬼城

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亥の子歌

2011年11月21日 | イチロウの画窓から

久しぶりに親父の絵……!
親父の絵には季節季節の絵が結構あるのですが
タイミングよく出そうと思うのですがコレが
つい忘れてしまうのです。

この絵はタイミング的にはあっていると思うのです
旧暦10月というと今頃でありましょうか?

ちなみに亥の子歌で検索してみると有るんですね~
ずらずら出てきた。主に西日本の行事であったようです。
気になる方は検索してみてください。

明治の終わりまでやってたということは
90年も前のことなのでありましょうか。

この絵と文は
貧しいけれど豊かでほっこりした感じ……

そのころの国民総幸福量はどうだったんでしょ?

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夕涼み

2011年08月20日 | イチロウの画窓から

夕涼みとか夕立とか言う言葉が
ほとんど死語になってしまいました。

外に出ればクーラーの室外機の排気で暑くて夕涼みどころじゃない
夕立かと思えばゲリラ豪雨などと呼ばれそりゃ~容赦なく降るし。

たしかに昔とは何かが違ってきました。
雨だって風だって空気だって見えないけれど変わっているのです。

考えてみればちょっと昔。
暑いとはいっても夕涼みが出来るような平和な時代でありました。

クリックすると少し大きくなります。


追伸:タイミング悪いなぁ昨日から急に涼しい

 

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燭の灯を

2011年03月30日 | イチロウの画窓から

燭の灯を燭に移すや宵の春

どうもこれは一路さんの句ではないようです。
写し間違えたか意識して変えたかは分かりません。

元歌は 燭の灯を燭に移すや春の夕 蕪村 

計画停電とかで蝋燭を灯した人もいるのではないでしょうか
我が家にはこの燭台がありました。使った記憶もあります。

ともあれ東京では桜が咲いたそうです。
年々歳々花相似たり歳々年々人同じからず

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鴉と鳶

2011年03月02日 | イチロウの画窓から

タイトルを「あきらと一郎」にしようと思ったんですが
「さくらと一郎」みたいなのでやめました。
「貧しさに負けた~」ってか?

ま、そういうわけ(?)で親父の絵と私の絵を並べてみました。

夕暮れの鴉があかねの空に飛んでいく。
東の空にはまだ無数のとんびが輪をかいている。
子供らが空をあおいで大声で歌う
「とんびとうとう戸をたたけ、からすかあかあ鐘ならせ」
昔は、からすもとんびも空を暗くするほど群がって飛んでいた。
一郎

この歌(?)は知ってはいましたが、
カラスやとんびを見上げてこんな風に歌うことはなかったような……。
ただ、飛行機が上空を飛んでいると見上げて手を振っていた。
あきら

さて、この「とんびとうとう~からすかあかあ」
「はやしことば(?)」をご存じの方
聞いたことあるという方はおありでしょうか? 

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親父が子供の頃のお正月

2011年01月05日 | イチロウの画窓から

まだ明けきらぬお正月の朝
ふと目覚めた床の中に聞こえてくる
「明き方から若戎の福の神」
若戎の声である。
この声を聞くとああお正月が来たんだ楽しいお正月が来たんだ
と心をわくわくさせたものだった。
暫く耳をすましていると次第に近づいてくる。
近所の家の戸のあく音がして
「若戎、若戎」呼び止める声が聞こえる。

若戎は宮主さんの家で作られた神符(おふだ)で戎様の木版画像である
いくらかのお金を出してこれをお受けして神棚におまつりしたものである。

遠くより若戎の声聞こえ来て 未明の床に心ときめく

若戎の声に目覚めて明けやらぬ 元旦の床に心ときめく

絵・文 イチロウ

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